第五話
「パリニチ七不思議って知ってるか?」
転校して数週間が経ったとある金曜日、通学バスの中で奏多がこんなことを言い出した。
「七不思議ね……」
「あっ、悠希信じてないな!」
「いや、信じるも何もまだ中身聞いてなし」
まあ聞いても多分信じないだろうけど。僕は本は好きだけどものの考え方は理系寄りなのだ。たぶん。算数得意だし。
「まあ聞けよ。これはな、友達の友達の友達が出所の話なんだけどさ」
「なんか怪談の入りみたいな展開だね……」
もともと胡散臭かった話がさらに胡散臭くなった。
「そもそもパリニチの七不思議知ってるならパリニチ生でしょ。誰かわかりそうなもんだけど」
規模はともかく児童数はかなり少ない学校なんだから本当に出所があるなら簡単に特定できちゃうじゃないか。
「あー、もう話遮るなよな」
「……ごめん」
どうやら野暮なツッコミをしてしまったらしい。いや、冷静に考えればこんなところに茶々を入れるのは野暮なんてことはわかりきっているんだけれど、僕は少し話せるような仲になったらこういうディスコミュニケーションをしてしまいがちだ。
「じゃ、続けるぞ。そいつが言うにはさ、ある日なんとなしに図書室に入ったらしいんだ」
「なるほど」
僕は毎日のように図書室に行ってるけど怪現象に遭ったことなんてないけど、という言葉を飲み込んで相槌を打つ。
「そしてそこでなんか適当な本を手に取って椅子に座ったらしいんだ」
「……なんか急に設定が雑になったね」
なんだよ、適当な本って。そういう細部を蔑ろにすると話にリアリティがなくなって面白くなくなるのに。
「設定とか言うな。……んでさ、最初は普通に読んでたらしいんだ。でも、読み進めていったら……」
「読み進めていったら?」
「声が、聞こえたらしいんだ」
「声」
「そう、女の子の声」
……いくら静かな図書室とは言え、誰かが話すことくらいある。まさかな、と思いつつ奏多に尋ねる。
「それは誰かがしゃべってた、みたいなオチではなくて?」
「そんな話が七不思議になるか!」
プンプンという擬音が聞こえるかのように奏多は顔を真っ赤にして怒る。まったく、と呆れながら奏多は話を続ける。
「そいつが周りを見回しても、会話してるやつは誰もいなかったんだってさ」
「なるほど」
それはまあ、不思議な話だ。
「というか、そもそも普通の声の聞こえ方じゃなかったんだと」
「声の聞こえ方に普通じゃないなんてあるの?」
「オレも自分で体験したわけじゃないからわかんないけど、そいつが言うには頭の中に直接語り掛けられる感覚だったとか」
「頭の中……幻聴ってこと?」
「別にそいつの頭がおかしくなったとかそういうことじゃないぞ? 本当に声が頭の中に響いたんだって」
「……幻聴を聞いた人はみんなそう言うと思うよ。で、その声はなんて言ってたの? うらめしやーとか?」
うらめしやーだとどちらかと言えば幽霊か。まあ正体不明の声なんてだいたい幽霊みたいなもんだろう。
「そこが不思議なところでさ、その女の子の声は本の中身を読み上げていたらしい」
「本の中身っていうと、その人が手に取った本の話?」
「そうそう。凄い丁寧でその男の子が聞き入っちゃうほどの朗読だったって」
「自分が頭の中で読み上げていたのを声が聞こえたのと勘違いしたとかじゃないの」
頭の中で音読した声を幻聴と聞き間違えるというのも随分間抜けな話だけれど。
「……悠希って小説好きなんじゃないの。なんか話してるとあんまり興味なさそうに見えるけど」
「うーん、ホラーとか七不思議みたいなさも現実で起こったかのような語り口をする話って僕の中で小説とは別の括りであんまり読まないんだよね。逆にそういうオカルト的な話を科学的に解き明かす本とかはたまに読むけど」
現実と物語は違う。少なくとも僕はそういう視点で本を読んでいるけれど、彼方はあんまりぴんと来てないようだった。
「よくわかんねえけどそんなもんなのか」
「そんなもんだよ」
どうやら僕のものの考え方はあんまり一般的ではないらしい、ということは最近わかってきた。別にだから変わろうとかは考えていないけれど、自分が「変わっている」ということすら気づかないくらい他人とコミュニケーションを取れていなかったことに愕然とした。そういう意味で蒼井と奏多には感謝すべきなのかもしれない。
「ま、それは置いといて。ただの幻聴にしてはおかしなことがあるんだとさ」
「それは?」
「そいつが読んでた本、なんか難しい漢字とかが使われていたらしくて本人が読めない漢字とかもいっぱいあったそうなんだ。で、普通に読んでた時は読み飛ばしてたらしいんだけど、その幻聴では全部正しく読めてたらしい」
「へえ」
確かにそれは幻聴と一言で片付けられなさそうだ。自分自身が読めない漢字であるということは頭の中にその情報が入っていない以上、幻聴でだって読めるわけないんだから。つまりなにかしら外的要因が影響している可能性があるということだ。それが理屈で説明できるものなのかどうかはわからないけれど。
「で、しばらくビビりながらも聞いてたらしいんだが……予鈴が鳴ったタイミングで一度声が止まったんだと。そしてちょっと間が空いて……なんて言ったと思う?」
言葉を止め、ぐいっとこちらに寄ってきた奏多の顔が薄暗いバス内でぼんやりと浮かび上がる。そして奏多は精一杯作った低い声でこう言った。
「『ああ……終わっちゃった』ってさ」
「……」
「そんでそいつは怖くなって本を元の場所に閉まってから図書室から逃げたんだって。それ以来声は聞こえてないらしい」
「図書室の幻聴ね……」
あんまり考えたことがなかったけど、この学校の図書室はいままでの学校より利用者の数が気持ち少なかったような気もする。曲がりなりにも毎日通っている図書室に対してそんな根も葉もないうわさ話で人を遠ざけてるのだとしたらあまり気分がよくない。
かといって反論したり検証したりする情熱も持ち合わせてはいないので、適当に相槌を打つだけにした。
「えーっと、他の七不思議は?」
「いや、オレが知ってるのはこれだけ」
「え?」
これだけだって?
「それじゃ七不思議じゃなくて一不思議じゃん!」
なんでそれがよりにもよって図書室の怪談なんだ。
「いやいや、オレが知ってるのがこれだけって話。悠希お前、七不思議の基本を知らないのか?」
「基本って……何を?」
深刻そうな顔をして聞いてきた奏多にそう問い返すと、彼は息を潜めていかにも大事かの様にこう言った。
「七不思議って……全部知ると死んじゃうんだぞ」
「……そうなんだ」
恐ろしげにそう語る奏多を見て、そんなの七つ考えるのがめんどくさくなった人の方便でしょという野暮ったいツッコミを飲み込んだ。




