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アポカリプス・ロジック ――物理の少女と、朱色の獣――  作者: 仁平 浩次
第1章:邂逅編(空白の8年と、秘密の粘土)
5/9

「物理の少女と、戦場の少女」

歪んだメインゲートの中央が、外側から爆発したように吹き飛んだ。


粉塵が舞う。

鉄塊が飛ぶ。


煙の向こうに立っていたのは――


一人の少女だった。


金髪のショートカット。

小柄な体には不釣り合いな、無骨なアサルトライフル。


まるでピクニックに来たみたいな軽装で、彼女は地獄絵図の研究室に踏み込んできた。


レジスタンスの少女。

九条カナだ。


カナはサングラスを指で押し上げ、惨状を見渡して口笛を吹いた。


「へぇ、楽しそうなパーティーじゃないか。招待状は持ってないが、手土産(鉛玉)ならあるぜ」


グリズリーは突然現れた侵入者に気を取られた。


「今だ!」


理花は痛む脇腹を押さえ、カナの下まで走り込んで叫んだ。


「あんた、腕はいいの!?」


カナはニヤリと笑い、ライフルの銃口を向ける。


「ハエの眉間を撃ち抜けるくらいにはな」


理花は即座に計算リンクした。

この少女なら――できる。


「あの熊の首! ピンク色のガムを狙って!」


説明はいらない。


カナの動体視力が、暴れ狂うグリズリーの首筋に張り付いた小さな異物を捉える。


注文オーダーを確認。……デザートの時間だ!」


カナの指がトリガーにかかった。


その瞬間。


理花は顔色を変えて叫ぶ。


「伏せなさいッ!! ここは火薬庫の真ん中よ!!」


理花は瓦礫の陰へ、死に物狂いでダイブした。


カナも剣幕に何かを察知し、反射的に身を屈めながらトリガーを引き絞る。


放たれた一発の弾丸は――


暴れる巨獣の動きを先読みし、吸い込まれるようにピンク色の粘土へと着弾した。


直後。


世界が「白」に染まった。


カッ――――!!!!


音はない。

あまりの衝撃に、鼓膜が瞬時に機能を停止したのだ。


爆発という生温かいものではない。

それは「圧殺」だった。


「R-5」が解放した超高密度のエネルギーが、グリズリーの肉体を原子レベルで分解する。


だが、破壊はそこで止まらなかった。


撒き散らされた揮発性の薬品ガスに、

「R-5」の熱波が引火したのだ。


ズドォォォォォォン!!!!


連鎖誘爆。


グリズリーの爆発を皮切りに、研究室の四方八方で赤い蓮華が咲き乱れる。


天井が歪み、コンクリートの床が波打った。

強化ガラスは粉末となって舞い散り、分厚い鉄の隔壁が紙屑のようにひしゃげる。


「生物兵器研究室」は、瞬く間に灼熱のオーブンへと変わった。


やがて、土砂降りの雨みたいな瓦礫の落下音が止み――静寂が戻る。


「……ゲホッ、ガハッ!」


理花は瓦礫の山から這い出した。

白衣はボロボロで、全身が埃まみれだ。


恐る恐る顔を上げる。


そこにあったはずの「グリズリー」は、影も形もない。


ただ巨大なクレーターの中心に、炭化した肉片がこびりついているだけだった。


「……やりすぎたかな」


理花が呟いた、その時。


向かい側の瓦礫が崩れ、カナが姿を現した。

彼女もまた煤だらけで、自慢のショートカットが爆風で逆立っている。


カナはサングラス(レンズが割れている)を投げ捨て、呆れたように口笛を吹いた。


「よう、お嬢ちゃん。生きてるか?」


理花は痛む脇腹を押さえながら、不敵な笑みを返そうとしたが、頬が引きつっただけだった。


「……あんた、誰?」


「九条カナ。ただの掃除屋だ」


カナはライフルの銃口を下げ、懐から端末を取り出して理花の顔と照合した。


「……だが、今日の仕事はゴミ掃除だけじゃない。『落とし物』の回収だ」


「落とし物?」


「ああ。八年前にドブの中に落っことした、世界で一番高価な宝石ダイヤさ」


カナは理花に手を差し伸べず、淡々と告げた。


「豊色理花だな? うちの『ボス』がお待ちかねだ」


理花の脳内で、錆びついていた記憶の回路が繋がった。


九条という姓。

そして「ボス」という言葉。


父・匠が死んだあの夜、父の親友たちが交わした密約。

生き残った者たちが地下に潜ったという噂。


「……ボスって、まさか……相原さん?」


「ご名答。親父さんの旧友は、あんたをずっと探してたんだぜ」


理花は目を見開いた。


八年間、孤独だと思っていた。

世界中が敵だと思っていた。


だが――父の意志を継ぐ者たちが、私を探してくれていたのか。


「ま、待て! 待ってくれ!」


瓦礫の陰から浅川が這い出してきた。

高級スーツはボロボロで、失禁の跡が地図を描いている。


「その子は私のだ! アサカワ製薬の正当な所有物だ! 連れて行くなら警察を呼ぶぞ!」


「何で生きているの……」


理花は本気で呆れた。


「ゴキブリ並みの生命力ね」


カナは浅川をゴミを見るような目で見下ろし、製薬会社のロゴが入った壁に銃口を向けた。


「警察? 呼べよ。だがその前に、ここが更地になるのが先だけどな」


カナが指差す先。

天井の支柱が、熱で飴のように曲がり始めていた。


完全崩落まで、あと数分――いや、数秒。


カナは理花に向き直った。

その目は、甘えを許さない戦士の目だった。


「選べ、天才ブレイン。ここに残って、また新しい首輪をつけられて飼い殺されるか」


一拍。


「それとも、俺たちと一緒に来て、この糞みたいにふざけた世界に喧嘩を売るか」


理花は計算ロジックした。


確率は計算不要。

ここに未来はない。あるのは「搾取」だけだ。


目の前の少女が差し出しているのは救いの手ではない。

「共犯者」への招待状だ。


そしてそれは、理花が八年間待ち望んでいたものだった。


「……計算するまでもないわ」


理花は自分の力で立ち上がり、口元の血を拭った。


「連れて行って。ただし、私の時給は高いわよ」


カナはニヤリと笑い、初めて満足そうに頷いた。


「さすがに賢い。いい選択だ。……さあ、ずらかるぞ! ケツに火がついた!」


カナが差し出した手を、理花は強く握り返した。


火薬とオイル。

そして――熱い血の通った手。


二人の少女は浅川の喚き声を置き去りにし、爆破されたゲートの向こうへ――

**「外の世界」**へと駆け出した。


背後で、アサカワ製薬第3研究所が轟音と共に陥没し、崩れ落ちる。


八年間の孤独な計算が終わり、物語は加速する。


物理の少女と、戦場の少女。

二つの運命が交錯し、アポカリプスへのカウントダウンが始まった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第1章は、

**「天才少女、研究室で熊と殴り合う」**回でした。

いやもう、これ絶対、進路指導で止められるタイプの人生です。


そして登場、九条カナ。

**「招待状はないが手土産(鉛玉)ならある」**とか言いながら入ってくる女、

現実世界にいたら通報案件なんですが、味方です。たぶん。


理花も理花で、

R-5(リカ・ファイブ)=私の怒りの質量

って何それカッコよすぎるでしょ……

中二病の神様、ここにおられました。


次回からは「外の世界」編です。

理花がついに檻から出ます。

……ただし、檻の外は檻より治安が悪いです。地獄か。


ではまた次話で!


(感想・評価いただけると、作者が追加で熊を出します)

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