4話「仲間の輪」
ファン、グロウ、ブルの三人組は第一層の奥へと進んでいた。石造りの通路が続く中、遠くからコンコンと金属を叩く音が聞こえてくる。
「なんだ、この音は?」
ファンが首をかしげた。規則正しいリズムで響く金属音は、明らかに誰かが作業をしている音だった。
「鍛冶の音だな。おそらくドワーフがいる」
グロウが答えた。
「ドワーフ?」
「ああ、鍛冶や細工が得意な種族だ。でも性格はちょっと...まあ、会ってみれば分かる」
音の方向に向かって歩いていくと、通路が広いホール状の空間に開けた。そこには小さな建物と鍛冶場が設けられており、一人の小柄な男が黙々と作業をしていた。
身長は150センチほど。がっしりした体格に、立派な髭を蓄えている。筋骨隆々の腕で大きなハンマーを振るい、赤く熱した金属を叩いている。典型的なドワーフの特徴だった。
「おい、ドワーフ」
グロウが声をかけた。
ドワーフは手を止めることなく、振り返りもしなかった。
「何の用だ、オーガ。客じゃないなら帰れ」
素っ気ない返事だった。
「まあそう言うなよ。仲間を紹介したいんだ」
「仲間?オーガのお前に仲間などいるのか?」
ドワーフはようやく手を止めて振り返った。そして、ファンの姿を見つけた瞬間、固まった。
「こ、これは...」
大きなつぶらな瞳、ふわふわの毛、小さな体。ドワーフの目がファンに釘付けになった。
「お、俺はファンだ!よろしく!」
ファンは元気よく挨拶した。その瞬間、ファンの可愛さスキルが無意識に発動した。
「...」
ドワーフの顔が真っ赤になった。大きな男が小さな生き物を見てデレデレしている姿は、なんとも微笑ましかった。
「な、名前は...何と言った?」
ドワーフが震え声で尋ねた。
「ファンだ!」
「ファン...いい名前だ。俺はドゥーガン。鍛冶屋をやってる」
ドゥーガンは急に丁寧な口調になった。さっきまでの素っ気なさはどこへやら、完全に別人のようだった。
「ドゥーガンさんか。よろしく」
「さん付けなんていいんだ!ドゥーガンで構わない!それより...」
ドゥーガンは急に慌てた様子で辺りを見回した。
「すまない、散らかっていて。お客様をお迎えする準備ができていなかった」
「お客様って...俺のことか?」
ファンは困惑した。さっきまで「客じゃないなら帰れ」と言っていたのに、完全に態度が変わっている。
「当然だ!こんなに可愛らしいお客様は初めてだ!」
ドゥーガンの目がキラキラと輝いていた。完全にファンの魅力にやられていた。
「ははは、またファンの可愛さの犠牲者が一人」
グロウが苦笑いした。
「犠牲者って何だよ」
ファンは抗議したが、確かにドゥーガンの変わりようは凄まじかった。
「それで、何の用で来たんだ?」
ドゥーガンが尋ねた。今度は完全にファンに向けて話している。
「実は、ダンジョンを攻略したいんだ。俺、元の世界に帰らなくちゃいけないから」
ファンが事情を説明した。
「元の世界に?そうか、それは大変だな...」
ドゥーガンの表情が少し寂しそうになった。せっかく出会った愛らしい存在が、いずれ去ってしまうと知って複雑な気持ちになったのだろう。
「でも、今は仲間と一緒に頑張ってる!」
ファンが明るく言うと、ドゥーガンも元気を取り戻した。
「そうか!なら俺も協力しよう!」
「え?」
「お前のために最高の装備を作ってやる!無料でな!」
ドゥーガンは興奮して言った。普段は金にうるさい職人が、無料で装備を作ると言い出したのだ。
「本当に無料でいいのか?」
グロウが驚いた。ドゥーガンの腕は確かで、彼の装備は高値で取引されることで有名だった。
「当然だ!この可愛い子のためなら、俺の技術を全て注ぎ込む!」
ドゥーガンは完全にファンに夢中になっていた。
「でも、俺、犬だぞ?普通の装備は着られないと思うんだが...」
ファンが困った顔をした。確かに人間用の装備では体型が合わない。
「任せろ!俺は動物用の装備も作れる!昔、冒険者のペット用に作ったことがあるんだ」
ドゥーガンは自信満々に答えた。
「それに、お前は特別だ。普通の装備じゃもったいない」
「特別って?」
「見ていろ」
ドゥーガンは簡素な作りの工房の奥から様々な材料を持ってきた。光る金属、美しい宝石、不思議な布地。どれも高級品ばかりだった。
「おい、それ全部使うつもりか?」
グロウが心配そうに言った。
「ああ!この子のためなら惜しくない!」
ドゥーガンは目を輝かせながら作業を始めた。
『特殊イベント発生:マスタークラフター・ドゥーガンがあなたのために装備を製作します』
システム音声が響いた。
「マスタークラフター?すごいじゃないか、ドゥーガン」
ファンが感心した。
「へへ、まあな。伊達に何百年も鍛冶をやってないぞ」
ドゥーガンは照れながら作業を続けた。
約一時間後、ドゥーガンが満足そうに振り返った。
「できたぞ!」
彼の手には美しい装備一式があった。
小型犬用の軽量アーマー。青と銀の美しい色合いで、ファンの毛色にぴったり合うデザインだった。胸当てには小さな星の装飾が施されている。
「星の装飾?」
ファンが気づいた。
「ああ、グロウから聞いたんだ。お前の二つ名が『星牙』だって」
「だから俺の名前はファンだって!」
「ハハハ、でも星牙も悪くないだろう?」
ドゥーガンが楽しそうに笑った。
「それより着けてみろよ」
ファンが装備を身に着けると、完璧にフィットした。軽くて動きやすく、それでいてしっかりとした防御力がある。
『装備しました:星光の鎧』
『防御力+15、魅力+10、特殊効果:星の加護』
「魅力も上がるのか!」
ファンは驚いた。
「当然だ!お前の可愛さを最大限に引き出すように設計したからな」
ドゥーガンは誇らしげに胸を張った。
「ありがとう、ドゥーガン!これなら安心して戦える!」
ファンが嬉しそうに言うと、ドゥーガンの顔がさらに赤くなった。
「い、いえいえ!お礼なんて!むしろこちらこそ、こんな可愛い子のために装備を作れて光栄です!」
完全に敬語になってしまった。
「ところで、ドゥーガン」
ファンがおずおずと切り出した。
「俺たちと一緒に来ない?」
「え?」
ドゥーガンが目を丸くした。
「ダンジョン攻略、一緒にやろうよ。ドゥーガンがいれば装備の修理もできるし、きっと心強い」
ファンの上目遣いでの誘いに、ドゥーガンの心臓はバクバクと鳴った。すがりつくような上目遣いにファンの魅力をいっそう上げた。
「い、いいのか?俺なんかでも?」
「もちろんだ!俺たちは仲間だろう?」
「仲間...俺に仲間が...」
ドゥーガンの目に涙が浮かんだ。長年一人で鍛冶場に籠もっていた彼にとって、仲間という言葉は特別な響きがあった。
「よろしく頼む、星牙」
「だから俺の名前は...まあ、いいや」
ファンは諦めた。もう皆が星牙と呼ぶのに慣れてしまったのかもしれない。
『仲間になりました:ドゥーガン(ドワーフ・レベル25)』
『職業:マスタークラフター』
『特殊能力:装備製作、装備修理、鑑定』
「レベル25!?すげぇ高いな」
ファンが驚いた。
「まあ、年の功ってやつだ」
ドゥーガンは照れくさそうに頭をかいた。
「ぷるぷる〜♪」
ブルも新しい仲間の加入を喜んでいるようだった。
「よし、これで四人だな」
グロウが満足そうに言った。
「ああ、頼もしい仲間が増えた」
ファンも嬉しそうだった。グロウの忠実な守護、ブルの純真な愛情、そしてドゥーガンの熟練した技術。それぞれが大切な仲間だった。
「でも、皆俺のことを星牙って呼ぶんだよな...」
「諦めろよ、ファン。もう定着してる」
グロウが笑った。
「お、俺の名前は健太郎がつけたファンだからな!」
「ぷるぷる〜♪」
「星牙さま〜♪」
三人がそれぞれの方法でファンに親愛の情を示した。
「まあ、皆が喜んでくれるなら...」
ファンは苦笑いしながらも、心の中では嬉しかった。確かに星牙という名前も悪くない。星のように輝く牙を持つ犬。なんだかかっこいい響きだった。
「よし、じゃあ改めて行こうぜ!俺たち星牙チームの冒険だ!」
「星牙チーム?」
「だって、リーダーが星牙なんだからそうだろ?」
グロウが当然のように言った。
「リーダーって俺かよ!」
「当たり前だ。俺たちは皆、お前に忠誠を誓ってるんだからな」
確かに、気がつけばファンの周りには彼を慕う仲間たちが集まっていた。この小さな犬の持つ不思議な魅力が、異なる種族を結びつけていた。
「健太郎...俺、いい仲間に恵まれたよ」
ファンは心の中で呟いた。愛する飼い主への想いは変わらないが、この仲間たちも大切に思えてきた。
四人の新しいパーティは、より深い階層へと向かって歩き出した。ファンの可愛さが紡ぐ友情の輪は、これからもっと大きくなっていくのだった。




