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アポカリプス・ロジック ――物理の少女と、朱色の獣――  作者: 仁平 浩次
第1章:邂逅編(空白の8年と、秘密の粘土)
3/9

「白衣の中の爆弾」

「……分かったわ。話はそれだけ?」


理花は壁の〈火気厳禁〉プレートを睨む。


「その葉巻、消して。ここは火薬庫と同じなのよ」


浅川は気圧され、慌てて足を下ろして葉巻を揉み消した。


「……そういえば、例の“特殊部隊”の話は聞いたか?」


浅川は忌々しそうに吐き捨てる。


「詩島博士が作り上げた、特別な身体能力を持つ少女たちの部隊だ」


(身体能力ね)


その言葉だけが、なぜか耳に残った。

次の瞬間、理花の内側で何かが軋んだ。


怒りでも、恐怖でもない。

もっと根の深い、名前を持たない反応。


理花は知っていた。

この感覚が、父のものだけではないことを。


外の世界では、特殊部隊と反政府レジスタンスが衝突し、力だけが秩序を決めている。


だが、理花は檻の中にいる。


「私は、ここで指をくわえて見ているつもりはないわ」


内なる感情を浅川に悟られないように言う。


「納期は守る。……あんたが私の邪魔をしない限りはね」


そのときだった。


ビイイイイイイッ――!


不協和音のような警報が鳴り響き、研究室の照明が赤く染まる。

モニターに〈物理防壁・崩壊〉の文字が踊った。


「……チッ。私の計算式に、“他人の無能さ”という変数を入れる必要があったみたいね」


理花が舌打ちするより早く。


強化ガラスの向こうで、“それ”が動いた。


体長三メートル。


新物理法則によって筋繊維密度を鋼鉄並みに高められた、強化グリズリー。

設定ミスによるエネルギー暴走。凶暴な覚醒。


グオオオオオオオッ!!


バシャァァァン!!


強化ガラスが飴細工のように砕け散った。


こいつは今までのエラーとは物が違う。

スラムにポイ捨てできるレベルではない。


解き放たれた一トンの暴力。


逃げ遅れた研究員が、一撃で壁のシミへと変わる。


「うわあああ!」


逃げ惑う所員たち。

グリズリーが腕を振るたび、薬品の入った瓶が割れていく。


研究所中がツンとする異臭で充満した。


「……最悪ね」


理花は背筋が凍った。


揮発性のエーテル。

ニトロ化合物。


地下に作られた閉鎖空間。

そして回っているのかどうかも分からない換気扇。


この研究所はすでに巨大な爆弾と化している。


「た、助けてくれぇ理花ちゃん!」


浅川が腰を抜かし、理花の足元にすがりつく。


理花は浅川を見据えて言った。


「あんたの煙草の煙が、この事態を引き起こしたのよ」


もちろん皮肉だが、あながち間違いでもない。

こいつの撒いた種だ。


理花は瞬時に演算ロジックを走らせる。


逃げ道はない。

ハンドガンも使えない。


残された手札は、一つだけだった。


白衣のポケットの中。


指先に触れる、粘土のような感触。

軽い。小さい。


だが、致命的に危険な塊。


ほんの豆粒ほどの量でも、誤ればここ一帯を吹き飛ばす。

この地下研究室ごと、自分もろともだ。


理花は一瞬だけ躊躇した。


――使えば、もう戻れない。


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