今日の人生を明日の私は嫌う
ゆうこは、あの先輩との関係を続けるべきだったのか。
人は後悔するために生きている、というほどに私は、後悔をしてきた。私は、私のけりの付け方が分からないままで、涙の味を確かめる。私に流れる多くの血がそう言っている。あの日、彼に何も告げられなかった臆病に降る、夏の雨が悪かったのだと。私は、他人でできている。他人任せの人生だから、ここぞという時に怖気づく。これは、親から受け継いだ宿命であり、悲惨な結末から逃れる術しか教わらなかった。こうして人の情けに掴まって生きてきた、という自己分析をして時間をつぶす車の中で、変わっていく外の景色を眺めては目で追いかける。良い男がいれば目で追い、あのマスクの下にある理想の顔を想像する。その理想が叶ったことが今までで一度もない人生を、まだ十六にもならない女学生が憂いている。やはり、ゆうこには現実が見えていない。見たいものだけを見ているようだ。その車が近づこうとしているのは、ただの田舎ではない。何もない田舎である。若い人間が逃げ出し、残った人々が余生を過ごすような。この夏、私はその村の崩壊を、ひとつの世界の終わりをじかで見る機会を得られるかもしれない。が、それは自分を映す鏡であるということを忘れてはいけない。結局は、自分の不甲斐なさを破壊したいという衝動を重ねているに過ぎない。その代償に一つの世界の終わりを願っている、と言えば大げさであろうか。
自己反省を促しているように見えて、自分の罪から逃げているという考察は、答えを出さない逃走を助長し、人生とは円のように同じことの繰り返しであるという間違った解釈をしてしまう。いや、間違ってはいない。そうではなくて、そのような安易な答えを出して満足していることがダメであって。
「また独り言か。」
運転中の父がルームミラーでちらっとこちらを見た後で言う。気づかぬうちに独り言をぶつぶつと言ってしまう癖は、いつからだろうか。
「すぅー」
鼻から息を吸い、窓の外に集中する。わかりやすく建物が減り、木々が、畑が増える。父は仕事柄見慣れているだろうが、私にとっては退屈でしかない。まだ、その木々を美しいとは思えない。
「ひとりごとも悪い趣味じゃあない。わしも一人でいる時が多いからよくしゃべってるよ。」
「ひとりしゃべりは孤独の友、か」
スマホを両手でぐっと包むように持つ。まるで殻にこもるように縮こまる。両足をたたみ上げて、膝がスマホに近い距離にある。一種の防衛機制としての行動が、私をさらに苦しめる。いや、苦しむ理由が欲しいのだろう。今まさに、この苦しみから脱出しようとしている若い青春人という看板が欲しいだけ。
空の部屋に届く季節
どれぐらい車を走らせただろうか。昼間を通り越し、オレンジに染まっていく私。
「着く頃には夜になるな。」
「前に・・・ほら、ゆうこが中学に上がる前は渋滞だったから。」
「覚えてない。」
「疲れて寝ていたか。」
「ああ、しんどい。」
話を早く終わらせたくて、いい加減に返事してしまった。親は慣れたように受け流して、着いてからの段取りを話している。
ふと思った。今、この場に兄弟姉妹がいればどうなったのだろうか。もっと話が弾み、家族内の不和が和らいだだろうか。ないものねだりであるために、関係が巻き起こす愚かなことには気づかない。ふと、ここにいればと思うたびに、そうした自分とよく似た人間が一人、二人増えることの気持ち悪さを理解できずにいた。
通りすぎる車には、その様々な人々と人生を乗せている。そして私は比べてしまう。そして、あの家族の一員であったならと想像して、上辺の良い部分だけを楽しんでいる。いわく、悲観的になることを好意的に楽しんで、恐怖や後悔の中にある刺激的な部分を、篩にかけていいところだけを摂取しているのだ。恐怖の中にある刺激こそ、最も純度が高い。
人通りも行きかう車もなくなっていくにつれ、建物の高さが低くなっていく。しまいには地面と同じ高さになっていく。これを建物と呼ぶにはふさわしくはないが、崩れた納屋にも生き物の住処ぐらいにはなるのだろう。
一面が田んぼになって、隠されていた山の麓が顔を出す。いくつか家があって、その一つが祖父母の家である。ただでさえ目立つ大きな家を、空気の読めない夕焼けが見事に照らしたがる。どうぞお越しくださいました、と言わんばかりの構えにゆっくりと誘われる。
「お母さんにお酒持ってきたんだが。」
「え、もう飲まないわよ。病気したって前に言ったでしょ。」
しばし無言があり
「あぁ、そんな話もしてたな、お父さん飲まないのか。」
「下戸です。」
ミラー越しに私をチラッと見る。
「誰も飲まないなら持って帰るか。」
「荷物だけ増やして、何で言わなかったのよ。」
「言うのを忘れてましたわ。」
この会話も聞き飽きた。喧嘩して機嫌が悪くならないだけマシだが、いつまでたっても簡単には成長しないものである。私が言えたことではないが、もう少しコミュニケーションを取った方が良いと思うこの頃である。
「はい、着きました。」
「ゆうこ、自分のだけ持って先に行ってなさい。」
「はい。」
けだるげに応えて、車から出る。玄関に行けば、祖母が待ち迎えていた。大きな玄関を私より少し小さいおばあちゃんが守っている。こちらに気が付いて満面の笑みを浮かべている。その笑みを見て、私も表情が柔らかくなった。
「ゆうちゃん、お帰り。」
「ただいま、おばあちゃん。」
いつもこういうやり取りから始める。いらっしゃいではなく、お帰りなのだ。
「おばあちゃん、お酒ってもう飲まないんだったよね。」
「ん?飲むよ。」
「え、病気じゃなかったの?」
「もう治ったからね、少しなら大丈夫なんだよ。」
「あぁそう。」
遅れて両親がやってくる。
「お母さんただいま。」
「お邪魔します。またお世話になります。」
「はい、お帰りなさい。」
父は左手に日本酒の瓶を持っている。それを祖母は見逃さなかった。
「すいません、これお酒なんですけれど。」
「まぁどうもねぇ。私のすきなやつよ。」
「でもお母さん飲めないでしょ。」
「少しならいいのよ。ゆうちゃんにも言われたけれど、心配してくれてうれしい。」
瓶を受け取って賞味期限を確認する。なるほど早く飲んだ方がよさそうである。
私はというと、いつも使っている部屋に向かう。廊下を渡ると中庭があり、その中庭に面する部屋が好きだ。朝障子を開ければ、自然の調和を眺められる。その景色と空気がとても居心地が良かった。久々に訪れても、松や池は丁寧に手入れされている。家を構える財力によって、この美しさは保たれているのだ。
「よいしょっと。」
荷物を置き、掛けているハンガーに服を吊り、早々に寝巻に着替える。重ねた布団に腰かけて、スマホをいじるのがいつものスタイルだ。
(奈良県桜井市にある纏向遺跡近くで、歴史的発見か)
考古学系のニュースが良くトピックでホーム画面に表示される。これは父の職業と関係があるのかもしれない。そういえば、家の近くにも遺跡があるらしい。父に聞いてみようか。
「いや、スマホでいいじゃん。」
話したいわけではないし、別に父が話しやすい話題を提供する必要もない。父と会話をしやすいように手助けをするなんて、いつもの私らしくはない。変わりたいと思って期待はしているけれど、そういう変化ではなくもっと人生に影響を与えるようなものなのだ。
ゆうこは、今まさに変化の時にあった。移動で疲れているだけかもしれないが、なぜか父と会話をしたいと思っている、思えている。しかし、なぜこうたやすく変化が起きたのだろうか。
会話をしてしまうと、以前の自分には戻れない。その恐怖は正しいのか。




