「救出は“予定”だった――記事で社会を燃やすレジスタンス」
作者です。
前回、研究所が「ちょっと」爆発しましたが、今回は逃走回です。
※車酔い注意(主に理花が)
※「理花は肋骨を痛めているんとちゃうんかい」というツッコミは、、はい、わかっていますがなかったことにしてください。
逃走用のバンは、安っぽいグリースと、古びた血の臭いがした。
サスペンションがイカれているのか、路面の凹凸を拾うたびに、理花の内臓は揺さぶられる。
「……ねえ。もう少しマシな運転はできないの?」
理花は後部座席で呻いた。
「これじゃ、追っ手に殺される前に車酔いで死ぬわ」
「文句を言うな、お姫様。タダで乗せてやってるんだ」
運転席でハンドルを握っている男が、バックミラー越しに冷ややかな視線を寄こした。
九条砂。一九歳。線の細い優男だが、その眼光はカミソリのように鋭い。
カナの兄であり、このチームの頭脳(参謀)だ。
理花は、この男が運転席にいる限り、逃走は成功すると直感していた。
助手席のカナが、窓枠に足を投げ出しながら笑った。
「悪く思うなよ、理花。兄貴は計算高いが、運転技術の計算は苦手なんだ」
「うるさいぞ、筋肉女。誰のせいで予定時刻を三分もオーバーしたと思ってる」
砂はハンドルを切りながら毒づいた。
「『派手にやれ』とは言ったが、研究所ごと更地にしてこいとは言っていない」
「誤差の範囲だろ? おかげで追っ手も灰になった」
理花は二人のやり取りを聞きながら、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえば、不思議だったのよ。どうしてあのタイミングで壁を破れたの?」
「まるで私が失敗することを知ってたみたいに」
あの絶体絶命の瞬間、カナが現れたのは、偶然にしては出来すぎていた。
砂は鼻を鳴らし、ダッシュボードに置かれた端末を後部座席へ放り投げた。
「俺の勘じゃない。根来って胡散臭いジャーナリストの描いた『筋書き(シナリオ)』どおりさ。……そいつを見てみな」
理花は端末を拾い上げた。
画面に表示されていたのは、ニュースサイトの配信予約画面だった。
『アサカワ製薬・生物兵器デモで重大事故発生か?』
『コメリカ軍の暗部と、消えた“A級戦犯の娘、豊色理花”の影』
「……何よこれ」
理花は眉をひそめる。
「爆発はついさっきよ? まるで予言じゃない」
「予言じゃなくて『予定』だ」
砂は冷淡に言った。
「根来は鼻が利く野郎でね。今日の大規模デモと、その中枢にお前がいることを嗅ぎつけてきた」
「そして、お前を確保すると同時にこの記事を一斉配信する手筈になってる」
「おいおい、兄貴。かっこよく纏めてるが、正確には違うぞ」
横からカナが、ガムを噛みながら口を挟んだ。
「突入のタイミングは予定どおりだが、あんたがグリズリーに食われかけてたのと、俺たちが研究所ごと吹っ飛ぶ羽目になったのは、全くの偶然だ」
カナは愉快そうに笑った。
「あと数秒遅れてたら、今頃あんたはクマの餌で、俺は黒焦げの死体だった。……運が良かったな、天才」
理花は背筋が寒くなるのを感じながら、苛立ちを隠さなかった。
「……つまり、壮大なマッチポンプってわけ?」
「情報戦だ」
砂が言葉を継ぐ。
「お前たちが物理的に研究所を破壊した瞬間、根来が社会的にアサカワを抹殺する」
「軍が情報を隠蔽する前に、世論に火をつけるのさ」
砂は、少しだけ顔をしかめた。
「……ま、火力が強すぎて建物まで消滅したのは計算外だったがな」
理花は舌打ちして、端末を放り出した。
「なるほどね」
「私の名前まで晒して、退路を断ったわけか」
「悪く思うな」
砂は淡々と言う。
「世界中がお前の顔を知れば、もうコメリカもアサカワも、お前を『秘密裏に処理』できなくなる」
「……ある意味、最強の防具だぜ」
「安くない防具ね」
理花は皮肉っぽく息を吐く。
「おかげで私は、世界一有名な家出少女ってわけ」
砂が初めて、ニヤリと口元を緩めた。
「ようこそ、『物理側』へ」
バンは検問を避け、廃墟と化したスラム街を抜けていく。
窓の外に広がる景色は、都市というより死体だった。
崩れた建物。
焦げた看板。
路地裏の暗がりにうごめく影。
そして──遠くに、地下へ潜る入口が見えた。
そのときだった。
「……詩島博士の件だが」
砂は、一瞬だけ言葉を切った。
理花は、無意識に背筋を正していた。
理由は分からない。
ただ、身体が先に理解してしまった。
理花はその名を、心の中で反芻する。
母を殺し、父を裏切った男。
それ以上のことは、何一つ知らない。
車内に、それ以上の説明はなかった。
それで十分だった。
次回、レジスタンス基地へ。
筋肉担当(小水晶)が理花を発見し、文明が崩壊します。
※プロテインは悪くない。悪いのは量。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




