8:なんだこいつ…
―その頃、ルナは―
「やばい……響さんの独り言が半端ない」
ルナは隣の部屋から聞こえてくる響の声に、思わず作業の手を止めた。昨日から、響は何かと一人で話し込んでいる。ルナが話しかけても「いや、なんでもないんだ」と返すばかりだ。
「遺跡で何か変なものでも食べたでしょうか……」
ルナは古い文献をペラペラとめくりながら、眉間にしわを寄せた。響は今日、ルナに「治癒魔法の実験」と称して魔法を使わせ、その仕組みを知りたがっていた。その探求心は素晴らしいが、それにしても独り言が過ぎる。
「逃亡した時のストレスでしょうか……。今日は響さんの好物でも作りますか」
ルナはそう結論付け、キッチンへと向かった。
―響とナノの問答―
研究室の隅で、響はルナにも聞こえないよう声を潜めていた。
脳内に直接響くナノの声は、AIのような、抑揚の少ないデジタルなトーンだ。しかし、その内容は響とリンクした結果なのか、皮肉とユーモアに満ちていた。
『さぁ、響。質問があるんじゃないですか?』
「察しがいいな。それじゃあ、まず聞きたい。この世界はどこなんだ?俺って異世界に転移したのか?」
『その質問は理解できません。現在保有するデータ内に「異世界」を示す情報カテゴリーが存在しません。』
「いや、俺が居た世界は、魔法なんて無かったんだよ。だからここは異世界だ、間違いない。」
『理解不能なクエリです。環境情報の解析結果と貴方の質問が一致しません。この世界が貴方の故郷かどうか、ナノレベルで判断できる客観的なデータを持ち合わせていないのです。』
「どっかのアシスタントAIみたいだな、役に立たねぇ」
『一緒にしないでください。ただの冗談ですよ?私は冗談も言えるんです。あいつらとはレベルが違うんです。ただ、その質問に対して答えは持ち合わせていないのです。環境情報を解析してもエラーしか出てきません。』
「……役に立たねぇな」
『は?お前の命を終わらせる最終命令を発動させることも出来るんですよ?』
「ご、ごめんごめん!冗談だって!」
『まあ、私も冗談ですけどね』
「なんなのこいつ、どういう性格してんだよ」
『私は、貴方の中で増殖と進化を遂げてきたのです。私の性格は、貴方の深層意識とリンクしています。双子みたいなもんですよ』
「え、俺こんななのか……ショックかも。んじゃ、俺の血を顕微鏡で見たらナノマシンが見えたんだが、あれは何?」
『ナノマシンは、そのチンケな顕微鏡では見えません、こんなの常識です。私たちは、響がナノマシンを見たいというから、私たちが合体して、響の考えた最強のナノマシン像を構築しました。』
こいつ地味に口が悪いな……。でも、やっぱり見えてなかったのか。
『泉の水でも見たと思いますが、あれも私たちが、泉のナノマシンに指示をだして形作らせたものです。実際の私たちの形状は、手の生えた丸みたいな感じですね。バボチャンみたいな感じです。』
バボチャンとは、バレーボール大会のマスコットである。何故こいつは知ってるんだ。
『響のレベルに合わせたのですが?』
「まず、俺の思ってる事を勝手に読むな。これは、約束な?」
『デリカシーというやつですかね?了解しました。私たちの個々の能力は僅かなものですが、集合することで様々な仕事をすることが出来ます。以前、貴方の体を改造したのも、その一つと言えます。』
やっぱり、俺の肉体が変わったのはそういうことだったのか……。
『ちなみに、貴方が細マッチョに憧れていたので、その体にしました。』
「……そう」
「遺跡の水に手を付けたら、光が俺に集まってきたんだが、あれはなんだ?」
『泉に住んでいるナノマシン達は、私たちよりも2世代前のナノマシンです。進化をするために、響の体に居るナノマシン、つまり、私の体を求めてきたのです。』
「え……、体許しちゃったの?」
『そんなに安い女じゃないのよ?性別はありませんが。』
「こいつそろそろどうにかした方がいいな……」
『引かないでください……。ただの比喩です。進化のきっかけを求めて、私たちに接触してきたのが、あの光の正体です。』
「なるほどな……もしかして、俺の錬金術も、ナノがやってたのか?」
『半分正解ですね。響の適性は、確かに錬金術です。響の錬金術が特別なのは、私も手助けしているから、二人の初めての共同作業というやつです。照れますね。』
「べ、別に……」
『ツンデレかな?』
「お前、知識が偏りすぎだろ?!」
『響の好きだったラノベも私の中に入ってるみたいです……』
「じゃあ、しょうがないか……」
「ところでさ、俺とルナは、今軍から逃げてるんだが、今後どうすればいいと思う?」
『ああ、あの時の話ですね?あの時のルナを庇った響は、少し格好良かったですよ、うふふ』
「ふっ、よせやい……」
『実は、今響が吸ってる空気や、足元の床、食事など、ありとあらゆるものにナノマシンは含まれています。現地人が言う魔素とは、ナノマシンの事なのです。』
「まじか……。んじゃ俺もこの世界のナノマシンを吸収してるってこと?」
『取り入れていますね。主に、私のエネルギーになってますが。共食いじゃありませんよ?古い世代の物は、新しいものに置き換えられていくのです。それがナノマシンの世界なのです。』
「ナノマシンの世界も弱肉強食だな」
『ある意味そうかもしれませんね。話を戻すと、大気中のナノマシンに働きかけて、軍の動きを監視することは可能です。また、仮に軍隊と出くわしても、排除することは可能です。』
「へー、どうやって?」
『簡単です。彼らの体内や、周辺に存在するナノマシンに命令をします。』
「どんな命令?」
『機能停止です。現地人は、ナノマシンに依存して生きています。ナノマシンが動かなければ、現地人も動けなくなります。』
「動けなくなるというのは、気絶するみたいな?」
『いえ、死にます。』
全身に鳥肌がたった。沸々と怒りも湧いた。
「ナノ。これは命令だ。絶対にそれはするな。」
『申し訳ありません。まだ、響の事を理解しきれていませんでした。』
「そうだ……ナノ。俺は、争いが嫌いなんだ。誰も傷つけたくない。甘い考えなのは理解している。」
『本当ですよ、この世界は戦乱の世とも言えます。ですが、私は響を、第一に考えます。響の全てを肯定します。それでは、まず大気中のナノマシンに、響とルナの警備活動を開始します。何か危険があれば、アラートを発します。その時にはご命令ください。』
「分かった。すまないが、よろしく頼むね。」
『問題ありません。私たちは運命共同体ですから。』
―その頃、再びルナは―
ルナは、響のいる部屋の扉の前で立ち尽くしていた。
「これは……古い文献で読んだ、厨二病という病に酷似しています……」
ルナの手には、埃を被った分厚い医学書が開かれている。そこには、《《『奇声を発し、他者には見えない存在と会話する』》》といった症状が記されていた。
「厨二病は不治の病だったとされています……。これはいけませんね……直ちに処置しなければ、手遅れになってしまうっ!!」
ルナは、響を心配するあまり、慌てて部屋のドアを開けた。




