「物理の少女と、戦場の少女」
歪んだメインゲートの中央が、外側から爆発したように吹き飛んだ。
粉塵が舞う。
鉄塊が飛ぶ。
煙の向こうに立っていたのは――
一人の少女だった。
金髪のショートカット。
小柄な体には不釣り合いな、無骨なアサルトライフル。
まるでピクニックに来たみたいな軽装で、彼女は地獄絵図の研究室に踏み込んできた。
レジスタンスの少女。
九条カナだ。
カナはサングラスを指で押し上げ、惨状を見渡して口笛を吹いた。
「へぇ、楽しそうなパーティーじゃないか。招待状は持ってないが、手土産(鉛玉)ならあるぜ」
グリズリーは突然現れた侵入者に気を取られた。
「今だ!」
理花は痛む脇腹を押さえ、カナの下まで走り込んで叫んだ。
「あんた、腕はいいの!?」
カナはニヤリと笑い、ライフルの銃口を向ける。
「ハエの眉間を撃ち抜けるくらいにはな」
理花は即座に計算した。
この少女なら――できる。
「あの熊の首! ピンク色のガムを狙って!」
説明はいらない。
カナの動体視力が、暴れ狂うグリズリーの首筋に張り付いた小さな異物を捉える。
「注文を確認。……デザートの時間だ!」
カナの指がトリガーにかかった。
その瞬間。
理花は顔色を変えて叫ぶ。
「伏せなさいッ!! ここは火薬庫の真ん中よ!!」
理花は瓦礫の陰へ、死に物狂いでダイブした。
カナも剣幕に何かを察知し、反射的に身を屈めながらトリガーを引き絞る。
放たれた一発の弾丸は――
暴れる巨獣の動きを先読みし、吸い込まれるようにピンク色の粘土へと着弾した。
直後。
世界が「白」に染まった。
カッ――――!!!!
音はない。
あまりの衝撃に、鼓膜が瞬時に機能を停止したのだ。
爆発という生温かいものではない。
それは「圧殺」だった。
「R-5」が解放した超高密度のエネルギーが、グリズリーの肉体を原子レベルで分解する。
だが、破壊はそこで止まらなかった。
撒き散らされた揮発性の薬品ガスに、
「R-5」の熱波が引火したのだ。
ズドォォォォォォン!!!!
連鎖誘爆。
グリズリーの爆発を皮切りに、研究室の四方八方で赤い蓮華が咲き乱れる。
天井が歪み、コンクリートの床が波打った。
強化ガラスは粉末となって舞い散り、分厚い鉄の隔壁が紙屑のようにひしゃげる。
「生物兵器研究室」は、瞬く間に灼熱のオーブンへと変わった。
やがて、土砂降りの雨みたいな瓦礫の落下音が止み――静寂が戻る。
「……ゲホッ、ガハッ!」
理花は瓦礫の山から這い出した。
白衣はボロボロで、全身が埃まみれだ。
恐る恐る顔を上げる。
そこにあったはずの「グリズリー」は、影も形もない。
ただ巨大なクレーターの中心に、炭化した肉片がこびりついているだけだった。
「……やりすぎたかな」
理花が呟いた、その時。
向かい側の瓦礫が崩れ、カナが姿を現した。
彼女もまた煤だらけで、自慢のショートカットが爆風で逆立っている。
カナはサングラス(レンズが割れている)を投げ捨て、呆れたように口笛を吹いた。
「よう、お嬢ちゃん。生きてるか?」
理花は痛む脇腹を押さえながら、不敵な笑みを返そうとしたが、頬が引きつっただけだった。
「……あんた、誰?」
「九条カナ。ただの掃除屋だ」
カナはライフルの銃口を下げ、懐から端末を取り出して理花の顔と照合した。
「……だが、今日の仕事はゴミ掃除だけじゃない。『落とし物』の回収だ」
「落とし物?」
「ああ。八年前にドブの中に落っことした、世界で一番高価な宝石さ」
カナは理花に手を差し伸べず、淡々と告げた。
「豊色理花だな? うちの『ボス』がお待ちかねだ」
理花の脳内で、錆びついていた記憶の回路が繋がった。
九条という姓。
そして「ボス」という言葉。
父・匠が死んだあの夜、父の親友たちが交わした密約。
生き残った者たちが地下に潜ったという噂。
「……ボスって、まさか……相原さん?」
「ご名答。親父さんの旧友は、あんたをずっと探してたんだぜ」
理花は目を見開いた。
八年間、孤独だと思っていた。
世界中が敵だと思っていた。
だが――父の意志を継ぐ者たちが、私を探してくれていたのか。
「ま、待て! 待ってくれ!」
瓦礫の陰から浅川が這い出してきた。
高級スーツはボロボロで、失禁の跡が地図を描いている。
「その子は私のだ! アサカワ製薬の正当な所有物だ! 連れて行くなら警察を呼ぶぞ!」
「何で生きているの……」
理花は本気で呆れた。
「ゴキブリ並みの生命力ね」
カナは浅川をゴミを見るような目で見下ろし、製薬会社のロゴが入った壁に銃口を向けた。
「警察? 呼べよ。だがその前に、ここが更地になるのが先だけどな」
カナが指差す先。
天井の支柱が、熱で飴のように曲がり始めていた。
完全崩落まで、あと数分――いや、数秒。
カナは理花に向き直った。
その目は、甘えを許さない戦士の目だった。
「選べ、天才。ここに残って、また新しい首輪をつけられて飼い殺されるか」
一拍。
「それとも、俺たちと一緒に来て、この糞みたいにふざけた世界に喧嘩を売るか」
理花は計算した。
確率は計算不要。
ここに未来はない。あるのは「搾取」だけだ。
目の前の少女が差し出しているのは救いの手ではない。
「共犯者」への招待状だ。
そしてそれは、理花が八年間待ち望んでいたものだった。
「……計算するまでもないわ」
理花は自分の力で立ち上がり、口元の血を拭った。
「連れて行って。ただし、私の時給は高いわよ」
カナはニヤリと笑い、初めて満足そうに頷いた。
「さすがに賢い。いい選択だ。……さあ、ずらかるぞ! ケツに火がついた!」
カナが差し出した手を、理花は強く握り返した。
火薬とオイル。
そして――熱い血の通った手。
二人の少女は浅川の喚き声を置き去りにし、爆破されたゲートの向こうへ――
**「外の世界」**へと駆け出した。
背後で、アサカワ製薬第3研究所が轟音と共に陥没し、崩れ落ちる。
八年間の孤独な計算が終わり、物語は加速する。
物理の少女と、戦場の少女。
二つの運命が交錯し、アポカリプスへのカウントダウンが始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第1章は、
**「天才少女、研究室で熊と殴り合う」**回でした。
いやもう、これ絶対、進路指導で止められるタイプの人生です。
そして登場、九条カナ。
**「招待状はないが手土産(鉛玉)ならある」**とか言いながら入ってくる女、
現実世界にいたら通報案件なんですが、味方です。たぶん。
理花も理花で、
R-5(リカ・ファイブ)=私の怒りの質量
って何それカッコよすぎるでしょ……
中二病の神様、ここにおられました。
次回からは「外の世界」編です。
理花がついに檻から出ます。
……ただし、檻の外は檻より治安が悪いです。地獄か。
ではまた次話で!
(感想・評価いただけると、作者が追加で熊を出します)




