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コールドスリープから目覚めたら、剣と魔法が「未来の常識」でした  作者: たくみさん
第五章 アイゼン帝国

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11:対価と幸福

 最後の戦いが、始まった。


 だが、それは戦いと呼べるものではなく。一方的な蹂躙だった。

「どうした、異界の騎士よ。その程度か!」

 皇帝ゲルハルトが振るう黄金の大剣が、俺の防御ごと吹き飛ばす。


 刀で受け止めるのが精一杯だ。衝撃が骨をきしませ、内臓を揺らす。刀も軋んでいる。


「くっ……アトラス!雷撃だ!」

「ダメですワン!バリアに弾かれます!」


 メインサーバーから無限に供給されるエネルギー障壁は、俺たちの攻撃を無効化し、逆に数倍の威力でカウンターを放ってくる。

 俺は床を転がり、血を吐き出した。


神焔開放しんえんかいほう!」

 俺は奥の手を使う。全身の筋肉繊維を強制的に焼き切るほどの負荷をかけ、身体能力を跳ね上げる。

 視界が赤く染まるほどの加速。背後へ回り込み、皇帝の首を狙う。

 だが――


「遅い。」

 裏拳一発。


 たったそれだけで、俺は砲弾のように吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。


「がはっ……はっ……」

 鎧の隙間から血が溢れる。指一本動かすのも億劫だ。いや、その指の骨すら粉々なのではないかと思うほど、言うことをきかない。

 力の差がありすぎる。これが、皇帝の力か…。


 やつがゆっくりと近づいてくる。死神の足音だ。


 …勝てない。俺が死んだら誰がこの敵を倒せると言うんだ…

 薄れゆく意識の中で、ふと、オットーとの会話が蘇った。



◆◆◆


 夕暮れのシーブルック村。稽古の休憩中、オットーが神妙な顔で言った。

「いいかジン。神焔開放の上には、もう一段階、奥義がある」


「マジで!?教えてくれよオットーさん!」

「……教えん。いや、教えたくない」

「えー、ケチ」

「ケチではない。これは事故犠牲の技だ。自分の身体の一部、あるいは機能…自分にとって最も大切だと思うものを贄として捧げることで、一瞬だけ神焔開放の数十倍の出力を絞り出す」


「大切なもの…?」

「そうだ。命そのものではないが、お前がお前であるための根幹だ。それを失う覚悟があるか?…いや、使うな。お前はまだ若い。未来がある。何かを犠牲にして得る勝利になど、価値はないんだ」


◆◆◆


 …オットー、あんたはそう言ったけどさ。

 今、ここで負けたら、俺の未来も、あんたの未来もなくなっちまうんだよ。


 俺は、自分の足を見た。

 幼い頃から、来る日も来る日も走り続け、鍛え抜いてきた足。

 オリンピックの金メダルを夢見て、全てを捧げてきた、俺の誇り。俺の翼。

 この足があったから、俺は俺でいられた。

 これを失ったら、俺はまた……あのベッドの上の、無力な塊に戻るのか?


(……怖いか?)

 自問する。

 いや、怖くない。不思議と、心は澄んでいた。


 オリンピックを目指していた頃の俺は、自分のことしか考えていなかった。速く走ること、勝つこと、それだけが全てだった。孤独だった。


 でも今は違う。この世界に来て、俺は知った。


 飯の美味さを共感できる家族のようなオットー。

 自分より弱いくせに、いつも俺の心配ばかりしてくれるコノミ。

 出会って間もないのに、ボロボロになりながら俺の盾になってくれているアトラス。

 そして、俺を信じて送り出してくれた村のみんな。

 あいつらを守れるなら……安いもんだろ。


「ご、ご主人様…?」

 アトラスが、俺の決意を感じ取ったのか、震える声で呼んだ。


「アトラス……少しだけ、時間を稼いでくれ。」


「……はい!命に代えても!」

 アトラスが皇帝に向かって飛び掛かる。


 その隙に、俺は刀を構え、深く息を吸い込んだ。


 持って行け。俺の足だ。片足じゃ足りないなら、両足ともくれてやる!!


 意識の中で、自分の中にある「走る機能」への執着を、魔力という薪にくべて点火する。


 爆発的な熱量が、へその下から湧き上がった。


神焔天賦しんえんてんぷ……発動!!」

 ドクン!!

 心臓が破裂しそうなほどの拍動。

 世界の色が変わる。皇帝の動きが、舞い散る粉塵が、完全に静止して見える。


 足の感覚が消え失せ、代わりに膨大なエネルギーとなって全身を駆け巡り、刀へと収束していく。

 俺は、消えゆく足のバネを最期まで使い切り、地面を蹴った。

 もはや「速い」という次元ではない。空間を削り取って転移したかのように、皇帝の目の前へ。


「なっ――!?」

 皇帝が反応し、剣を上げようとする。

 遅い。止まって見える。

 俺は、上段に構えた刀を、ただ真っ直ぐに振り下ろした。

 小細工はいらない。これは、俺の人生そのものを乗せた一撃だ。


天衝一閃てんしょういっせんッ!!!」

 ただの縦切りだ。だが、俺の青春、俺の血や汗、涙を共にした、俺の足を犠牲にした最後の縦切りだ。


 音はなかった。

 ただ、世界を分かつような光の線が、垂直に走っただけだ。

 皇帝の黄金の装甲も、構えた大剣も、その背後にある玉座も、そして不気味に脈打つメインサーバーも。

 さらに言えば、この巨大なアイゼンタワーそのものも。

 すべてが、一瞬にして両断された。


 一瞬の静寂の後…


 ズズズ…と、タワー全体が左右にずれ始め、皇帝の身体が崩れ落ちた。

 メインサーバーが火花を散らし、爆発四散する。帝都を覆っていた重苦しい気配が、霧散していく。


「……終わった、か。」

 俺の体は、空中に投げ出されていた。

 着地の衝撃を受け止めるはずの足は、もう動かない。

 俺は無様に地面に転がり、仰向けになった。


「ご、ご主人様!ジン様!」

 アトラスが駆け寄ってきて、俺の顔を舐める。


「はは……汚ねぇよ、アトラス。」

 空を見上げる。


 天井が割れ、そこから灰色の空が見えていた。雲の切れ間から、久しぶりに太陽の光が差し込んでくる。

 足の感覚は、完全にない。


 ピクリとも動かない。


 コールドスリープする前、事故にあって絶望の淵にいた頃と、まったく同じ感覚だ。


 あの頃の俺は、走れない自分に価値はないと思っていた。毎日が暗闇で、絶望しかなかった。


 でも、今はどうだ。身体は動かないのに、心はこんなにも温かい。満ち足りた幸福感が、胸いっぱいに広がっている。


「守れたんだな…、アトラス、俺を置いて逃げろ…今なら間に合う…」


「ご主人様、僕は最後までご主人様の相棒です。」

「ふふ、語尾のワンを忘れているぞ?」


「てへへ、いちいちワンを付けるの正直面倒だったんですよ?」

「だよな、ふっふふ…ふふふっ」

 笑う度に、強烈な痛みが走る…だが、アトラスと見つめ合っていると、痛みが和らぐ気がする。心なしかアトラスも笑っている気がした。


「アトラス…お前は俺の親友だ。ご主人様じゃなくて、名前で呼んでくれよ。」


「あ、ありがとうございます!ジン様!最後まで、共に戦えて光栄でした。」

「お前と一緒にいれて、幸せだったし、楽しかったよ。」

 アトラスは、俺の動かない腕の下に潜り込み、俺の胸の上に頭をのせ、目を閉じた。


 オットー、コノミ、みんな…戻れなくてすまない。

 俺は、俺の大切なものを、この足と引き換えに守り抜いたんだ。


 意識が遠のいていく。


 それは死への恐怖ではなく、大切な物を守り抜いた、やり遂げた後の、深い安らぎだった。


 俺は静かに目を閉じた。




◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇


読んでいただきありがとうございます。


あと数話で、終わる予定です。最後まで読んでいただければ、うれしく思います。

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