羽化する直前が一番美しい
「また仕事の電話ですか。」
眠気眼の状態で、スマートフォンで時間を確認するが、まだ朝早く起きなくてもいいと思い二度寝をした。なにか、仕事がどうやらなんやらという声が聞こえたような気がしたが、私には関係ない。
「近くにある遺跡の件でな。」
「纏向遺跡でしょ。」
父は、意外な顔をして驚いた。
「よく知ってるな。」
母はため息を一つ吐き出して
「考古学者の妻をやってれば、嫌でも覚えるわよ。」
ふふっと笑いシャツを着る。現場へ向かうということしか、頭にないようである。
「じゃあ行ってくる。お母さんとお父さんによろしく伝えといて。」
母は、目線だけで父の背中を見送った。
私は、二度寝をやめて耳を傾けていた。これで、父がその遺跡に行ってしまうと、昨日の疑問に答えてもらう時間がとれない。是非ともこの里帰りをしている間に、この疑問を解決したいのだ。父の足音が近づいてくる。ここしかチャンスがない。しかし、父と話をすることが急に億劫になる。話しかける辛さやめんどくささが、事の重要性を上回る。足音はどんどん近づいてくるのに、重心は布団に吸い込まれていく。
「ゆうこ、何か話があるのか。ごにょごにょと独り言を。」
「あのさ、変なことがあって。」
「父さん忙しいから、帰ってからでもいいか。」
3秒ほど沈黙した後、その間どういったことを考えていたかは覚えていないが、無理にでも言葉を喉から引きずり出した。
「今必要なの。あの庭、それにこの家に大きな謎があるの。どうしたらいい。」
父は私の顔をじっくりと見た。そして嘘をついていない真剣な眼差しを受け取ったのか、頼られてうれしかったのか、カバンからいくつかの工具を取り出して分けてくれた。
「何があったかは知らないが、お前が頼るなんて相当な大事だな。これ、このライトと筆を持っていなさい。スマートフォンのライトよりも強力だから、人には向けるなよ。この筆は、ほこりや砂を払うのに使いなさい。繊細な作業になるから、十分に力を調節しなさい。」
「わかった。あとはスマホで対処すれば。」
「ああ。ゆうこ、父さんは遺跡の発掘調査に協力してくる。お前も調査に励むんだよ。」
「うん。」
親子の会話は、そうして終わった。父の背中はどこか勇ましげだった。いつもよりかっこよく見えてしまった。わたしは、もらった筆とライトを見つめながら、布団の上でひとり興奮していた。
「私、本当にやるんだ。」
それから、しばらくはその興奮を抑えようと座っていたが、なるべく早く行動に移した方が利口だと思い、道具をカバンの中に隠し、布団はそのままに居間へ向かった。朝食は終えたようで、味噌の残り香だけが漂っている。
「あら、今日は早いのね。」
洗い物をしていた母が、朝食の残りを泡のついた指でさす。
「何か食べる?」
「いや、牛乳かヨーグルトあれば。」
「じゃあ、フルーツの缶詰があるからヨーグルトに入れたら。」
棚の一番下の扉を開けると、具沢山フルーツの缶詰とアロエ、ナタデココがあった。それ以外はお菓子やご飯のおかずになるような缶詰め、乾麺などが入っている。
「アロエも使うよ。」
皿を洗い流す音に負けないように、母は返事をした。
冷蔵庫からヨーグルト、棚から皿を取り出して居間のテーブルに置く。祖父母は田んぼを見に行ったようで、裏口に並べられていたブーツがなくなっていた。スプーンでヨーグルトを3杯すくって、具材を混ぜ食す。今日一日のおおまかな段取りを組み立てて、まず何から取り組むべきかを考えているうちに食べ終わった。たぶん何も味わえなかった。食べ終われば、ゆうこの皿を待っていた母に渡す。そのためにも早く食べ終わったのだから。
「今日は、外に行くかもしれないから。」
「現代っ子が好きそうなものは廃れたわよ。」
「いいの、私が好きでやるだけだから。」
「昼ごはんはどうしますの。」
「うーん。」
明確には答えずにそのまま逃げるように自室へ。
さて、とりあえず庭を現地調査するとしようか。服に着替えて、庭にあるスリッパを履いて、まずは石の調査といきたいところだが、周辺に咲いている花や生えている草を調査する。庭を囲うように家が建てられていて、中央に鎮座する石の周りには苔が繁茂している。どこからでも石に太陽の光が届き、その光を目指して松の枝が伸びているが、そこは丁寧に切り落とされている。この庭の顔である石を邪魔しないように、松は高さを整えられている。感心なのは、落ちた葉や草などがなく、丁寧に掃除が行き届いている証拠である。しかし、祖父母が掃除をしているところは見たことがない。庭の中央に石があるが、空から見ると完全な中央というわけではなく、若干北の方角に寄っており、北に見える山々に対して、少しだけ近寄っている。その山に目立った逸話や伝説はなく、特徴的な言葉や伝承もない。石に関してだが、以前この家を訪れた夏頃の時には、確かに縄が巻き付けられていたと思うし、メモにもそう書いてあった。縄の破片などがないか調べるが、当然残ってはいなかった。もしやと思い、庭から上がっていたるところを探す。
「お母さん。道具とかがある倉庫ってどこ?」
「裏口においてあるものだけよ。」
ドンドンと慌ただしく廊下を歩く姿に、母は怪訝そうな顔をした。
「やっぱり。」
裏口に残された道具を見やると、やはり庭を掃除する箒やちりとりがない。庭師が定期的に来るとはいえ、これほど整えられているのはおかしい。再び庭に戻って、今度は石を直接触って感触から何か得ようとした。滑らかな手触りで冷たい。どこにも違和感がなく、むしろ完璧に近い感覚である。実際削られたような傷跡はなく、メモにあった石室内部への入り口も存在しなかった。石を叩いても内部に空間があるような反響はなく、ただそこに存在するだけであった。
自室に戻り、スマホの過去の履歴を見返す。もしかしたら、ただの夢の内容をメモしただけの可能性も出てきた。あの時の体験も、全て夢の話だったかもしれない。私は、それが実際にあったことか、夢の内容だったかを断定できずにいた。
「もし夢だったとしても、何かおかしい。」
独り言が悲しく部屋に響く。刺激を求めたゆうこは、遂には自らの妄想をもとに強制的に刺激を作り出してしまったのか。出会いを求めすぎて、あんな不敵な夢を見てしまったのか。
「そもそも石はどこから持ってきたんだ。」
この家が建つ前からあったのか、それともどこからか持って来たのか。ゆうこは、突然啓示を受け取ったようにひらめいた。もしも、この石がただ土の上に置かれたのではなく、その大部分が土の中に埋まっていたとしたら。イースター島のモアイ像のように、体部分が土の中に埋まっているのと同じように。それに、庭にしては植物の数が少ない。まるでどこからか持ってきたかのように作られている。
「夢で見たやつの方がもっと豪華だった。」
本当はやってはいけないかもしれないが、愛された孫として許されてほしいと願いつつ、庭の苔をむしり取った。土が苔の根についている。驚いたことに、取り除かれた土の下からくしゃくしゃになった苔が現れた。そのまま、石の周りの苔を同様にむしった。思った通りであった。
「石についた土の跡がまだ新しい。」
長年土に埋まっていたことによってできた跡と、その後に埋まった若い土の跡ではっきりと境界線のようなものができている。
新たに土をかぶせて庭を作り直した、ということが明確になった。石が小さくなったのではなく、新しい土によって埋まったことで、小さく見えただけであった。何かを隠すために埋めたのか、それとも毎年の儀式なのか。
「あら、ゆうこ。」
ギクッとばかりに体が反応した。あぁ怒られる。
「石が、気になるんでしょ。」
「お母さん!知ってるの?」
「ゆうこ、こっちおいで。」
母の後について行くと、使われていない部屋に案内された。いかにも古い書物がずらっと置いてある。その中の一つ、丁寧に製本された『御山見聞実録』という書物を取り出し見せてくれた。
「ほら、ここ。」
大きな石が窪んだ土地の真ん中に立っている。その大きさはよくわからないが、絵で表現されている状態では、庭にあるものよりもはるかに大きい。やはり削られたのか。
「これってさ、あの石?」
「そうよ、お母さんも人伝に聞いただけなんだけど、昔はここ一帯が窪んだ土地で水害が多かったの。ある時あの石が現れてからというのも、もっとひどくなったらしいの。そこで、ご先祖様たちが一帯を埋めたのよ。あの石の高さぐらいまで埋めると、途端に水害が収まって安定した財政を築けるようになった。それで、この家と庭があるのよ。」
「おじいちゃんは、商人のおかげって、、、」
「ああ、あれは嘘よ。絵自体は事実だけど、この家に関しては違うわね。そのあたりに関してはおばあちゃんのほうが詳しいわよ。」
母は、書物を閉じて棚にしまった。そしてそろそろと部屋を出ていった。
「・・・・・・。」
私は、ゆっくりと深呼吸し興奮した心を落ち着かせた。少しの違和感と不思議を突き詰めていく中で、まさかこんな事実を迎えるとは思わなかった。何もない辺鄙な土地だと、何もないただの家だと思っていた。田舎に来れば、都会にはない刺激的な日常を味わえるだろうと思っていたが、その考えは甘かった。実に思春期の小娘の考える擦れた考えだった。これは、私の物の見方を改めるキッカケになるかもしれない。そうすると、体の底から目に見えないパワーが湧き上がってくる。心がわくわくしてきた。
「なんだ、めちゃくちゃ面白いじゃん、、、。」
この喜びをじっくりと噛みしめるゆうこは、少しずつではあるが変化しようとしていた。まるで羽化する夏のセミのように、ゆっくりと、実にゆっくりと羽を広げているのであった。




