1:生死の境
ここは帝都アイゼングラードから遠く離れた、ヴィンデミア王国辺境の地下基地。
巨大なメインモニターには、ノイズにまみれたライブ映像が映し出されていた。画面の主役は、黒鉄神威の鎧を纏い、黄金の皇帝と対峙するジンだ。
「ナノ、メイ!まだか!?早くサーバーの支配権を奪って、ジンの鎧の防御を安定させろ!」
響は苛立ちを隠せず、声を荒げた。モニターの中のジンは、皇帝の一撃で壁に叩きつけられ、血を吐いている。
『無理です、敵のファイアウォールは、予想を遥かに超える旧時代最高の強度です!』
【私とナノが持つ量子演算能力を全投入していますが、突破にあと数時間はかかります!】
メイとナノの声も、焦りで震えていた。ジンが刻一刻と、物理的なダメージで追い込まれていくのが分かる。
響は椅子から立ち上がり、思わず制御卓を叩いた。
「クソッ!俺が直接行く!現地で物理的に接続ポートを開ける方が早い!」
「行かないで、響さん!」
ルナが響の背中にしがみついた。彼女の、その青い瞳に涙が滲んでいる。
「お願いです。行かないでください!今、響さんまで危険に晒されたら、誰が私たちを…」
「馬鹿を言え!ジンを見捨てろとでも言うのか?!」
響はルナを押しのけようとするが、ルナの必死な訴えに手が止まる。
モニターの中で、ジンは再び立ち上がったが、その動きは鈍い。皇帝が、最後のとどめを刺そうと大剣を振り上げる。
「な、何とかしろ!ナノ!メイ!お前たちは万能の力を持っているだろ!?何とか、何とかしろよ!!」
響は膝をついた。無力感に襲われ、自分の額を制御卓に叩きつける。
―神だと?ふざけるな。俺は何もできない。遠い場所から、同郷の友人が死にゆく姿を眺めることしかできない、無力な傍観者だ。
「俺の、俺の力じゃ……っ」
響の目から、大粒の涙が流れ落ちた。それは、この世界に来て初めて流した、絶望の涙だった。
その瞬間、モニターの中のジンが、覚悟を決めたような表情を浮かべた。彼は震える手で刀を構え、天を仰ぐ。
ジンは咆哮し、再び皇帝切りかかっていく。
その叫びは、響の胸を貫き、絶望の淵にいた彼の魂を鼓舞した。
「……ジン、お前は、なぜそこまで頑張れるんだ…!」
響は涙を拭い、再び立ち上がった。
「ナノ、メイ!ノワール・ファントムを用意しろ!」
『響様!?』
「いいからやれ!ハッキングはもう間に合わない!ジンの命を繋ぐには、俺が現地に行く方が可能性はある!」
ルナが再び、響の胸に顔を埋めた。
「私も行きます。お願いです、一時も離れたくない。もしまた響さまが…」
響はルナの柔らかい髪を優しく撫でた。
「ルナ……聞いてくれ。俺は弱い。この身一つで誰かを守ることなんてできない。だから、ルナには安全なこの場所で、俺の帰りを待っていてほしいんだ。」
響はそっとルナの唇にキスをした
。
「行ってくる。必ず、ジンを連れて帰る。」
「……はい。ご無事を。必ず、必ず帰ってきてください」
ルナは、最後にぎゅっと響を抱きしめ、覚悟を決めてその背中を見送った。
◆◆◆
ノワール・ファントムのコクピットに乗り込んだ響は、シートベルトを締めた。
「ナノ!メイ!ハッキングは完全に中止!残りの全エネルギーを、ノワール・ファントムの推進力に注ぎ込め!加速させろ!」
『りょ、了解しました!』
【メインサーバー直結!限界突破、行きます!】
機体が、轟音を上げて加速する。
飛行中、片時もジンの命を削る戦いから目が離せない。その時、メインモニターに映っていたアイゼンタワーが、垂直に真っ二つに割れる光景が飛び込んできた。
皇帝は絶命し、帝都のナノマシンを支配していたメインサーバーが爆発炎上する。
「な……馬鹿な、アイゼンタワーごと……あいつ、なんて奴だ!」
驚愕と安堵が入り混じる響。だが、すぐに頭を切り替えた。
「ナノ!緊急指令だ!メインサーバー破壊でナノマシンは支配者を失っている。今がチャンスだ!」
【流石、お父様…アイゼン帝国のナノマシンネットワークが、パニック状態に陥っています。】
「全権限を掌握しろ!全てのナノマシンネットワークを俺たちの勢力下に納めろ!これは最優先事項だ!」
【了解。全ナノマシンシステム、支配権奪取開始。】
メイの宣言と共に、帝都のナノマシンネットワークは、響の管理下へと瞬時に移行した。
「ナノ、ジンの生体信号を!至急、彼の命を繋げ!」
『ジンの心臓は停止状態に近いです!ナノマシン損傷率85%!足の機能は、完全に…。
アトラスが、崩壊するタワーからジンさんを守り下敷きになっています!』
状況は絶望的だ。
「メイ!アイゼン帝国のナノマシン全権限を使って、ジンの鎧の能力を緊急回復させろ!そして、アトラスにエネルギーを供給しろ!崩壊からジンを救出しろと指令を出せ!」
【了解。アイゼン帝国ナノマシン起動、生命維持機能復旧、アトラスへの緊急エネルギー供給開始!】
帝都の上空を音速で突き進むノワール・ファントムの中、響は祈るようにモニターを見つめた。
◆◆◆
俺は、己の全てを燃やし、アイゼンタワーの崩壊に飲み込まれたと思っていた。
だが、唐突に全身に激痛が走り、俺は意識を引き戻された。全身の筋肉が焼けるような痛みだ。
「ぐあッ!」
俺は思わず目を開けた。
目の前には、炎上し、垂直に割れたアイゼンタワーの残骸が、今にも崩れ落ちようとしていた。
俺は生きている。身体の痛みが、それを証明している。
「ジン様!」
アトラスが、瓦礫の中から俺の身体を引きずっていた。
アトラスの身体は、先ほどまでの疲弊した状態とは違い、青い光を放ち、力に満ちている。
「アトラス……お前、どうして……」
「わかりません!突然、身体にエネルギーが流れ込んできて!瓦礫を跳ね飛ばす力が湧きました!」
俺の鎧の表面も、僅かに亀裂が修復されていた。誰かが、助けの手を差し伸べた。
「急いで!ここも崩れます!」
アトラスは俺を背中に乗せ、信じられない跳躍力で崩落するタワーから脱出した。
外の空気に触れ、ようやく安堵の息を漏らす。俺は生きていた。そして、アトラスも無事だ。
死んだと思った、だが何故か俺は生きていた。そして、誰が俺たちを救った?
答えは直ぐに出た、響だ。よく分からんが、あの状況で、俺たちを助けられるのは、響だけだ。
安堵感から、急激に眠気が襲ってくる…
「アトラス…また、お前に会えて良かった。」
「僕も、またジン様を背中に乗せることができて嬉しいよ!」
「少し、お前の背中を貸してくれ、凄く眠いんだ…」
体の回復力が高まっているのか、痛みが徐々に引いてきている。しかし、足はピクリとも動かない。
「今、神様がここに向かってきています。安心して休んでください。」
暖かいアトラスの背中…とても気持ちがいいな…。俺は意識が遠のくのを感じた。




