「R-5(リカ・ファイブ)」
だが次の瞬間、その迷いを計算で切り捨てる。
ここに留まれば、いずれ別の形で殺される。
ならば──自分の意思で選ぶ。
理花はその塊を、白衣のポケットの中で確かめた。
R-5(リカ・ファイブ)。
それは製品名ではない。
コードネームでもない。
これは――
私の怒りの質量だ。
(……内側から、あるいは急所に直接貼り付けて、遠隔で爆破するしかない)
理花は覚悟を決め、浅川を蹴り飛ばした。
「どいて! 邪魔よ!」
「な、何をする気だ! 死ぬぞ!」
「ここにいても、死ぬぞ!」
理花は白衣を翻し、グリズリーに向かって走り出した。
自殺行為?
……いいえ。
理花の脳内で、アドレナリンと共に奇妙な感覚が沸き上がる。
視界がクリアになり、時間の流れが泥のように遅くなる。
(……来た。この感覚)
初めてじゃない。
けれど、いつも説明の外側で起きる。
何かが「見える」前に、身体が反応してしまう。
計算より先に、答えが出る。
理花はその正体に名前を与えないまま、前へ踏み込んだ。
2
グリズリーが理花に気づき、丸太のような剛腕を振り下ろす。
風圧だけで骨がきしみそうだ。
通常の人間なら、反応すらできずに肉塊になっていただろう。
だが、理花の世界では。
それは──
「止まって」見えた。
――右腕の筋肉収縮を確認。
――攻撃ベクトル:上方三〇度 → 垂直落下。
――回避ルート:左前方へ一・五メートル。
思考と同時に肉体が弾けた。
理花は地面を蹴った。
十四歳の少女の脚力ではない。
コンクリートの床にひびが入るほどの踏み込み。
「……ッ!」
黒い突風と化した理花は、振り下ろされた剛腕を紙一重でかわし、懐へと潜り込む。
獣の臭い。死の臭い。
グリズリーが驚愕に目を見開き、追撃の爪を振るう。
速い。
だが、理花の計算はさらに先を行く。
「遅いよプーさん。図体ばかりの欠陥品め」
理花は崩れてきた瓦礫の山を駆け上がった。
垂直に近い壁面を、重力を無視したかのような身軽さで三角飛び(ウォールラン)する。
運動エネルギーを位置エネルギーへ変換。
理花の体は放物線を描き、グリズリーの頭上高くへと躍り出た。
「喰らいなさい! 特製のデザートよ!」
落下速度に合わせて身体を捻る。
理花はグリズリーの背後に着地すると同時に、太い首筋へと抱きついた。
剛毛を掴む。
そして。
ピンク色の粘土――**「R-5」**を、
渾身の力で皮膚の裂け目、頸動脈の近くへとねじ込む。
「グオオッ!?」
グリズリーが異物に気づき、首を振って暴れる。
理花は振り落とされそうになりながらも、粘土を固定した。
だが、そこまでだった。
「がッ……!」
グリズリーの裏拳が理花を捉えた。
直撃は避けた。
だが、衝撃波だけで吹き飛ばされる。
理花はボールのように弾き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
「かはっ……!」
肺の中の空気が強制排出される。
肋骨が一、二本イカれたかもしれない。
口の中に鉄の味が広がる。
(くそッ……身体強化が切れたか……)
霞む視界の中で見えた。
「R-5」を首につけたまま、グリズリーが怒り狂ってこちらへ歩み寄ってくる。
起爆スイッチは今の衝撃で壊れてしまった。
そもそも押す暇がない。
距離が近すぎる。
今ここで爆破すれば、私も爆風で死ぬ。
かといって離れれば、奴はあの驚異的な代謝で異物を払い落としてしまうだろう。
「……詰んだ、か」
死神が鎌を振り上げた、その瞬間。
ズガガガガガガッ!!




