10:鉄の都
マニエラ王国を出て、荒野を駆けること数時間。
風景は一変していた。
緑豊かなヴィンデミアやマニエラとは違う。空は常に灰色の雲に覆われ、大地はむき出しの岩肌と、幾何学的に配置されたパイプラインで埋め尽くされている。
そして地平線の先に見えてきたのは、巨大な黒い塔を中心に広がる、鋼鉄の要塞都市――帝都アイゼングラードだった。
「ご主人様、警告ですワン。」
アトラスの声に、いつもの陽気さはない。
「このエリアに入ってから、通信環境が極端に悪化しています。メイさんからのサポート回線にノイズが走っています。さらに……」
「さらに?」
「周囲の大気中に充満するナノマシンの識別信号が、全て敵対的です。ここは完全に敵のテリトリー。神様の加護が、ここでは中和されつつありますワン。」
「つまり…?」
「防御には全力を回しますが、今までのように無傷とはいきません。覚悟してくださいだワン。」
今までも命の危機はあったが、なんとかなると楽観視していたが、ここからは無敵のヒーローごっこは終わりと言うことか。
◆◆◆
帝都の巨大な正門が見えてきた瞬間、警報もなしに攻撃が始まった。
ドォォォォォォン!!
轟音と共に、俺の目の前の地面が爆ぜた。土煙じゃない。アスファルトとコンクリートが粉砕される爆発だ。
「砲撃!?いきなりかよ!」
「魔導兵器だわん!」
城壁の上に並ぶ砲台から、青白い光弾が雨あられと降り注ぐ。
俺はアトラスを駆り、ジグザグに走って回避するが、爆風が鎧を叩く。衝撃が骨に響く。
「ジン様、上空!」
見上げると、空を埋め尽くすほどの無数の光――魔法陣が展開されていた。
ヴィンデミアでは発動しなかった「攻撃魔法」だ。
「…欲張りセットかよ!」
赤は炎、黄は雷、青は氷。数千の魔法が、誘導ミサイルのように俺たちめがけて殺到する。
「アトラス、雷壁!」
「展開しますワン!」
アトラスがバリアを展開し、俺も刀で目の前の火球を切り払う。だが、数が多すぎる。
一発の炎弾が、防御の隙間を縫って俺の左肩に直撃した。
ガアァァン!!
「ぐぅっ……!」
熱い。そして痛い。
響から貰った鎧は融解こそしなかったが、衝撃と熱量が内部まで浸透してきた。
戦闘中の痛み、それが俺の恐怖心を煽るのと同時に、生存本能に火をつけた。
「強行突破だ!止まったら死ぬぞ!」
俺はアトラスの脚力を全開にさせ、正門へと突っ込む。
門の前には、ザルガス将軍の部隊とは比較にならない、洗練された動きを見せる皇帝親衛隊が待ち構えていた。彼らは剣だけでなく、魔導ライフルと魔法を巧みに使いこなす。
「侵入者を排除せよ!陛下への仇なす者に死を!」
親衛隊が一斉に発砲する。弾丸と魔法の嵐。
俺は刀を旋回させ、正面の攻撃を弾き飛ばすが、側面からの氷の矢が脇腹に突き刺さるような衝撃を与える。
「がはっ……くそッ!」
口の中に鉄の味が広がる。
人を殺した苦い味じゃない。俺自身の血の味だ。
島に置いてきたコノミの笑顔が、脳裏に浮かぶ…帰りたい、のんびり釣りでもして、皆と笑いあいたい…。
弱音が脳裏をよぎる。だが、そのたびにオットーの顔が、マニエラ王の顔が、そして響のふざけた声が浮かぶ。
「……こんなところで、止まってたまるかよ!!」
俺は恐怖を怒りに変え、咆哮した。
「神焔開放・全力だっ!!」
肉体のリミッターを強制的に解除する。筋肉が悲鳴を上げ、血管がきしむが、構うものか。
俺の身体能力に反応して、アトラスも加速する。
俺たちは一筋の黒い雷となって、親衛隊の陣形を中央突破した。
斬る。弾く。突き飛ばす。
殺さないように手加減する余裕なんてない。ただ、目の前の敵を無力化し、前に進むことだけを考えた。
城門を爆砕し、市街地を抜け、俺たちはついに帝都の中枢――アイゼンタワーの最上階、玉座の間へとたどり着いた。
アトラスが、俺に治癒の魔法をかけてくれるが、敵地というだけあり、こちらの魔法は効果が弱い。
巨大な扉を蹴破り、玉座の間へと踏み込む。
そこは、静寂に包まれていた。
広大な広間の奥、無数のケーブルとモニターに囲まれた黄金の玉座に、その男は座っていた。
アイゼン帝国皇帝、ゲルハルト。
彼は、満身創痍で肩で息をする俺を見ても、眉一つ動かさなかった。
「……よく来たな、異界の騎士よ。余の親衛隊を突破してきたか」
皇帝がゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、部屋全体の空気が鉛のように重くなった。
ただの人間じゃない。彼の背後にある物体…メインサーバーから、膨大なエネルギーが彼の肉体へと流れ込んでいるのが、視覚化できるほど濃密な「圧」として感じられる。
「歓迎しよう。ここが余の城、そしてここが貴様の墓場だ」
ゲルハルトが手をかざすと、空間から黄金の粒子が溢れ出し、彼の全身を包む黄金の重装甲を形成した。
その輝きは神々しく、そして絶望的な強者感がある。
「アトラス……何か分かるか?」
「……計測不能ですワン。エネルギー値、ザルガス将軍の比ではありません。それに……メイさんからのハッキングが、強力なファイアウォールに阻まれて進みません!」
「つまり、俺が自力で、こいつをぶっ飛ばすしかないってことか…」
俺は震える手で、愛刀「終焉雷霆・黒牙」を構え直した。
身体中が痛い。ナノマシンの超回復も追いついていない。
だが、不思議と心は静かだった。
「アイゼン帝国皇帝、ゲルハルト!
俺は御剣 迅。お前を倒し、新しい皇帝になる男だ!」
俺の名乗りに、皇帝は兜の奥で凶悪に笑った。
「面白い。ならば力で示してみせよ!力こそ正義!!それがこの世界の真理だ!」
皇帝が巨大な黄金の剣を構え、俺に向かって踏み出した。
その一歩で床が砕け、衝撃波が俺を襲う。
本当の戦いが、始まった。
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