一番頼れる男
この章の登場人物
・坂田(主席研究員)
・志田(坂田が務める研究所の研究員)
・本多(志田と同じ)
・前田(纏向遺跡周辺の研究所の所長)
・松崎壮四郎(考古学者であり、ゆうこの父親)
ー7月初旬ごろの奈良県桜井市にてー
纏向遺跡の近くにて発掘作業が進められていた。一か月ほど前に作業中の建設会社から連絡があり、調査に向かった。その際に、有力な王を示すいくつかの史料が目視できたため、準備を整えたのちに発掘調査を本格始動する。その発掘調査をする前に、主要メンバーだけで実態調査をしようということで、現地に向かっていた。
「坂田さんありがとうございました。」
「いえいえ、つまらない調査についてきてくれるんだから、飯の一つぐらい奢りますよ。」
隊長である坂田研究員は、車に揺られながら現地へと向かう。調査に同行した本多研究員と志田研究員に、昼食のうどんを奢った。彼と調査に同行するときは、麺類を昼食に食べることが多い。
(本)「あそこのうどんおいしかったですね。」
(志)「肉うどん、イイ感じでしたか。」
(坂)「なかなかうまかったなぁ。」
歯に詰まったすじを一生懸命取ろうと舌を動かす。その音を聴かれると恥ずかしいので、話題を振って紛らわそうとした。
(坂)「発掘するわけじゃないのに、よくついてきたね。」
(志)「じっくり見る機会もそうないと思ったので、この機会に。」
ルームミラー越しに見た顔は、興奮していた。志田君は、こういった遺跡や発掘が好きだが、ひとたび調査に入ると集中しすぎて周りの声が聞こえなくなるほどだ。そのおかげで多くの発見もしたし、良くないこともあった。そんな彼が、興奮するのも無理はない。
(本)「志田さんこう言ってますけど、目的はあのうどん屋ですよ。昨日熱心に調べてましたから。」
(坂)「あの店、有名なところだったの?」
(志)「まぁ、はいそうです。」
(坂)「だから、珍しく誘ってきたんだ。合点がいった。」
そうした研究だけでなく、自分の好きなことにも熱心になれる所が、彼のいいところである。
一行を乗せた車は、遺跡近くにある研究所の駐車場に置かれ、まずは研究所の責任者に挨拶をしようとドアに手をかけた。
(志)「どうしました。」
坂田がドアノブに手をかけたとき、微かに中で音がした。単なる物音というよりは、人が床に倒れるような。互いに顔を見合わせ、まずいと思ったのかノックもせずに扉を開いた。
(坂)「あぁ、なんてことだ。」
責任者である所長が床に伏していた。机から席を立った後で倒れたような姿である。壁にはテレビモニターが立てかけられていて、来客用の机の上には何もなく、客が来ていた様子はない。窓もきっちり施錠されており、所長以外の出入りはないように見受けられる。
(本)「坂さん!」
所長が小さいながらも声を振り絞って何かを唱えていた。
(坂)「前田さん、聞こえますか。」
手が震えていたが、震えながらも机の上を指差している。かっと目を開き唇も震えている。
(坂)「前田さん、持病をお持ちなんですか。どこかに病歴を示すものは、、、志田君救急車は。」
(志)「あと5分ほどです。」
前田所長の胸に手を当てる。鼓動は一定で安定感がある。呼吸が不安定になるようなこともなく、ただ倒れただけのようにも見えるが、何かあっては自分たちだけでは対処ができない。
(前)「。。。、。、」
(坂)「前田さん、安心してください。今向かってますから。」
小さな声でゆっくりと安心させるように声をかける。しかし、彼の形相は一向に収まらなかった。
(前)「ゆるしてくれ、、。」
思いもよらない一言に、その場の空気がピンと張り付く。何も謝ることはない。許しを請うようなことは、少なくとも我々にはないはず。もしや別の誰かに対して許しを請うなんてことが、前田所長にはあるのか。
(前)「私が、、触れたばかりに、、。」
震える人差し指で、机の上にある像を指差す。それは単なる震えにも、恐怖からの震えにも受け取れた。
(本)「出土品ですかね。相当古いですよ。」
考古学者としての興味、研究者としての抗えぬ好奇心から思わず触れようとしてしまった。
(前)「触るな!」
(本)「あ、はい!」
最後の声を振り絞るようにして叫んだ後、意識を失った。それほどまでに恐ろしいものなのか。研究者として、この一連の出来事を踏まえて、さらに興味が湧いてしまった。
すると、救急車が到着し、救急隊員が室内に入ってきた。
「患者の方、前田さんでよろしかったですか。」
「はい。」
「前田さん、担架に乗せますね。」
気を失っていることを確認し、二人で前田さんを持ち上げて担架に乗せ、そのまま救急車の方に向かう。
「付き添いの方、どなたかいらっしゃいますか。」
(坂)「じゃあ、本多君。」
彼は、まぁそうだよなという顔をして、救急隊員について行く。彼はあの像に魅了されてしまっていた。気落ちするのもしょうがない。
(坂)「さて、どうするか。」
(志)「とりあえず、写真撮りますか。」
像には触れないように、画角をいくつか変えて写真を撮る。その間、坂田は窓の外を見ながら考えを巡らしていた。この件は、今までのような発掘調査通りには、いかないかもしれない。
(坂)「信じたくはないが、呪いの類を疑ってしまったよ。」
(志)「坂田さん、ツタンカーメンの時もそうでしたよね。呪いとセンセーショナルに報道されたが、実際には墓内部のカビでしたし、関係者もほとんどは長生きしています。見たところ、この像にも何らかの菌やウイルスが付着しているかもしれない。」
(坂)「ある家に伝わる話を聞いてね。それは先輩の話だが、彼も研究者でね。なんでもその家には、古くから、遡れないほど古くから”運命”というものを待ち続ける者がいる、と伝わっているらしい。その場所から一歩も離れずに、まるで主人に仕える従順な僕のようにだ。」
(志)「なるほど、しかしその話とこれがどのように関係が。」
坂田はじっと外の景色を見つめている。遠くに見える山々には、見覚えがあるらしい。
(志)「この近くなのですね、その話の現場というのは。」
聞きなれた電話の着信音が鳴る。
(坂)「はい。ああ、わかったありがとう。こちらもすぐ準備するから、あとで迎えに行くよ。」
(志)「前田さん。」
(坂)「ああ、熱中症ではないらしい。」
しばしの沈黙が流れる。坂田は何か策はないかと巡らし、志田は坂田の様子をうかがっている。このままでは埒が明かないので
(志)「先に車内に戻りますね。ここの戸締りは、」
(坂)「私が責任をもって戸締りするよ。」
志田を見送った後、坂田はその先輩に連絡を取ることにした。もしかしたら、重要なキッカケを得れるかもしれない。発掘調査にも参加してくれるかも。
「・・・・ああ坂田です、お久しぶりです。ええ、実は纏向遺跡の近くにいまして、、、あぁやはり知っていましたか、ええその発掘調査の準備に。え、帰省中なんですか。」
思いもよらぬ幸運であった。
「松崎さん、帰省中のところ申し訳ないのですか、知恵をお借りできませんか。」
夏だというのに、やけに寒くなる室内。エアコンのかかっていないこの部屋の、この寒さの正体はあの像なのか。私は、恐れているのかもしれない。しかし、研究者として謎を解明しなければならない。そのためには、頼れるものすべてに声をかけるつもりだ。その中で、私が一番尊敬し信頼している人が、松崎壮四郎なのだ。彼なら、この難題に解決の糸口を示してくれるに違いない。私はそう確信している。




