呪い
運命とは呪いである。
そして、それがたまたま起こった偶然でも。
「娘さんですか。」
病院に向かう車の中で、揺られながら娘と会話する。隣に座っていた坂田に娘のことを聞かれた。
「うまく話せないかもしれない。」
久しぶりのちゃんとした会話に緊張している姿を見て、むさ苦しい真夏に心地いい暖かな空気が流れる。
「・・・じゃあな。」
「娘さんも同じ道を歩まれるのでしょうか。」
「そうだったら、残してやれるものは多いかもしれないな。」
父親の告白とは、常に本人の前で行うばかりではない。身内のいない場所で、ポロっと本音が出てしまうものだ。研究や発掘調査ばかりで、まとめにかまってやれなかった私ではあるが、今ならあらゆることを手助けできるかもしれない。父親としての威厳を示したいという欲もあったが、それを静かに押し殺した。
「お父さん、て呼ばれてうれしかったですよね。」
「・・・まぁな。」
「にやついてましたよ。よっぽどうれしいことがあった時ぐらいしか、それこそ大王の墓を発見した時以来でしたよ。」
やはりな、というのは自分でもわかるほど笑っていたはずだ。
「でも娘さんの前ではしかめっ面でしょ。」
「どうして?」
「僕もそうなんです。」
親父たちの切実な事情を遺跡は理解してくれない。遺跡は理解されるために鎮座しているからである。どれほど時間を犠牲にして悔やんでも、過ぎたことを取り戻すことはできないし、失墜した親父の地位は、取り戻せないものだ。車に揺られながら、そうやってとりとめのない話をしていると、運転を任した志田君が
「なんか親父臭いですね、この車。」
と思わず全員で笑ってしまった。確かに加齢臭がきつすぎたか。
周りに大きな建物もないおかげで、目的地が可視化されていて非常に喜ばしい。土の中に埋まった見えない過去を掘り下げていくばかりで、ゴールが予め設定されていることの価値は余計高く感じる。5分ほどで到着すると聞いていたが、妙に長く走り続けているように感じる。だからなのか、余計なこともたくさん喋ってしまったような。
「坂田さん。」
「ああ、もう離れられないようだ。」
私は、昔から都市伝説が好きだった。それはゆうこには遺伝していないようだが、私がゆうこぐらいの頃には超古代文明、世界の真実というのにドはまりしていた。たくさんの本を買い、図書館にも入り浸った。それで遺跡や文明方面の大学に進学して研究しているうちに、今の考古学に全ての熱を注ぐようになっていった。そして私が言いたいのは、やはり世界には呪術なるものは確かに存在している。この日本においても例外なく、遺跡から出土することも良くある。大抵は効果がない、破壊されて目的を達成済のもの、制作方法が間違っていて効果がない、近代に埋められた偽物などである。しかし、中には呪いの込められた本物の呪物が出土することもある。しかし呪いというものはエネルギー的なものなので、時間が経てば経つほど効果が薄れて、しまいには呪い自体がなくなることもある。人を呪い殺すほどの力があっても、時代が過ぎれば指のささくれが剥がれて血が出るぐらいの力しかないのだ。なので、ほとんどの場合は呪いなんて存在しない、という結論になる。しかし私は違った。
「呪いを信じるのか。」
「松崎さん、これはありますよ。」
坂田は呪いを信じているような節がある。彼との出会いもある種呪いの類がきっかけだった。
「志田君もか。」
「信じたくはないですが、坂田さんと一緒にいると多いんです。」
彼はある種の被害者であろう。坂田と行動を共にする中で多くの霊障や呪いの類を見る機会が多い。科学的に証明できないことであっても、自分の身をもって体験すると考えが変わる奴も多い。科学的に解明できていない間は、信じることにしているというスタンスである。
「やけに時間がかかると思いませんか。もう15分も走らせているんです。」
目の前に病院の姿が見えているのにも関わらず、一向に進んでいる感じがしない。メーターを見ると、確かに40km出ている。電柱も確かに横を通り過ぎていく。しかし一向に辿り着く気配がない。
(松)「これはあれか、あの像が逃がさないように引っ張っているのか。」
(坂)「あれを見た時点で手遅れのようです。志田、あれはどこにある。」
(志)「ここに。」
運転をしながらポケットから鈴を取り出した。握りしめれば手の中に隠れるほどの小ささで、ずいぶんと年月が経過したような見栄えである。
(坂)「いつもこいつに助けてもらっているんですよ。」
(松)「成功確率は五分くらいか。」
(志)「いえ、百発百中です。」
拳をぎゅっと握り、坂田は思い切り腕を振った。リーンと大きな音が、自分の腹の底で鳴るような感覚があり、耳の奥にぐっと定着するように響き続けている。不思議なことに、握りしめた状態なのに音が響いている。それが幻想的な世界観を車内に作り出しているようだ。
(志)「さっそく効果がありましたね。」
鈴の音に聞き惚れていた間に、病院に着いてしまった。
静けさの象徴のような佇まいをした白亜の病棟は、恐ろしく見える。この病院が、天国への階段の素材に使われているのではないかと。人の苦しみも痛みも聞こえない中で、我々三人を受け入れたくはないようだ。触るとひんやりと冷たい壁をつたっていけば、受付が見えてきた。気が付いた時には暑さがひいていて、気が付くとすっかり病院に馴染んでいた時には、かつて自らが目指そうと決めた医者という仕事に向いているのかもしれないと思った。
「すいません、本多という人間が少し前に前田所長と運ばれたと思うのですが。」
「ご家族の方でしょうか。」
「いえ、同じ職場の人間です。」
「お二人とも三階の302号室に。」
「ありがとう。」
外も白ければ中も白く、自分がどこにいるのか見失ってしまうほどである。三階までの道のりが異様に長く感じるのは歳のせいだろうか。誤魔化しつつ転ばないように階段を上がって行き、302号室までたどり着いた時には重苦しい空気に包まれていた。302号室だけが暗闇に包まれているような雰囲気であり、先ほどと同様に呪いにかかっているような感じを否応にも受け取らざるを得ない。
「二人ともか。」
坂田はじっと見つめたままである。仕事を終えた鈴は、すっかりと色褪せて砕けてしまっている。
「こんなことは初めてです。」
「予備はもちろんありませんし、効果があるかも怪しい。」
そうして初めて自分が呼ばれた意味を理解したような気がした。私は、背負っていたリュックの中から一枚の古びたお札を取り出した。
(志)「それは、、、。」
(松)「竹内家に伝わる札で、大昔の忌み子が亡骸になってでも親を恨み殺そうとした時、竹内の人間がこの札でもって封印したと言われている。時間が経って、この札も意味を成さなくなり竹内家の人間や親族に分配された108枚のうちの一枚。これが、再び日の目を見るだろう。」
研究者としての口調が少し出てしまったが、二人もこれを知らないということはなかった。
(坂)「では、本多に使いましょう。」
三人の意見は一致していた。像に触れた前田所長は手遅れと見受けられるほど、重い力に苦しめられている。医者が言うには原因不明だが、あの像の直接的な呪いで間違いない。彼は、触れてしまったのだ。本多くんの場合は、触れてはいないが前田所長と長く一緒に居すぎたようだ。彼自身からあふれた呪いが、彼の手をつたって浸食している。たぶん、救急車内で手を握って励ましてしまったのだろう。
(坂)「今週いっぱいは入院になりますよね。」
(松)「彼の力がどれぐらい残っているかによる。生きようと試みれば、明日にでも。」
札を本多くんの口の中に入れると、口の中から無数の小さな白い手が伸びてきて、札を掴もうとしている。これこそが、彼が苦しみながらも生きようとしている証である。私はその手に札を預け、すると白い手がゆっくりと喉の奥に帰っていく。
(志)「本部に言って部屋を分けてもらうように頼んできますね。」
病院側に呪いの詳細を説明しても怪訝な顔をされるだけだが、本部を通じて取り計らってもらえばスムーズに事が進むのである。病室を出て電話をしている志田を置いて、坂田と松崎は二人だけになるように別の場所へ向かった。屋上がいいだろうか。
「坂田、あの子は例の。」
「はい、転生者です。」
夏の生暖かい風に吹かれ、その場には合わない内容の会話をしている。噂には聞いていたが、世の中には転生者、正確に言うと輪廻転生者と認定された人物がいる。しかし、あくまでも非公式な非科学的なものという立場を取っている。前任者は秘密裏に最後の日を迎えて死んだ後、ガラシャと呼ばれる数千年に渡って転生者を埋めることを生業としてきた家系の者たちに埋めさせる。その後、転生した人物がその場所を特定し、その土の上で涙を流すのだ。これが、いわゆる転生の儀と呼ばれる過程である。しかし最も重要なことは、とある寺院に眠ると言われている財宝の扉を開けることができることである。不思議なことに、その扉を破壊しようとしたり、無理に開けようとすると中身が消えてしまう。転生する前の最初の人物が残した富を管理できるのは、転生者しかいないのだ。そして、この富から様々な組織の運営費が捻出されているのである。彼は、本多くんはそれに該当するということ、、、。
「いつからか、転生者が富を放棄するようになったのです。しかし、どうやら転生者の手さえあれば無理やりにでも扉を開くことができるのです。」
「懸賞金がかかっているのは、彼ではなく彼の両手ということか。」
「血眼になって探しているのですが、この数千年間で日本に転生者が生まれたことはありませんでした。それが、彼を探す盲点になっているのです。」
なんとも難儀な人生を送っている人物である。まさに予め決められた運命のように。
「彼の人生は、仕組まれたようなものです。生まれてから今まで、全てが計画通りに動いているのです。彼が、やつらに見つからないように。そして、この輪廻転生を終わらせるために。」
「それほどだったとは、少し話についていけなくなる。」
「しかしですよ、あの像に関してはまったくの計画外なんです。正体もわからない。」
私は、少し奇妙な話をしたいと体がつき動いた。それは抑えられなかった。
「もしもだが、あの像がはるか昔、私たちの考えが及ばないほどの時を越えて現れたのなら。数千年を超えるほどの長い年月をもってしても、お釣りがくるような長い時を越えていたのなら。」
「だとしたら、一体どれほどの呪いを抱えているのでしょう。あの像に何があったのか。」
ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえ、ガチャリと屋上のドアを開く。
(志)「別室になりました。」
(坂)「そうか、わかった。これで一旦は安心だな。」
これからどうしようか、と各々が考えている。坂田が中心になるべきだが、呼ばれて飛んできた私はその坂田に頼れる男と言われた以上、自分が取り仕切るべきであろうか。若い自分が積極的につき動くべきであろうかと志田も悩む。その時、松崎のスマートフォンがその空気感をつんざくように着信音を鳴らす。
「娘からだ。もしもし、どうした。」
「お父さん、手が急に光り出したの。どうすればいい。」
長い沈黙が夏をも支配する。坂田と志田は、その電話先で思わぬ不幸があったのではないかと不安に感じている。ゆうこは、返答がない間にも恐れが溜まっていく。彼の頭の中で、様々な考えが廻ったであろうが、シンプルな答えに辿り着いた。そして、それがこの先を決める大きな決定であり、一筋の光明になりえると信じたかった。
「ゆうこ、お前が世界を救うんだ。」
ーつづくー
その手は、呪いを癒せるのか。




