最終話:始まりの号砲
シーブルック村の上空に、轟音が響き渡った。
村人たちが何事かと空を見上げると、そこには純白の翼を持つ巨大な鉄の鳥――ノワール・ファントムが旋回していた。
「て、敵襲か!?」
機体が浜辺に着陸し、ハッチが開く。
そこから降りてきたのは、妙に派手な黒い鎧を着た男と、巨大なシベリアンハスキーだった。
「よお、みんな。ただいま。」
俺が手を振ると、村人たちは一瞬の沈黙の後、爆発するような歓声を上げた。
オットーが人混みをかき分けて歩み寄ってくる。俺がアトラスの背中を借りて、足を引きずりながら歩いているのを見て、一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐにいつもの豪快な笑みを浮かべた。
「おかえり、ジン。随分と派手な凱旋だな。」
「ああ。急ぎの用でな。」
「そうか。まぁ随分おそい帰宅だったしな。ほら待ち人はあそこだ。」
オットーが顎で示した先――浜辺の向こう、かつて俺が打ち上げられていた場所に、一人の少女が立っていた。
◆◆◆
俺はアトラスの背中を降りた。
「ここからは一人で行く。」
『了解ですワン!頑張ってください、ジン様。』
俺は杖をつき、一歩一歩、砂浜を踏みしめて歩き出した。
波の音がする。あの時と同じ、潮の香り。コノミは、俺の姿を見て立ち尽くしていた。
派手な鎧。そして、以前のように軽やかには動かない、引きずられた足。
「……ただいま。ちょっと遅くなった。」
俺は格好つけて笑おうとした。だが、砂に足を取られ、無様にバランスを崩した。
「っと……!」
ドサリと砂の上に倒れ込む。駆け寄ろうとするアトラスを手で制した。
自分で、行かなきゃダメなんだ。俺は腕の力だけで身体を引きずり、コノミの方へ這っていった。
惨めだ。格好悪い。皇帝の威厳なんて欠片もない。
でも、これが今の俺だ。再び、よろよろと立ち上がり、コノミに微笑み、声をかえた。
「ただいま。ゴメン、返るのが遅くなって…」
コノミの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「……大馬鹿野郎!!」
コノミが俺の胸に飛び込んできた。その勢いで、俺は仰向けに倒れる。
「すまん…お前に格好悪い姿を見せるのが恥ずかしくてな…」
「馬鹿!あんたとの思い出で、格好良かった事なんて、数えるくらいしかないじゃない!
あんたが生きてるなら、それで良かった。あんたの口から、無事を伝えて欲しかった!!
足なんて私が代わりになってやるわよ!一生、私におんぶされてなさいよ!」
「はは……そいつは頼もしいな。」
俺はコノミの背中に腕を回し、強く抱きしめた。
温かい。この温もりが欲しかったんだ。
「コノミ。俺と一緒に、帝都に来てくれないか。俺には、お前が必要だ。」
「当たり前でしょ。あんたを一人にしたら、また無茶して怪我するに決まってるもん。私が一生、監視してあげる。」
コノミは泣き笑いのような顔で、俺の頬を抓った。
痛いけど、最高に幸せだった。
◆◆◆
――それから、数年の月日が流れた。
アイゼン帝国の帝都、その中心に建設された超巨大スタジアムは、割れんばかりの大歓声に包まれていた。
今日は記念すべき日だ。
アイゼン、ヴィンデミア、マニエラ、三国合同による平和の祭典。
「第一回 アイゼングラード・オリンピック」の開催日である。
「これより、男子100メートル走、決勝を行う!」
アナウンスが響き渡る。
観客席の貴賓室には、響とルナ、そして恰幅の良くなったオットーの姿がある。その隣には、少しお腹の大きくなった、皇后コノミが祈るように手を組んでいた。そして、コノミ守るように、アトラスが子犬の姿で見守っていた。
トラックのスタートラインに、8人の選手が並ぶ。かつて敵として戦ったモヒカン兵士もいれば、ヴィンデミアの騎士もいる。魔法は一切禁止。純粋な肉体のみで競い合う、神聖な場所だ。
そして、その中央のレーンに、俺は立っていた。俺の足は、コノミの協力もあり、以前の通り…とはいかなかったが、回復していた。
『位置について……』
スターターを務める大天使イリスの声が響く。
俺は深く息を吸い込み、スターティングブロックに足をかけた。
トラックの感触。張り詰めた空気。心臓の鼓動。
懐かしい。でも、あの頃とは違う。
かつて俺は、金メダルという孤独なゴールを目指して走っていた。
誰よりも速く。誰よりも前へ。
でも今は違う。
ゴールの先には、愛する家族と、最高の仲間たちが待っている。
俺を見ていてくれる人がいる。
『よーい……』
俺は前を見据えた。
広がる青空。歓声の渦。
この素晴らしい世界を、俺はこれからも走り続ける。
パーンッ!!
乾いた号砲と共に、俺は地面を蹴った。
風になる。光になる。
さあ、行こう。
これが、俺たちの新しい時代の、始まりの合図だ。
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最後まで読んで頂けた方、ありがとうございました。
書きたかったこと、予定していた物の半分位しか書けなかった気がします。まぁ、単純に能力不足な訳ですが…。
それでも、一本書いてみて、分かったこともあり、大変勉強になりました。
また、書きたいと思いますので、その際には、是非読んでやってください。




