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ゆうこ  作者: 喜楽 一膳
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日記的食卓の風景

「お前は俺に似た」

父のその言葉が引っかかる。

胸に刺さった小さな棘が、いつか柔らな薄皮のように取れる日が来るのだろうか。

 帰郷して2時間ほど経った午後7時ほどに、食卓に皿を並べる音が聞こえた。なぜなら、「ドン」という大きな皿を持ち上げて、運んで、ようやくテーブルに運んだ時の音と床板の軋みの音が聞こえたからだ。

たぶん、よっこいしょと言っているだろうし、間違いない。いつもは、ご飯の用意を手伝ったりはしない。学校から帰って疲れきった体と精神は、癒しを求めて布団の上に向かってしまうからだ。ゆうこのポリシーとしては、ご飯を食べてからシャワーを浴びることを徹底している。熱いシャワーを浴びて汚れを落とした後は、何かと疲れる。その状態でご飯を完食する自信がなかったので、ご飯をまず食べてから順番に寝る準備をしていきたいのだ。その順番が狂ったからといって不機嫌になることはない。ただ、満足に事を済ませることができないかもしれないけれど、ご勘弁いただきたいのである。

 しかしながら、本題としては夕飯の支度の手伝いをしない、ということについて世間がどう思うかである。もちろん手伝いをしないという家庭もあるだろうが、世間体としてはそれを大っぴらに言えないことである。ほとんどの人がしていないのに、それを大きな声では言えないというのは、何とも日本的な趣がある。しかし、里帰りをして孫が夕飯の支度を手伝うということは、単なる準備の手伝い以上の意味を持っている。娘と孫で三世代で台所で食事の準備をするという姿は、すごく風情がある。祖母としても孫と一緒に何かをするということは、楽しいしうれしいはず-もちろんそうでない家もある-であろう。そして私は、少し卑しい気持ちもあり、もしかしたらお小遣いをくれるかもしれない、そう期待していた。

 そのうちに、腰をあげて台所へ向かう。その足音を祖母と母も気が付いて

「ご飯もう少ししたらできるわよ。」

「なにか、、、、手伝おうか。別になかったらなかったでいいけど。」

祖母は嬉しそうに、母は驚いた様子でいる。母は、なるほどという顔をして

「じゃあ、これテーブルに。テーブルの真ん中ね。」

「わかってるよ、それぐらい。」

少し笑いが起きた。鍋のぐつぐつ音には負けるが。こういう時、祖母や祖父は褒めない。ずっとニヤニヤしているのだ。私が、それをいちいち褒められると嫌なのを知っている。

 食卓へは、狭い廊下を渡る。人が二人並ぶと窮屈なぐらいで、人に見つからないように移動するための専用通路のよう。半開きのふすまがその先にあって、私は肩を使って開けようとすると、中にいた祖父が呼んでいた新聞を途中で畳み、ふすまを静かに開けてくれた。

「お、うまそうやね。」

私が、テーブルに皿を置くまで見守ってくれている。ゴトッ、と大皿を置いて真ん中に置くが、完璧に真ん中に置きたくて、遠くから見たり近くから見たりして位置を調節する。

「よし。」

「できた?」

「うん、まだちょっとかかりそうやね。」

「おうか、今のうちに渡しておこうかね。」

年頃の子供であれば、誰しもが待ち望む最高の瞬間である。心づけと書かれた袋を祖父がそっと渡してくれた。心が一転して晴れ空になったように、体も軽くなる。

「ありがと。」

こういう時、ちゃんとした感謝を言えない。すくすく育った愛されキャラのような、快活で可愛げのある(ありがとう!)が言えない。

「はい、遊び金も欲しいやろうからな。」

ニコニコした顔は、どこか七福神のように見えた。ああ違う、後ろにある掛け軸を見てから祖父の顔を見たから、そう見えるだけだった。普通にニコニコしているだけのおじいさんだ。

「どうした。」

「あの掛け軸っていつからあるの?」

こういう時は思い付きでしゃべる方が良い。

「これはな、ずっと前のご先祖様が持っていたものなんだよ。」

「おじいちゃん、私もう中学2年生よ。」

「ふふふ、そうだったな。あー、これは江戸時代の松崎家12代目当主、松崎勘右衛門が金に困った商人より購入した、『幸福寺の美人図』と聞いておる。その商人とは若い時分より親しくしていたが、大火事の際に用意していた木材が水害の被害にあってな、その被害損失で苦しんでおった。それを哀れんだ勘右衛門が、商人の持っていたこの掛け軸を買い取ることで助けてやったんじゃ。」

「これって本物?誰が描いたの?」

「うーん、偽物と言われとる。」

「え!」

「明治期に鑑定をしたらしいが、言い伝えられていた尾形光琳のものではない、と鑑定された。あきらめきれず、その後何回か鑑定をしなおしたらしいがのう。」

「ふーん。」

騙された証をここに飾ることで、忘れないようにしたのだろう。それは何となくゆうこにも理解できた。

「尾形光琳の復権運動で騙されたのかな。」

「良く知っとるね。再評価の波に乗っていくつか偽物が作られたのじゃろう、まぁご先祖様にとっては助けることが目的やった。その後も商人とは長い付き合いをしたんじゃ。この家と土地も、商人のつてで安く買えたらしい。もっと都会に建っていれば高く売れたんじゃけどな、ハハハ!」

私と祖父は大笑いした。戦後の敗戦処理の中で頭角を現した私のひいおじいちゃんは、銀行時代のつてを辿って新しく始めた炭鉱の事業を成功させた。しかし、ここ一帯を見ればわかる通り完全に廃れてしまい、祖父が独り立ちする時代までは裕福だったらしいが、今では残された貯金を家と土地の維持費に使い生活をしている。そう思うと、この大きな構えもどこか寂しさに満ちている。

 そうしている間に、すべての用意を終えて、食事を部屋に運んできた。

「おや、おじいちゃんの話し相手になってくれとったんか。」

「ゆうこは物知りやね。」

鯛の塩焼き、地元の野菜と豚肉の煮物、マグロの刺身盛、赤だし、祖母が漬けた漬物、地元の野菜の天ぷらなど私の好きなものばかりだ。私は、先ほどの興味をすっかり忘れ、テーブルにつく。最後に父がお酒を用意して席に着いた後、いよいよ夕食が始まった。

 私は、好きなものを好きなだけ食べたい性分であったが、それほど職が太くはないため、量をミスして食べきれないこともある。なので、少しずつさらに寄せて食することをルールにしている。食事の際に、学校でのことや生活のことを聞かれることはなく、この野菜が魚が肉が漬物がと食事に適した話をするのが、この家の常識である。だから、安心して食事が喉を通るのだ。

「あれとって。」

「はい。」

「お父さん、この魚は。」

「朝釣ってきて絞めたやつでな。」

「お母さんこの出汁、、。」

「うまく味に出てる、、。」

「お酒どうぞ。」

「悪いね、おじいちゃんも。」

「まぁ、おばあちゃんが飲むなら、今日ぐらい呼ばれようか。」

私の前では、おばあちゃん・おじいちゃんと呼び合ってくれている。それは両親も同じで、お父さんお母さんと呼び合っている。

 そうこうしているうちに時間は過ぎていった。夕食もひと段落して、片づけをする。わたしは、皿をもって流しに置き、手を洗って少し水を飲む。口を手でふきながら、自室へと戻る。たいてい男と女に分かれて行動をするものだ。しかし、私の個人的な一人になりたい欲求を家族は理解してくれて、そっとしてくれる。自室に戻り布団に寝転がる。

「あー、いっぱい。」

食事後は、胃が動いて少し疲れる。それを休めるために横になるが、本当は横にならない方が良いのはわかっている。けれど、この満腹感には抗えない。

 ゆうこは、都会の中の何の変哲もない生活、まるで日ごとの北極星の位置のように変わらない心境や精神を、もしかしたら田舎では変えられるのではないかと刺激を求めてやってきた。思いや目的がはっきりしていれば変われるはずであると。しかし、どうであろうか。この不自由ない生活と空間をもってして、これらを犠牲にして本当に変わる必要はあるのだろうか。その刺激を求める指向は、正しいものだろうか。そんな思いを抱きつつ、彼女の瞳は夢へといざなわれる。

夢の中で、あの日と同じ光景を見る。

そこには、見たこともないような青年が一人で、、、。

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