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8話「異世界の珍獣」

 第三層の探索を終えた一行は、一時的にダンジョン近くの街「ルミナス」へと向かった。補給と情報収集のためだった。しかし、これまでとは明らかに様子が違っていた。


 街の入り口で、ファンたちを待っていたのは大勢の人だかりだった。


「あ、あれが噂の...」


「本当に小さな犬が魔物を従えてる...」


「可愛い...なんて可愛いの...」


 ファンの姿を見た瞬間、街の人々がざわめき始めた。


「おい、これはちょっと...」


 グロウが困惑していた。まさかこんなに注目されるとは思っていなかった。


「ファンちゃん、有名になってますね」


 シルフィアが苦笑いしていた。


「え?俺、有名になったのか?」


 ファンは状況が理解できずにきょとんとしていた。


「どうやら、お前の噂が街中に広まってるようだな」


 ドゥーガンが辺りを見回しながら言った。確かに、街の人々の視線がすべてファンに向けられていた。


 人だかりの中から、一人の学者風の男性が近づいてきた。長い白いローブに身を包み、厚い眼鏡をかけている。


「あの、失礼ですが...あなたがその、噂の小さな冒険者ですか?」


「お、俺はファンだ。冒険者っていうか...まあ、そうなのかな」


 ファンが素直に答えると、学者は目を輝かせた。


「素晴らしい!私はこの街の魔物研究所の所長、アルベルト・シュトラウスと申します」


「研究所?」


「はい!そして、あなたの種族について非常に興味があるのです」


 アルベルトがファンをじっと観察し始めた。


「あなたの毛色、体型、頭の形...これは非常に珍しい」


「珍しいって?」


「この世界では見たことのない犬種です。茶色と白の美しい毛色、丸い頭に大きな目、小さな耳...」


 アルベルトは興奮して喋り続けた。


「元の世界では、チワポメっていう犬種なんだけど...」


「チワポメ!初めて聞く名前です!どんな特徴があるのですか?」


 アルベルトの質問攻めに、ファンは戸惑いながらも答えていった。


「えーっと、チワワとポメラニアンのミックスで...」


「チワワ?ポメラニアン?それも聞いたことのない種族名ですね!」


「小型犬で、愛玩犬っていうか...人間のペットとして飼われる犬なんだ」


「ペット!?あなたほどの能力を持った存在がペットに?」


 アルベルトは信じられないという表情をしていた。


「まあ、俺の世界の犬は普通話せないし、魔物を仲間にもできないからな...」


「やはり!あなたは異世界から来た存在なのですね!」


 アルベルトは大発見をしたかのように興奮していた。


「異世界の犬...これは学会に発表したら大変なことになりますよ!」


「学会って?」


「この大陸の魔物学者が集まる組織です。あなたのような存在が確認されれば、大騒ぎになります」


 ファンは困った顔をした。そんなに注目されると、健太郎の元に帰るという目的が複雑になりそうだった。


 アルベルトと話している間にも、街の人々が次々と集まってきていた。


「本当に話してる...」


「あんな可愛い声で...」


「魔物たちも大人しくしてるし...」


 人々はファンを遠巻きに見ながら、ひそひそと話し合っていた。


「あの、皆さん」


 ファンが人々に向かって話しかけた。


「こんにちは〜♪」


 天使の歌声が響いた瞬間、街の人々の表情が一変した。


「きゃー!可愛い!」


「なんて愛らしい声なの!」


「天使みたい...」


 人々が一斉にファンに近づこうとした。


「ちょっと待て!」


 グロウが慌てて止めた。


「星牙が押し潰されちまう!」


 確かに、大勢の人に囲まれてしまうと、小さなファンは危険だった。


 人だかりの中から、今度は商人風の男性が現れた。きらびやかな服装で、金の装飾品を身に着けている。


「あの、失礼ですが、お話があります」


「なんだ?」


 グロウが警戒しながら答えた。


「私、この街で一番大きな商会を営んでおりまして...その、あちらの可愛らしい方にお願いがあるのです」


 商人はファンを指して言った。


「俺に?」


「はい!あなたが我々の商品の宣伝をしてくだされば、きっと大売れ間違いなしです!」


「宣伝?」


 ファンは首をかしげた。


「あなたの可愛さで商品をアピールしていただければ、報酬はたっぷりとお支払いします!」


「お金はいらないよ。俺、ダンジョンを攻略したいだけだから」


「そ、そんな!せっかくの機会なのに!」


 商人は必死に食い下がった。


「他にも商人が複数近づいてきてるな」


 ドゥーガンが辺りを見回しながら言った。確かに、何人もの商人風の人物がファンを狙うような目で見ていた。


 とりあえず人だかりから逃れようと、一行は宿屋「月光亭」に入った。しかし、そこでも騒動は続いた。


「いらっしゃいませ...って、あ!あなたが噂の!」


 宿屋の女将が目を丸くした。


「普通に泊まりたいだけなんですが...」


 シルフィアが困った顔で言った。


「もちろんです!でも、その可愛い子は...」


 女将がファンを見つめていた。


「お、俺はファンだ。よろしく」


「きゃー!本当に話した!しかも可愛い声で!」


 女将が興奮して、宿の他の従業員たちを呼び始めた。


「みんな〜!例の子が来たわよ〜!」


「えー!本当に!?」


「見せて見せて!」


 従業員たちがぞろぞろと現れた。


「うわあ...」


 ファンは困惑していた。



 その夜、宿の食堂でファンたちが夕食を取っていると、若い女性たちが数人近づいてきた。


「あの、すみません...」


「なんだ?」


「私たち、あなたのファンなんです!」


「ファン?俺の?」


 ファンは驚いた。


「はい!昼間の歌声を聞いて、みんなで話してたんです」


「あんなに可愛くて、心優しい存在がいるなんてって」


 女性たちの目がキラキラと輝いていた。


「それで、もしよろしければ...」


「何だ?」


「私たちでファンクラブを作らせていただきたいんです!」


「ファンクラブ?」


「あなたを応援する会です!」


 ファンは困った顔をした。そんな大げさなことを言われても困ってしまう。


「でも、俺、普通の犬だよ?」


「普通じゃありません!あんなに魔物と仲良くできて、美しい歌声を持って、心優しくて...」


 女性たちは熱弁を振るった。


「そうです!きっと神様が遣わした天使に違いありません!」


「天使って...」


 ファンは苦笑いした。


 翌朝、宿を出ようとすると、昨日よりもさらに多くの人が集まっていた。


「うわあ...増えてる...」


 ドゥーガンが呟いた。


「おはようございます、ファン様!」


「今日も歌を聞かせてください!」


「握手してください!」


 人々が口々に叫んでいた。


「ファン様って...」


 ファンは戸惑っていた。


「星牙、お前の人気はもう止められないな」


 グロウが苦笑いしていた。


「でも、俺はただダンジョンを攻略して、健太郎の元に帰りたいだけなのに...」


「分かってる。でも、これもお前の力の一部なんだろうな」


 その時、人だかりの向こうから馬車がやってきた。立派な装飾を施した貴族の馬車だった。


「おや、あちらにも注目されているようですね」


 シルフィアが心配そうに言った。


「どういう意味だ?」


「貴族が関心を持つということは...」


 シルフィアは言いにくそうに続けた。


「政治的な利用を考えているかもしれません」


「政治的って?」


「あなたの影響力を利用しようとする人たちが出てくるということです」


 ファンは不安になった。自分はただ家に帰りたいだけなのに、なぜこんなに複雑になってしまうのだろう。


「とりあえず、今日はダンジョンに戻ろう」


 グロウが提案した。


「そうですね。街にいると、どんどん人が集まってきてしまいます」


 シルフィアも同意した。


「みんな、俺のことを応援してくれるのは嬉しいけど...」


 ファンは複雑な気持ちだった。


「健太郎に会えたら、この人たちにも紹介したいな。俺がこんなに大切にされてるって、きっと喜んでくれる」


「そうだな。きっと喜ぶだろう」


 グロウが優しく答えた。


「でも、星牙。お前の影響力はもう無視できないものになってる」


「どういうことだ?」


「お前が望まなくても、世界を変える力を持ってしまったということだ」


 グロウは真剣な表情で続けた。


「これから先、もっと大きな変化が起こるかもしれない」


「大きな変化って?」


「分からん。でも、お前の周りには常に人が集まってくる。それが良いことなのか悪いことなのか...」


 ファンは不安になった。自分が望んだわけではないのに、なぜこんなに注目されてしまうのだろう。


「でも、俺にはみんながいるから大丈夫だ」


 ファンは仲間たちを見回した。グロウ、シルフィア、ドゥーガン、そして魔物の仲間たち。みんなが自分を支えてくれている。


「ああ、俺たちが守る」


「どこまでもついて行きます」


 仲間たちの言葉に、ファンは少し安心した。


「よし、じゃあダンジョンに戻ろう。健太郎が待ってる」


 一行は人だかりを掻き分けながら、ダンジョンへと向かった。しかし、ファンの名前と噂は既に街を超えて広がり始めていた。


 小さな犬の大きな影響力は、本人の意思とは関係なく、世界を変え始めていたのだった。

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