拾ってしまった聖女
静かなスローライフを望む主人公と、
そんな彼を「全力で守ろうとする聖女」のお話です。
恋愛ファンタジーですが、
やや重めの感情表現・依存気味な描写を含みます。
ゆっくりと関係が歪んでいく過程を
楽しんでいただければ幸いです。
王都から半日以上離れた街道沿い、その外れに小さな家が一軒だけ建っている。
森と畑に挟まれたその場所で、アレンという男は一人で暮らしていた。
朝は畑を見回り、昼は簡単なスープを作り、夜は静かに眠る。
誰にも期待されず、誰も失望させない――それが、彼にとっての理想的な生き方だった。
名誉も、使命も、居場所を賭けた争いもいらない。
今日が昨日と同じように終わること、そんな日常を愛していた。
だから、街道に倒れている少女を見つけたとき、
本当は足を止めるつもりなどなかった。
白い法衣は泥に汚れ、胸元の聖印は砕けている。
彼女がただの旅人ではないことは一目瞭然だった。
関われば、面倒になる。
大切な日々が、なくなってしまうかもしれない。
そう理解していたはずなのに、
気づけばアレンは少女を抱き起こしていた。
――拾ってしまった。
そう思ったときには、もう遅かった。
少女は、アレンの家の簡素な寝台で目を覚ました。
薄く開いた瞼の奥、淡い金色の瞳がゆっくりと焦点を結ぶ。
天井を見て、次に壁を見て、――最後に、アレンを見て微笑んだ。
「……」
目覚めたばかりのはずなのに、
彼女は自分の身体には一切目もくれず、アレンだけを見ている。
理由の分からない視線に、胸の奥がざわつく。
「お茶だ、飲めるか」
アレンはそれ以上考えないようにして、木のコップを差し出した。
少女は素直に受け取り、一口飲んでから小さく息をつく。
「ありがとうございます」
声はかすれていたが、妙に落ち着いている。
「私、もうどこにも行き場がないのです」
重い言葉のはずなのに、感情は乗っていなかった。
まるで、もうどうでもいいことのように。
その話題をこれ以上掘り出すのはよくないと、そう思い話題を変えた。
「えっと、名前は?」
「リリアと申します」
即答だった。彼女はアレンの目をじっと見つめている。
「あなたは?」
「アレンだよ。ま、ただの――」
「アレンさん」
言葉を遮られ、名前だけを、丁寧に拾われた。
初対面とは思えない距離感に、違和感が積み重なる。
「助けていただき、ありがとうございます」
胸の前で手を組み、祈るように頭を下げる。
砕けた聖印よりも、その所作のほうが雄弁に彼女の正体を語っていた。
「……安心しました」
「何がだ?」
問い返すと、リリアは少し首を傾げてから答えた。
「これで、私にはもう必要がなくなったからです」
意味を測りかねているうちに、彼女は続ける。
「王宮にも、家族にも――もう戻れません」
淡々とした声。
そこに未練は感じなかった。
「だから、これからはずっとずうっとアレンさんのそばにいます」
それはお願いではなく、決定だった。
――重い。
その感覚と同時に、アレンは気づいてしまう。
彼女にとって自分は、特別に選ばれた存在ではない。
彼女はすべてを失ってしまった。そして、自分が最後に残っただけの存在だと言うことに。
「いや、俺は――」
「大丈夫です」
言葉を遮るように、リリアは微笑んだ。
「アレンさんが私のそばに、ずっといてくれるなら、世界、壊さないようにしますから」
冗談には聞こえなかった。
「アレンさんが望むなら、静かな暮らしも守ります」
その声音には、ただ自信だけがあった。
いや――根拠があるからこそ、なおさら恐ろしい。
かつて瘴気を浄化し、魔物を焼き払うほどの奇跡を起こした聖女。
そんな存在が、今、俺だけを「守るべきもの」として選んだらしい。
――拾ってしまった。
――とんでもない聖女を。
それでも、彼女を追い出すという選択肢だけは、
最初からアレンの中になかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第1話は、
「拾ってしまった時点で、もう逃げ道がない」
ところまでを書いています。
リリアの感情はまだ表に出ていませんが、
すでにアレンの世界には、
彼女の手がかかり始めています。
次話からは、
その“静かな違和感”が少しずつ形になります。
よろしければ、続きをお付き合いください。




