2:普通のオッサンではないらしい
村長の笑いが収まり、ようやく服を借りることができた。この人は相当なゲラだと、迅は改めて感心する。
「服を貸していただいてありがとうございます。遅くなりましたが、御剣 迅と申します。ジンと呼んでください」
軽く会釈をする。
「こりゃご丁寧に。俺の名前はオットー。。この村はシーブルック、海に囲まれた小さな村だよ」
「よろしくお願いします、オットーさん。それで、居候するのも気が引けるんで、何か仕事ないですか?」
「ほう、若いのに良い心がけだ。そうだな……漁の手伝い、畑の手伝い、狩りの手伝い。小さな村だ、仕事といえるような物はあまりない。逆に何ができそうだ?」
「正直に言って、俺は年がら年中走ることにしか集中していませんでした。勉強も得意じゃありませんし、読書も専門書ばかりで、知識はかなり偏っています。何ができるかは、全く分かりません!でも精一杯頑張りますので、色々やらせてください!」
「知らないことは、悪いことじゃない。君はまだ若いんだ、まだ色々な道が君にはあるさ。君は、良い体をしている。さっき肩を叩いた時に驚いたよ。全身筋肉に覆われていて、堅そうな体なのに、驚くほど素晴らしい柔軟性、そしてあの俊敏性……。
実は私はね、昔剣の師範をしていた。弟子に恵まれず道場は潰れてしまったが、どういうわけか周りの人たちに恵まれてね、今はこの村の村長なんて大役を任されている。
まぁ、村長といっても、浜に不審人物が居たら調べて、場合によっては討伐する、そんな役回りさ」
「不審者の討伐ですか。浜で……不審者?それってもしかして、俺のことですよね?!」
「ブププ……そう、不審者は君……クククっ」
「ちょ、少し失礼ですよ?!それで、俺の仕事は?」
「君は村長補佐だ。私は、君に剣を教えたいと思う。私と共に村の雑用を片付けつつ、空いた時間は剣の稽古だ。衣食住は私が世話をする。どうだ?悪くない話だと思うが……」
「体を動かすのは大好きです!剣なんて格好いいじゃないですか!是非教えてください!」
「よし!今から村の連中に、ジンを紹介しよう!村の連中は、俺が不審者を連行してきたと思っている。誤解は解かないとな」
「ああ……。まぁ不審者なのは間違いないですけどね。なんせ、裸であの道歩かされたんですよ?」
「ぶっプププ、でもお前、なんか自分の肉体を見せつけてなかったか?ふふふ」
「まぁ、筋肉には自信あったんで。どうです?この腕の筋肉?この腹筋!」
コールドスリープしている間に痩せていた筋肉は、ナノマシンの力で、以前同様の均整のとれた美しさを取り戻していた。その肉体を確認するように、迅はポーズをとる。
「プププ、やめとけ、やめとけ!少し気持ち悪いぞ!くっくっくっ。ほ、ほらっ!行くぞ!」
迅は村長の後ろでポージングしながらついて行く。村長はそんな迅をチラ見しながら、笑いを堪えようとしているが、全く我慢できていない様子だ。
村には二十軒ほどの家があり、島民は七十名ほどだという。面倒だなと思いながらも一軒一軒挨拶をして回る。小さい村では、こういった挨拶は大切なんだろう。
島民たちは皆気の良い人たちで、「筋肉お化け」「浜辺の変質者」など散々な呼ばれ方をしたが、別れ際には満面の笑顔で送り出してくれた。そしてお土産にと魚の干物やら、飲めないと言っているのに濁酒まで持たせてくれた。
最後の家を出る頃には、いつの間にか上半身裸になっていて、両手は大量の手みやげで塞がっていた。
「おいお前、一緒に居る方が恥ずかしいから、すぐに脱ぐのはやめてくれよ……」
「村長の弛んだお腹の方が、よっぽど恥ずかしいと思いますけどね」
「ぶふっ、言うねー。こんな弛んだ腹を持つおっさんだが、剣の腕前はなかなかだよ?荷物を家に置いたら、浜辺で稽古するぞ!」
「よし!ダッシュで置いてくる!!」
「ちょっ、ちょい待てよっ!!」
村長の叫び声は、一瞬で遙か後方へ消えた。体が軽い。どこまでも走っていけそうな気がする。島の端から端まで一時間ちょっとあれば行けそうだ。毎日の日課にしても良いかもしれない。
そんなことを考えていると、ようやく村長が息を切らして帰ってきた。
「はぁ、はぁ……お前、足早すぎ……。あと稽古するってのは、冗談だぞ。空を見て見ろ、もう暗くなってきてる」
「何か問題あるんですか?」
「あーー、お前がどんな生活してきたか、想像できるな。んじゃ、今日の所は剣の素振りでもしてろ。俺くらいになると、色々と体にガタがきてな、無理が利かないんだよ……。一回、見せるからこんな感じで振り続けろ」
村長が見せた素振りは、素人目にも美しく、無駄のない太刀捌きだった。だが、音は美しくない。空気を切り裂くような暴力的な音だ。こんなのまともに受けたら、命にかかわるだろう。
迅は見よう見まねで素振りをするが、村長のような恐ろしい音は出ない。
「まぁ、最初はそんな感じだ。努力は無駄にならない!なんて甘いことは言えないが、今の世界は剣の一つも使えないと命を落とすこともある。精進しろ」
村長は飯を作ると言って家の中に入っていった。
よし、やるか。反復動作は短距離ランナーの得意技だ。
飯が出来るまで素振りを続け、飯を食い終えたら素振りを再開する。
気が付くと、手は血塗れだった。手の皮が向けたのだ。
「まぁ、問題はない。痛みを乗り越えた先に、見える世界があるかもしれない
よし、あと一万回!」
「ま、まて!お前どういう神経してんだ。今日は終わりだ。これは師匠の命令だ。ほれ、手を洗ってこい。消毒して包帯を巻いてやるから」
村長は面倒見がいい。他人に何故そこまで優しく出来るのだろうか……迅には分からなかった。
そして、オットーの言いつけを守り、程良い疲れを心地よく感じながら、迅は眠りについた。
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