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ゆうこ  作者: 喜楽 一膳
8/9

それぞれの人生

祖父母宅にあった『御山見聞実録』という書物に記された石の全容。かつて水害にあったこの地域に、突如として現れたその石は、実はほとんどが地面に埋まっていた。その事実に、ゆうこは静かに興奮していた。


注:()内はLINEのやりとりである。

 しばし興奮に悶える夏。聞こえてはいたが、一層セミの声は耳元で響く。落ち着かせようとするよりも、その興奮を誰かに伝えたい。

  (聞いてほしいことがある)

親友の淳子に、どう表現して良いのか悩みながら、伝わりづらい文章を送る。

  (里帰り楽しんでるー?)

  (楽しんでるよ それよりうちの家がたいへん)

  (どした とうとうやらかしたか)

  (家に大きな庭があるんだけどさ 変なんだよ)

  (はぁ、家広い自慢ですか)

  (そうじゃ、まぁそうでもあるんだけど いやそうじゃなくておかしいところがあるの)

  (ほうほう)

しかし、この異様さを言葉にすることは難しい。カメラで撮って伝えようにも、どうおかしいのかは体験するほかない。この伝え方や言葉の組み方が、これからの問題になってきそうである。

  (うまくいい表せないけど 見つかってほしくないものを隠そうとしているの)

  (隠ぺい?)

  (庭の真ん中に石があるんだけど その石は実際はもっと大きくて)

  (石が埋まってることが なんでおかしいの?)

  (だってその10倍くらいが埋まってるんだよ)

うまく説明ができなくて、むずむずしていた。そもそも石がどこからともなく現れたことも伝えきれていない。興奮を伝えようとしすぎて、本題をうまく言語化できていない。この場にいないのに、興奮だけを共有しようとすることがいささか無理があった。

  (ちゃんと文章をまとめてから報告する)

この時ばかりは、上司に研究報告するような感覚でいた。それに対して、淳子も理想的な対応をしてくれた。

  (では、そうしてくれたまえ)

こうやって、私たちは心の通う親友になっていったのだ。

 まとめる前に、現時点の情報を時系列順に並べていく。まず、現実の状況として庭には細工がされている。その細工とは、新たに上から土をかぶせて新しく庭を創造した。一年前の残骸が、土の下にしっかりと確認できる。奇妙な石は、顔を出している部分の何倍もの全容が、土の下に埋まっている。埋まる過程で、過去に水害との関係が見受けられる。解決していない漠然とした問題として、この石がどこから現れた、運ばれたのかはわからない。水害の歴史を辿って、明確な年代の特定はできそう。二つ目に、夢の中に現れた青年との対話。これは、実際には存在していないので、単なる想像の範囲内でしかない。ここまで過程を並べた時に、特に重要な発見はしていないことがわかった。何も真実にはたどり着いてはいない。先ほどまで熱くなっていた幼い精神は、急速に冷やされた。私は、何も解決もしていなければ、重要な発見もしていないのに、妙に興奮して昂っていた。どれも、これから本腰を入れて捜査していく必要がある、ある意味で扉を叩いただけの発見である。初歩的な入り口で踊っているだけで、妙な納得感や充実感を得てしまい、本筋の解明の苦痛やしんどさ、困難さまで見えてはいなかった。ただ考えているだけでは進むことはできないが、進むことの恐怖や苦痛を考えると、先ほどまでの熱が冷め、それが氷のようになり、腰をカチコチに凍らせてしまっている。

 しかし、彼女の情熱はまだ続いていた。それは、若さゆえの無限に湧いてくる謎の力やパワーであり、理由がなくとも稼働するエンジンである。まだ稚心を去ることができていないからこそ、先の見えない恐怖を視認することができない。彼女に情熱を持たせ続けたのは、彼女自身の犯されぬ領域から来る未確認の力であった。

「これからもっと調べることがある。」

誰しもが、一度覚えた高揚感や興奮を忘れることはできない。それをどうにか再現しようと努力する。彼女もまた、どうにか未発見の領域を解明せんと稼働していた。

 

 家を出てからどれくらい経っただろうか、と言いたいところだが、妻の実家から纏向の事務所までは意外と近い。歩いて30分ほどかかる場所だが、あたり一面が田んぼであるために、行けども行けども進んだ気がしない。ここ一帯は盆地なので重い熱が沈んでいる。田舎は夏でも涼しいという幻想に、正論をぶつけるじっとりとした暑さ。けれど耐えられないことはない。首からぶら下げた白いタオルで時折、額の汗を拭う姿はなんともこの景色にマッチしている。子供頃に祖父が経営していた農園に行って、イチゴを縦横無尽に食べたなぁ。甘いものだけを食べて、酸っぱいのは下に捨てていた。それでいいよと祖父が言ってくれたことを今でも記憶している。孫は私だけだったから余計甘えさせてもらった。

「おじいちゃん、将来お医者さんになる!」

そんなことも言ったっけな。途中までは良かったのだけれど、僕は縄文に魅せられて考古学の方面に行ったよ。遺跡の何が良いかって?遺跡は多くを語らないから、そこがいい。死んでいるわけじゃない。いつの日か蘇って、過去を隠す闇を照らすために埋まったまま、なんだよね。

 つい独り言をぶつぶつと心の中でつぶやく。実際に口にしていたのは大学生ぐらいまでで、それからは心の中でつぶやくようにしている。私の娘が、よく独り言を言っている。私に似て、色々考え事があるのだな。解き明かしたい謎があるって、そこも僕に似たのかな。

「あれか。」

米粒のようにずいぶん遠くから見えてはいたが、段々とちゃんとした事務所が確認できるようになった。どこにでもあるような顔をしている。

「どうも。」

扉からひょこっと顔を出して中を伺う。誰もいないような静けさだが、本当に彼らはいるのだろうか。

「ああ、お待ちしてました。」

中からではなく、外から声がする。振り返ると真夏の視線の中で、一人の男がにこやかに立っている。いくつかの飲み物を手にして

「ええと。」

「本多です。坂田は中にいますので、どうぞ。」

「この辺りは、自販機がないでしょう。」

「そうなんですよ、おかげでくたびれました。」

案内されるままに部屋へと向かう。扉をゆっくりと開き

「本多です。松崎さんいらっしゃいました。」

中には、電話の相手である坂田が、窓の外を見ながら立っている。部屋の外にいたのを知っていたであろうから、少しかっこつけている。

「松崎さん、お久しぶりです。」

「ああ、元気そうだな。」

熱い握手を交わす。窓から差し込む夏の日差しが少しづつ止んでいく。その少しづつ太陽が雲で隠れていく中で、妙な寒気を感じた。

「この部屋妙に、、」

「寒いですか。」

「そうなんだよ。君も、」

私は、言葉を詰まらせてしまった。私はあっけにとられてしまった。

「坂田君、何をしでかしたんだ。」

そばにいた志田は、何のことやらと怪訝な顔をして、机に買ってきた飲み物を置く。

「松崎さん、そのことでお呼びしたんです。私はまだ大丈夫ですが、ここの所長が。」

「・・・」

おそらく最悪な想定をしているであろう顔であった。所長については覚悟しなければならない。

「志田君、車の運転はできますか。」

「はい、今日は坂田さんの当番なんですよ。」

「・・志田君に運転してほしい。」

少し嫌な顔をしそうだったが、身内ではない人がいる手前いつものようにはできなかった。一応の納得した顔をしている。

「あの像だな。」

「やはりあの像に関係が?」

「志田君、この坂田という人はな、解明のために私を呼んだんじゃない。」

志田は、坂田の顔をじっと見つめる。どういうことか説明してもらおうか、と。

「あの伝説は、本当だったんです。」

「しかし。」

「ですから、はやく行動しなければいけません、さもないと。」

どういうことか理解できていない。それもそのはず、あの”伝説”自体知っているものは限られている。

「すいません、こんなことを言うようでなんですが、命に関わりますか?」

二人は沈黙している。それを察してか、すぐに準備に取り掛かる。

「本多さんのところへ。」

「ああ。」

 三人はその場を後にして、病院に急ぐ。所長ではなく、本多の身に危険がある。太陽を隠した雲はしだいに厚みを増し、大きな雨粒を降らせる。空が黒く変化していくかたわらで、部屋に残された”女性の像”だけが、不敵に笑っているように見えた。



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