31話「統一への道」
星牙神として帰還したファンの影響は、世界規模で瞬く間に広がった。神格化の瞬間を感じ取った星牙教信者たちは、各地で歓喜に沸いていた。
「星牙神様の声が心に響いてる...」
「世界中どこにいても、星牙神様を感じることができる...」
信者たちの報告は続々と犬国に届いていた。神格化により、ファンは物理的な距離を超えて人々と繋がることができるようになったのだ。
「すごいな、これが神の力か」
グロウが感心していた。
「星牙、お前の影響力は今や全世界に及んでいる」
「でも、責任も重くなったね」
ファンが少し不安そうに答えた。
「世界中の人の幸せを考えなければならない」
神格化から一週間後、予想していた通り世界各国からの使者が押し寄せた。しかし、今度は前回とは全く異なる雰囲気だった。
「星牙神様」
27カ国の代表が一同に会して深々と頭を下げた。
「私たちは心から願います。どうか、世界を統一してください」
「統一といっても...」
ファンが困惑していると、ベルフォード王国の王が説明した。
「もはや国境など意味がありません」
「星牙神様を慕う心に、国の違いはないのです」
確かに、神格化後の世界では、国民の多くが「星牙神の子」としてのアイデンティティを持つようになっていた。
「我々王侯も、星牙神様の前では一人の信者に過ぎません」
グランディア帝国皇帝が謙虚に言った。
「だからこそ、統一された平和な世界を築きたいのです」
「でも、どうやって統一するんだ?」
ファンが現実的な問題を提起した。
「27カ国もあるのに」
「それについては、既に各国で話し合いが進んでいます」
外務大臣が報告した。
「『星牙神聖帝国』として、緩やかな連邦制を取ることで合意が形成されています」
「星牙神聖帝国?」
「はい。各地域は自治を保ちながら、星牙神様を皇帝として戴く統一国家です」
具体的な制度設計も既に進んでいた。
「各地域の文化と伝統は尊重される」
「ただし、基本理念は星牙神様の『愛と平和』で統一」
「軍事力は完全に統合し、二度と戦争が起きないシステムを構築」
「皆さんの気持ちは嬉しいです」
ファンが慎重に答えた。
「でも、俺には条件があります」
「どのような条件でも」
王たちが口を揃えて答えた。
「まず、俺は永遠の皇帝ではありません」
「え?」
「俺にはやらなければならないことがあります。それが終わったら、新しい統治システムに移行します」
ファンが健太郎のことを説明すると、王たちは深く感動した。
「なんと愛深い...」
「だからこそ、あなたは真の神なのです」
「分かりました。暫定的な統一でも構いません」
数日間の準備期間を経て、ついに世界統一宣言の日がやってきた。犬国の大広場には、世界中から代表者が集まっていた。
「緊張するな...」
ファンが小さく呟いた。
「大丈夫だ」
シルフィアが励ました。
「あなたならきっと素晴らしい皇帝になれます」
「でも、俺は皇帝になりたかったわけじゃないんだ」
「分かってる」
グロウが理解を示した。
「でも、お前以外にこの役目を果たせる者はいない」
午後2時、ついに世界統一宣言が行われた。
「本日、星牙神聖帝国の建国を宣言いたします!」
ゲンクが高らかに宣言すると、広場から大きな歓声が上がった。
「そして、星牙神ファン陛下を初代皇帝として戴きます!」
ファンが前に出ると、数万人の群衆が一斉に膝をついた。
「星牙神皇帝陛下、万歳!」
「世界統一万歳!」
「永遠の平和万歳!」
歓声は空にまで響いた。
「皆さん、聞いてください」
ファンが演説を始めた。神格化により、その声は世界中に響いた。
「俺は皇帝になりました。でも、俺はみんなの上に立つ存在ではありません」
「俺たちはみんな平等です。種族も、出身地も関係ありません」
「この統一帝国は、みんなで作り上げるものです」
純真な言葉に、人々は深く感動した。
「だからこそ、みんなで協力して、本当に平和で幸せな世界を作りましょう」
統一宣言の後、すぐに新政府の樹立作業が始まった。
「各地域の代表による『帝国評議会』を設立します」
「重要な決定は、話し合いで決めます」
「軍事力は『帝国平和軍』として統合し、内戦防止と災害救助に専念します」
効率的な政府機構が次々と作られていく。
「すごいな、あっという間に世界政府ができる」
ドゥーガンが感心していた。
「みんなの気持ちが一つだからだ」
バハムートが答えた。
「星牙への愛が、世界を一つにした」
世界統一の効果は即座に現れた。
「国境が撤廃されたことで、物資の流通が劇的に改善しました」
「技術交流も活発になり、各地で革新的な発明が生まれています」
「治安も向上し、犯罪率は統一前の10分の1になりました」
経済面でも大きな変化があった。
「共通通貨『スター』の導入により、貿易が簡素化されました」
「各地域の特産品が世界中に流通しています」
「失業率も大幅に低下しています」
最も重要な変化は、戦争の完全な消滅だった。
「帝国軍事法により、武力による紛争解決は完全に禁止されました」
「争いがあれば、必ず話し合いで解決します」
「各地域の平和軍は、災害救助と治安維持にのみ従事します」
ファンの理想とした世界が、ついに実現したのだ。
「本当に戦争がなくなったんだね」
ファンが感慨深げに言った。
「ああ、お前の夢が叶ったんだ」
グロウも満足そうだった。
しかし、ファンの心には複雑な気持ちがあった。
「世界は平和になった。でも...」
「健太郎のことか?」
シルフィアが理解した。
「うん。俺の最大の夢は、まだ叶ってない」
窓の外を見ながら、ファンは愛する飼い主のことを想った。
「健太郎は今、どうしてるかな」
「きっと元気でいるよ」
ディアボロスが慰めた。
「そして、お前の帰りを待っている」
「そうだといいんだけど...」
「世界樹では帰る方法は見つからなかった」
ファンが呟いた。
「でも、諦めない。他にも方法があるはずだ」
「我々も協力する」
バハムートが約束した。
「世界中の古文書や遺跡を調査すれば、必ず手がかりが見つかる」
「そうですね」
シルフィアも同意した。
「今や世界統一帝国の力があります。全世界規模で調査できます」
「ありがとう、みんな」
ファンは感謝した。
「みんながいてくれるから、俺は頑張れる」
翌日から、帝国の総力を挙げた調査が開始された。
「全世界の図書館、博物館、遺跡を調査します」
「特に、異世界や時空移動に関する資料を重点的に」
「各地域の研究者、学者も総動員します」
これまでにない規模の調査だった。
「これなら、必ず何か見つかるはずだ」
ファンに希望が見えてきた。
「健太郎、もう少し待って。俺、必ず帰るから」
調査が続く中、ファンは皇帝としての職務も果たしていた。
「本日は東方地域の農業問題について話し合います」
「西方地域の技術開発プロジェクトの進捗報告もあります」
毎日のように帝国評議会が開かれ、様々な問題が話し合われた。
「皇帝の仕事って大変だな」
ファンが疲れた様子で呟いた。
「でも、やりがいはあるだろう?」
グロウが聞いた。
「うん。みんなが幸せになってくれると嬉しい」
「でも、やっぱり健太郎に会いたい」
その想いは、皇帝になっても変わらなかった。
ファンが皇帝になってから数ヶ月で、世界は目覚ましい発展を遂げた。
「各地域間の交流が活発になり、新しい文化が生まれています」
「多種族共生も完全に根付きました」
「教育制度も統一され、世界中の子供たちが同じ『愛と平和』の理念を学んでいます」
理想的な世界が実現していた。
しかし、ファンの心の奥では、いつも健太郎への想いが燃え続けていた。
「こんなに素晴らしい世界ができたよ、健太郎」
夜空を見上げながら呟いた。
「君にも見せてあげたいな」
星が瞬いている。その星の光が、健太郎のいる世界にも届いているかもしれない。
「もう少し待って。必ず会いに行くから」
世界統一皇帝となったファン。しかし、その心の中で一番大切なのは、今でも健太郎への愛だった。
小さな犬の大きな愛は、世界を統一した今でも、変わることなく燃え続けていた。
帰るって言っているのに返したくない偉い人達