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アポカリプス・ロジック ――物理の少女と、朱色の獣――  作者: 仁平 浩次
第2章:大阪万博編 前編(レジスタンス)
8/9

「大阪万博――『ヒーローショー』の裏で、人が死ぬ」

作者です。

前回は筋肉マッスルに殴られましたが、今回は情報量インフォで殴られます。

そして最後に、理花が別の意味で殴られます(精神を)。

※理花の胃に優しい回は当分ありません。

重厚な防音扉が開くと、そこは薄暗い作戦指令室だった。


壁一面のモニターには、大阪の市街図。

アサカワ製薬の株価チャート。

コメリカ軍の無線傍受記録。


ありとあらゆる“戦いの前段階”が、そこに可視化されている。


部屋の中央。


古びた電動車椅子に座る男が、ゆっくりとこちらを振り向いた。


相原正樹。


かつて父・豊色匠と共に「新物理法則」を研究した同志。

今は反政府レジスタンスを束ねる指揮官。


その顔には、過去の激戦で負った深い火傷の痕が、勲章のように刻まれている。


「……よく生きていてくれた、理花ちゃん」


相原の声は、古いチェロの弦のように低く、震えていた。


理花は相原を見つめた。

相原もまた、理花を見つめ返した。


「相原のおじさん」


相原は車椅子を進め、煤だらけの理花の手を、骨ばった両手で包み込んだ。


「八年間、君を探し続けていた」


「だが、アサカワのガードが固すぎて、手が出せなかったんだ」


「……すまない。迎えに行くのが遅すぎた」


理花は、記憶の中にある父の親友の面影と、目の前の傷ついた男を重ね合わせた。


八年前のあの日。


父は処刑され。

母は殺され。

この人は戦火の中で足を失った。


生き残った者たちの時間は、あの日から止まったままだ。

──そして、今ようやく動き出す。


「謝らないで、相原のおじさん」


理花は相原の手を握り返した。


「遅刻の言い訳はあとで聞くわ」


「それより、私をあの箱から出してくれてありがとう」


理花は素直に感謝を述べた。


それから、冷静な目に戻る。


「でも私をここに呼んだ理由があるんでしょ?」


相原は一瞬、目を丸くしてから──

皺の刻まれた目尻を緩めた。


「ああ。匠に似て、せっかちなところは変わらないな」


そのとき。


「へっ、お待ちかねの天才少女様のお出ましってわけか?」


部屋の奥から、生意気そうな声が飛んできた。


パイプ椅子に座り、アーミーナイフで器用にリンゴを剥いている少年。

年齢は理花と同じ十四歳くらい。


色素の薄い髪をラフにかき上げ、野良犬のように鋭い目をしている。


傍らには、身の丈ほどもある巨大な槍。


──いや、ショットガンの機構を組み込んだ無骨な鉄塊。


ガンランス。


香月氷璃こうづき・ひょうり

戦争孤児。

このチームの特攻隊長。


理花は値踏みするように少年を一瞥した。


(同い年。でも、教科書よりもナイフが似合う手つきね)


何より、あの武器。


質量と重心モーメントのバランスが完全に破綻している。

あんな非効率な鉄クズを愛用するなんて──


物理法則への冒涜か。

あるいは、脳みそまで筋肉でできている馬鹿か。


「氷璃くん、客人に失礼よ」


たしなめるような優しい声と共に、湯気の立つマグカップを盆に乗せた女性が現れた。


新川雪菜。


元慰安婦という暗い過去を持ちながら、今はチームの母親代わりとして全員を精神的に支えている。


「はじめまして、理花ちゃん。雪菜です」


「……大変だったわね。温かいミルクでもどう?」


「……どうも、いただきます」


理花は戸惑いながらカップを受け取った。


筋肉哲学者(小水晶)に、聖母(雪菜)。

そして目つきの悪いクソガキ(氷璃)。


(……随分とバラエティ豊かな動物園ね)


「そして、私が今回の作戦の立案者であり、君を『発掘』した張本人だ」


モニターの陰から、くたびれたトレンチコートの男が現れた。


無精髭。

常に眠そうな目。

だが、その手には最新鋭のタブレット。


根来ネゴロ


元戦場カメラマン。

今はフリージャーナリストとして政府の闇を暴く情報屋だ。


「根来さんね」


理花は睨む。


「私の命をゴシップ記事のネタにした」


根来は肩をすくめた。


「人聞きが悪い」


「おかげで君は自由になれたし、我々は最強の『物理演算』を手に入れた」


「ウィンウィンだろう?」


「それはどうかしらね」


理花は冷ややかに返す。


「アサカワは私を追えなくなったけど、詩島にとっては格好のお尋ね者だわ」


「どこに自由があるわけ?」


理花が嚙みつくと、相原が咳払いをして場を諫めた。


「挨拶はこれくらいにしよう」


「……理花ちゃん、君に見てもらいたいものがある」


相原がモニターを操作すると、地図が表示された。


大阪湾に浮かぶ巨大な人工島。

極彩色のドーム群。


「大阪万博」


相原が吐き捨てるように言った。


「コメリカ占領政府が、復興のアピールとして開催を予定している一大イベントだ」


「来月、その開会式が行われる」


「大阪万博は二〇二五年に行われたばかりよ」


理花は呆れて呟いた。


「それからまだ三〇年しかたってない」


「それも核攻撃を受けてまだ一〇年の大阪で万博なんて、気が狂ってるとしか思えないわ」


「それで他の国も参加するとは思えない」


「……つまり、ただのお祭りじゃないんでしょ?」


理花はミルクを一口飲み、冷徹な目でモニターを見据えた。


「その通りだ」


根来がタブレットを操作し、盗撮画像をモニターに割り込ませた。


万博のパビリオン裏へ搬入される、厳重なコンテナの列。

無機質な鋼鉄の箱。


側面には──

アサカワ製薬のロゴ。

そして、コメリカ軍のマーク。


「……ただの機材搬入じゃなさそうね」


理花が目を細める。


「コンテナに『重篤生物封じ込め(バイオセーフティ・レベル4)』のマークと、極低温冷却ユニットがついている」


「……中身は精密機械じゃない」


「ああ、お察しの通りだ」


根来が低い声で告げた。


「中身は、アサカワ製薬がこの万博のために用意した新商品」


「──『新物理法則生物モンスター』だ」


理花は息を呑んだ。

そして画面の管理番号を凝視する。


見覚えがある。


私がこの八年間で記述し、培養槽の中で「安定した数値」を出した個体番号。


(……なんてこと)


理花は呻いた。


「あれは、私の『合格品』よ」


「実験に成功して、兵器として完成し、『出荷待ち』になっていた在庫ストックだわ」


理花の顔が蒼白になる。


自分が研究室で計算式を書き、培養液の中で眠らせていた「子供たち」。


それらが今。


兵器として大阪の地に解き放たれようとしている。


「社長が病院送りになっても、商売は止まらないってわけだ」


砂が皮肉っぽく笑った。


「浅川の奴、入院ベッドの上で出荷命令書にサインさせられたんだろうよ」


「でも、解せないわ」


理花は眉をひそめた。


「どうして万博なの?」


「武器商人への紹介なら、もっと人目につかない場所でやるべきでしょう?」


「一般客もいるのに、リスクが高すぎるわ」


「そこが、奴らの狡猾なところだ」


根来が指を立てて解説を始めた。


「まず、場所だ」


「今回の万博会場は、大阪湾に浮かぶ人工島(夢洲跡地)」


「市街地からは橋とトンネルでしか繋がっていない」


「いざとなれば封鎖が容易で、一般社会から隔離された巨大な密室になる」


「そして、タイミングだ」


相原が言葉を継ぐ。


「決行日は、万博開催の前日──『前夜祭プレ・オープニング』だ」


「招待客は政府高官、各国の軍関係者、そしてVIPのみ」


「一般客はまだ入れない」


「なるほど」


理花が頷く。


「隔離された島で、身内だけでこっそりやるわけね」


「いや、もっとタチが悪い」


砂がモニターを切り替えた。


映し出されたのは、万博のポスター。


キャッチコピーは──

『新時代の守護者・日本パビリオンにてお披露目』


「奴らはこれを『公式イベント』としてやるつもりだ」


砂が冷ややかに言った。


「シナリオはこうだ」


「『日本パビリオンが誇る超遺伝子学の成果、五人の特殊少女部隊スペシャル・ガールズによる警備デモンストレーション』」


「そして、その仮想敵ヴィランとして、制御不能の脅威役を演じさせられるのが……」


「……アサカワの怪物モンスターたち、ってわけか」


理花は奥歯を噛み締めた。


「その通りだ」


根来が頷く。


「表向きは『正義のヒロイン部隊が悪の怪獣軍団を倒すヒーローショー』」


「だが、その実態は……」


「……要するに」


理花は唇を噛んだ。


「私の研究成果を、あいつの“舞台装置”に使うつもりなのね」


理花の脳裏に、最悪の図式が浮かび上がった。


私が作った「子供たち(合格品)」は、ただ殺されるためだけに檻から出される。

詩島の作り上げた「五人の人形たち(ヒロイン)」を引き立てるための、惨めな悪役ヴィラン


大歓声とスポットライトの中で。


「……反吐が出るわ」


理花は吐き捨てた。


「私の技術も、あの子たちの命も、詩島にとっては自分のお人形遊びを盛り上げるための演出プロップってわけね」


「止めるなら、この前夜祭しかない」


相原が理花の目を見据えた。


「式典の最中、全世界への生中継が入る」


「その瞬間に奴らの茶番をぶち壊し、真実を晒すんだ」


「……ええ。やってやるわ」


理花はマグカップをテーブルに叩き置いた。


「私が作った不肖の息子たちも、詩島の自慢の少女部隊も、私がまとめてスクラップにしてやる」


「……それが、生み出した者の責任ケジメよ」


そのとき。


空気が凍りついた。


今まで軽口を叩いていた少年が、リンゴを剥くナイフを止め、冷たい視線を理花に向けていた。


「……スクラップ、ね」


氷璃はナイフの切っ先を、理花の鼻先に突きつけた。


「おい、天才様」


「一つ聞いていいか?」


「……何?」


理花は動じずに見返した。


だが背筋には、冷たい汗が伝っていた。


氷璃の声は低い。

そして、妙に静かだった。


「お前、人を殺したことはあるか?」


──食堂の喧騒が消えた。


理花は息を呑む。


「……え?」


怪獣バケモノを壊すのは得意かもしれねぇが」


「俺たちがこれから行くのは戦場だ」


氷璃の目は、笑っていなかった。


「相手は実験室のデータじゃない」


「心臓が動いてて、家族がいて、痛みを感じる『人間』だ」


氷璃の声が、鋭く突き刺さる。


「引き金を引けば、肉が弾けて、クソみてぇな臭いがして、命が消える」


「二度と戻らない」


「……お前のその綺麗な計算式の中に」


「その『人の死ぬ重さ』は入ってるのかって聞いてんだよ」


理花は言葉に詰まった。


アサカワ製薬での八年間。

多くの実験動物の死は見てきた。


母の死も見た。


だが──

自分の手で、温かい血の通った人間の命を奪ったことはない。


「スクラップ」という無機質な言葉で、その事実から目を逸らしていた。


その逃げを、今。


この野良犬のような少年に──見透かされた。


「……氷璃、言い過ぎだ」


相原が静かに制したが、氷璃は鼻を鳴らしてナイフを引いた。


「言っとくがな」


「ビビって引き金を引けなきゃ、お前が死ぬだけじゃない」


「俺たちも巻き添えだ」


氷璃はかじりかけのリンゴを放り投げ、ガンランスを担ぎ上げた。


「……覚悟しときな」


「人を殺すってのは、数式みたいに割り切れるもんじゃねぇぞ」


氷璃はそのまま食堂を出て行った。


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


理花は自分の手のひらを見つめた。


まだ白く、綺麗な手。


だが大阪に行けば。

この手は間違いなく血に染まる。


その「覚悟」が、復讐心だけで補えるものなのか。


理花の方程式に、初めて──解けない変数が生じていた。

次回:第2章・第4話。

レジスタンス生活が始まります。


そして理花の運命を変える、たったひとつの真理。


「泣いたって筋肉は付かない」


……いや本当に、どうしてこうなった。


ここまで読んでくださりありがとうございました!

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