1:御剣 迅
ヴィンデミアから遙か西方にある島で、御剣 迅は暮らしていた。
彼も、響と同じくコールドスリープの被験者として選ばれた内の一人だ。
彼は、幼い頃から運動能力に長け、努力家だった。特に彼の走る速さは、同年代の子供達と比べて飛び抜けた速さだった。そんな彼の将来の夢は、オリンピックの陸上競技で金メダルを取ること。大人達は、現実を知らない子供の可愛らしい夢だと笑っていたが、彼は本気だった。
毎日走りまくった。走って走って走りまくった。早く走る為の研究も欠かさなかった。数多くの陸上選手の走りも分析した。
そのうち、彼の親は、彼が本気で金メダルを取るつもりで努力していることに気が付き、親もその夢に向かって共に歩むことを決めた。アスリート向けの食事、金銭面での協力を惜しまなかった。
彼が中学生になった頃、急激な身長の伸びによる成長痛に悩まされた。そして高校生になった頃には、身長は190センチを越えていた。次第に世間は、御剣 迅に注目し始めた。
高校一年生で身長は192センチ、容姿端麗、驕ることなく毎日の鍛錬を重ねる努力の人。夢は、陸上短距離のオリンピック選手、そして大会新記録を大幅に更新し、結果も出している。皆が、彼に期待をし始めていた。
高校二年生になると、身長は更に延び、196センチになり、陸上短距離の日本記録を更新し世界記録にも迫っていた、当然のようにオリンピック日本代表に選ばれた。
人々は熱狂した。日本人初の陸上短距離の金メダリストが生まれるかもしれないことに。
彼は、家族達と共に飛行機に乗り、オリンピックの舞台へと飛び立った。期待と不安はあるが、それ以上に自信もあった。
しかし、そこから迅の人生は転落する。彼の乗った飛行機は、突然の天候不良によって、大きな衝撃音と共に墜落する。生存者は、御剣 迅ただ一人だった。そして、彼の肉体にも相当なダメージが残った。
天涯孤独となり、選手生命は断たれた。それどころか、走る事も立ち上がる事もできず、寝たきりの生活が始まった。絶望しか無かった。もういっそのこと…。
ある時、とある研究者から提案があった、コールドスリープの被験者にならないかと。
彼の肉体は、修復不可能と言われていたが、最新のナノマシン技術で、修復は可能であると研究者から告げられる。彼は歓喜したが、すぐに絶望した。
ナノマシンが肉体を修復するには、20年以上かかるそうだ。
今から20年後、迅は37歳…ピークはとうに過ぎている。やはり選手の道は断たれるのか…
しかし研究者が、コールドスリープする事により、肉体の若さは保たれると言われ、彼は被験者になることを決めた。
冷凍カプセルで一眠りしたら、また走れるのかと思うと、興奮が収まらなかった。
しかし彼が冷凍睡眠から目覚めたのは、地下施設の中ではなく、煌めく砂浜の上だった。冷凍睡眠の施設は厳重な地下にあったはず、それなのに何故屋外に居るのか…不可思議だったが、それよりも気になるのは自分の体だった。立てるのか?走れるのか?いや、走れなくてもいい、せめて歩きたい。地面の感触を足の裏で感じたい…
手に力を込め、ゆっくりと立ち上がろうとする…
「ふふふ、た、立てるぞ!」
ゆっくりゆっくり歩き始めると、思いの外、違和感なく歩けることに、驚きと困惑が入り交じるが、それ以上に喜びが溢れ、いつの間にか走り出していた。
浜辺に全裸、大声で笑いながら、もの凄い速さで走り回る男の姿は、すぐに付近の村で話題になった。
何時間走っていたのだろう…日が暮れてきた…
「腹減ったな…、これからどうしようか…。そもそも…ここ何処だ?」
着る物はないかと辺りを見回すが、非常に綺麗な砂浜で、ゴミ一つ落ちていない。
「葉っぱにするか…」
草むらに向かおうとしたその時…
「おーい、そこの裸のお兄ちゃん!!」
初老の男性が、迅を呼んでいる。
「あ、はい?俺のことですか?」
「裸で海水浴してる人なんて、そういないわ!」
「海水浴…そ、そうなんです。急に泳ぎたくなって泳いでたら、服が無くなってて…」
「なんか滅茶苦茶走りまくってもいたよね?」
目が…明らかに疑われている。
「これが青春ってやつですよ?」
「そ、そうか…それが青春か…珍妙なもんだな…
取りあえず、俺の家へ来なさい。古い服でも分けてやろう。」
「ありがとうございます!」
素直に好意に甘えることにした。素っ裸のまま15分程歩いただろうか…ぽつぽつと家が見えてきた。人々は裸の迅を好奇の視線でみている。
「悪く思わないでくれ、余所者には慣れてないんだ。」
「いや、裸の男が歩いていたら、誰でもああなりますよ。」
「ふふっ、はっはっ…、そりゃそうだよな。」
おっさんは大爆笑していた。思わず釣られそうになる笑い声に、二人して笑いながら歩き続けた。迅の不審者レベルは、更に上がったことだろう。
暫く人々の視線に耐えながら歩き続けると、ほかの家よりも、少し立派な家の前にたどり着いた。
「ようこそ、ここがこの村の村長でもある私の家だ。さ、入りたまえ。」
このおっさん、村長さんだったのか…。まったく偉そうに見えないから分からなかったよ。
「まぁ、そこに座って、お茶でも出そうかね。」
暖かいお茶を出され、せっかくなので口にする。緑茶だなこれ。
「それで、君は何処から来たんだね?」
嘘を言っても仕方がないと思い、正直に語ることにした。
「気が付いたら、あの浜辺で寝ていました。俺の記憶では、ちゃんと地面の上で寝ていたはずなのですが…」
嘘は言っていない。
「ふむ。魔法は使えるかね?転移魔法が使える術者が、たまに寝てる間に転移する事があるらしいが…」
高レベルな夢遊病かな?
「魔法は使ったこともないですし、使い方も知りません。俺の特技は、走ること位です。足は早いし、運動神経も人よりは優れてると思います。」
「ほほう、剣は使えるかね?」
「け、剣?昔、剣道なら学校の授業でやったかな。」
「剣道…まぁ私の知らない流派もあるか…。どうかね暫くこの村で暮らすか?」
願ってもない申し出に、感謝を述べ、俺の新しい生活が始まった。
「あの、まずはそろそろ服を貸して貰えますかね?」
「ふふふ、はっはっは」
村長は笑い転げ、俺の肩をバンバン叩いた。
何笑てんねん!
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