9:皇帝からの招待
アイゼン帝国軍の撤退を確認した後、俺とアトラスはクロノスの架け橋を背にして、マニエラ王国側の陣地へと戻った。
「うおおおおお!雷神様だ!英雄のお帰りだ!!」
「あの将軍を一撃で……信じられん!」
陣地に近づくにつれ、連合軍の兵士たちから割れんばかりの歓声が上がった。彼らは俺の姿を見るなり、武器を掲げ、俺の活躍を称えてくれている。
…うるさい。歓声が、耳鳴りのように響いて、頭が痛い。俺は兜を脱ごうとして、手が小刻みに震えていることに気づいた。
刀を振るった右手が、熱い。
ザルガスの戦鎚ごと、肉と骨を断ち切った、あの生々しい感触。噴き出した血の臭い。最後に交差した、敵将の視線。
それらがフラッシュバックして、胃が裏返りそうになる。
「うっ……」
俺はアトラスから転げ落ちるように降りると、人の輪から離れ、茂みの陰で嘔吐した。胃の中は空っぽなのに、えずきが止まらない。
俺はただの元陸上選手だ。走ることしかしてこなかった。
魔物は倒した。でも、あれは獣だ。
ザルガスは人間だった。言葉を話し、信念を持ち、家族がいたかもしれない人間だ。それを俺は、この手で……。
「……ジン」
背中を、大きくて温かい手がさすった。オットーだ。
「大丈夫だ。吐くだけ吐いちまえ。」
「オットーさん……俺、殺したよ。人を、殺しちまった……」
「ああ。分かっている。」
オットーの声は静かで、優しかった。
「お前は優しい奴だ。だがな、ジン。お前が殺さなければ、ここにいる何千という兵士が、そしてマニエラやヴィンデミアの民が殺されていた。お前は、多くの命を救うために、一つの命を背負ったんだ。」
「理屈はわかるよ……でも、手が震えて止まらないんだ……」
「止まらなくていい。その震えを忘れるな。人を殺して平気になったら、それこそおしまいだ。震えながら、それでも前に進むのが、勇気ってもんだ。」
オットーは俺の肩を強く抱きしめた。
不思議と、震えが少しずつ収まっていく。俺は一人じゃない。この世界の残酷さも、痛みも、分かってくれる人がいる。
「……ありがと、オットーさん。もう大丈夫だ。」
俺は顔を上げ、冷たい水筒の水で口をゆすいだ。
まだ手の震えは完全に止まっていないが、今はそれを握りしめて隠す。俺が弱気な顔を見せたら、命がけで戦った兵士たちに示しがつかない。
「行こう。偉い人が待ってるんだろ?」
◆◆◆
通されたのは、陣地の中央に設営された、一際豪華な天幕だった。
中には、上質な服を纏った穏やかそうな初老の男性が待っていた。彼こそが、マニエラ王国の国王、ジュリアン・エメット・リーフ・ディ・マニエラだ。
「よくぞ戻られた、御剣殿。そして神の使いアトラス殿。」
国王は玉座から立ち上がり、深々と頭を下げた。周囲の側近たちが慌てるが、王は意に介さない。
「貴殿の武勇、遠見の魔法で拝見しておりました。まさか、あの帝国最強の矛、ザルガス将軍を単騎で討ち取るとは……。貴殿は我が国の、いや、この大陸の恩人です。」
「頭を上げてください、国王様。俺は自分の目的のためにやっただけです。」
「謙虚な方だ。この国を救っていただいた礼をしたい。金銀財宝、地位、名誉、望むものを言ってくだされ。」
王の言葉に、俺の腹が「グゥ〜」と盛大に鳴った。そういえば、戦いの前にお茶を飲んだきりだ。
「…腹が減りました。美味いものが食いたいです。」
俺の返答に、王もオットーも呆気にとられ、次の瞬間に天幕内は爆笑に包まれた。
◆◆◆
「では、約束通り、神より『勝利の宴』を贈りますワン!」
アトラスが宣言すると同時に、天幕の中央にあった大きな作戦テーブルの空間が歪んだ。
光の粒子が集まり、そこに見たこともない料理の数々が出現する。
「な、なんだこれは?魚……か?しかし、焼いていないようだが……」
オットーや国王が恐る恐る覗き込む。そこにあったのは、色とりどりの切り身が乗った寿司の桶だった。マグロ、サーモン、鯛、イクラ……この世界の内陸部では絶対に見られない、新鮮な海の幸だ。
『ジンお疲れさま。俺からの奢りだ、遠慮なく食ってくれ。』
アトラスの口がパクパクし、神からの伝言が伝えられる。さらに、イリスが現れ、甲斐甲斐しく醤油や小皿を配り始めた。
「これは寿司という、神の国の料理です。生の魚を使っていますが、神の加護により鮮度が保たれています。安心してお召し上がりください。」
「米の上に刺身…?これが、神の食事か…」
オットーが意を決して、マグロの握りを口に放り込む。
もぐもぐと咀嚼し、次の瞬間、カッと目を見開いた。
「う、うまい!!なんだこれは!口の中で溶けたぞ!?」
「なんと……この橙色の魚も、甘みがあって絶品ですぞ!」
最初は警戒していた国王も、一口食べればその美味さに虜になったようだ。
俺もマグロを口に放り込む。
…懐かしい味だ。ワサビのツンとした刺激が、鼻の奥を突き抜けていく。
美味い、美味すぎて泣けてくる。
「くぅ~、このワサビの鼻に抜ける感覚…たまらん!」
国王は、ワサビをいたく気に入ったようだ。
和やかな空気が流れる宴。だが、それは唐突に切り裂かれた。
『――ほう。余の最強の将を討ち取ったかと思えば、随分と楽しそうな宴を開いているではないか。』
天幕の中央、寿司桶の上に、ノイズ混じりの巨大なホログラムが出現した。
そこに映し出されたのは、黄金の玉座に座る、冷徹な目をした男。
「き、貴様は……アイゼン帝国皇帝、ゲルハルト!!」
ジュリアン国王が叫ぶ。
皇帝ゲルハルトは、激怒している様子はなかった。むしろ、興味深そうに俺を見つめている。
『ザルガスは強かった。だが、所詮は旧時代の力。貴様のその鎧と刀……そしてその犬。新しい時代の始まりか…面白い。』
皇帝の視線が、俺を射抜く。
『貴様が望むのは余の首か?それともこの帝国の玉座か?
欲しくば帝都『アイゼングラード』まで来るがいい。余自らが相手をしてやる』
皇帝は指先で玉座の肘掛けを叩いた。その背後には、不気味に脈動する巨大な機械――おそらくメインサーバーの一部――が見え隠れしている。
『ただし、タダで通すとは思わぬことだ。余の親衛隊と、最新の魔導兵器が貴様を歓迎するだろう。……待っているぞ、異界の騎士よ』
通信が切れると、天幕には重苦しい沈黙が落ちた。
「…神の加護で守られている、この地で、あのように干渉してくる能力…これは大変ですよ…。」
イリスが静かに呟く。
アトラスが、俺の服を口で引っ張り、メイから連絡が来たことを伝える。俺の耳だけに聞こえる、秘匿通話らしい。
『ジンさん、今の映像を解析しました。皇帝の玉座は、帝都のメインサーバーと物理的に直結しています。彼の着ていたローブは、サーバーからの無限のエネルギー供給を受けている可能性が高いです。』
「ん?どう言うことだ?」
『マニエラ、ヴィンデミア国内であれば、敵の魔法や、魔導具を押さえ込む事ができますが、敵の本拠地では、それができません。また、斬撃もあのローブの力で弾かれるかもしれません。
また、皇帝を倒しても、サーバーが健在なら、自動防衛システムや次なる兵器が起動する恐れがあります。完全に勝利するには、皇帝をジンさんが引きつけている間に、私がサーバーの管理者権限を奪う必要があります。』
なるほど、二正面作戦か。
俺は最後の玉子を口に放り込み、立ち上がった。寿司で満たされた腹の底から、力が湧いてくるのを感じ る。
「上等だ。俺が正面から乗り込んで、皇帝と派手にやり合ってやる。」
「ジン、行くのか?帝都はここからさらに遠いぞ。」
オットーが心配そうに見てくる。
「食後の運動には丁度いい距離だろ?
行こうぜアトラス、帝都へ。」
『わぉ~~ん!』
「ジン殿。御武運を…」
国王が、再び俺に頭を下げてくる。
「ジン…俺の力では、お前に加勢してやるどころか、最早足手まといにしかならん…すまない。」
オットーが、申し訳なさそうな顔で俯く。
「オットーさん、気にするな。俺には神の加護もある。」
オットーの肩を抱き、にっこりと微笑んだ。
俺たちは天幕を出て、東の空を見上げた。夜が明けようとしている。次なる戦いの舞台は、敵の本拠地アイゼングラードだ。
…と思ったが、腹が膨れたら、猛烈な睡魔に襲われた…。そういや、しばらくまともに寝ていなかったことを想い出す。なんか体も、血にまみれ、汗にもまみれている…だが、あまり臭いは感じない。
「その鎧は、デオドラント効果も備えているワン!自浄機能もあるので、暫くすると綺麗になりますワン!」
この鎧、万能すぎるな…
「ご主人様、移動は私に任せて、背中で寝ていてくださいワン。揺りかごモードで移動しますワン!」
俺の愛犬も、万能すぎる…
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