30話「神格化」
永遠の森への旅は、バハムートの背中で空路を行くことになった。下には、世界中から集まった数十万人の信者たちが見送りの列を作っている。
「すごい人数だな...」
ファンが空から見下ろして呟いた。
「お前がどれだけ愛されているかの証拠だ」
グロウが感慨深げに言った。
地上からは歌声が響いてくる。星牙教の讃美歌を、数十万人が大合唱していた。
「らーらーら〜♪ 星牙様に栄光を〜♪」
「らーらーら〜♪ 永遠に愛を〜♪」
その美しい合唱が、空高くまで届いている。
「みんな、ありがとう」
ファンが小さく手を振ると、地上から大きな歓声が上がった。
数時間の飛行で、ついに永遠の森に到着した。そこは想像を遥かに超える神秘的な場所だった。
「うわあ...」
木々はすべて虹色に輝き、空気自体が光の粒子で満ちている。普通の森とは全く違う、まさに神聖な領域だった。
「ここが永遠の森か」
バハムートも感動していた。
「我でも、こんな場所は初めて見る」
森の奥からは、不思議な音楽が聞こえてくる。楽器の音ではなく、自然そのものが奏でる音楽だった。
「きれいな音だね」
ファンが耳を澄ませた。
「この音楽、どこかで聞いたことがあるような...」
森に足を踏み入れた瞬間、全員が不思議な感覚に包まれた。
「なんだ、この感じは...」
ディアボロスが困惑していた。
「体が軽くなって、心が清らかになるような...」
「浄化の力ですね」
シルフィアが理解した。
「この森自体が聖域なんです」
実際、森に入った途端、みんなの傷や疲れが完全に癒えていた。そして、心の中の迷いや不安も消え去っていた。
「すごい場所だな」
グロウが感嘆した。
「ここなら、世界樹があっても不思議じゃない」
森の中心に向かって歩くこと数時間。ついに、それは現れた。
「あれが...」
全員が言葉を失った。
目の前にそびえ立つのは、高さ1000メートルを超える巨大な樹だった。幹の太さは直径200メートルもあり、枝は雲の上まで伸びている。
樹全体が金色に輝き、葉の一枚一枚が宝石のように美しい。
「世界樹...」
ファンが感動で震えていた。
「本当にあったんだ」
樹の根元には、古代文字で何かが刻まれている。
「なんて書いてあるんだ?」
「『真の愛を持つ者よ、願いを述べよ』とある」
ディアボロスが翻訳した。
ファンが樹の幹に手を触れた瞬間、不思議なことが起きた。樹から温かい光が放たれ、ファンの心に直接語りかけてきた。
『小さき者よ、汝の願いは何か』
「俺は...健太郎の元に帰りたいんです」
ファンが素直に答えた。
『健太郎...汝の愛する者の名か』
「はい。俺を愛してくれた、大切な飼い主です」
『その愛は真実か』
「もちろんです。世界で一番大切な人です」
世界樹の光がより強くなった。
『汝の心を見せよ』
その瞬間、ファンの心の中が世界樹に読み取られた。健太郎との出会い、幸せな日々、別れの悲しみ、再会への願い。すべてが樹に伝わった。
『なるほど...』
世界樹が納得したような響きを見せた。
『汝の愛は確かに真実。純粋無垢な愛じゃ』
「じゃあ、帰る方法を教えてくれるんですか?」
『それについては...申し訳ないが、我にも分からぬ』
「え?」
ファンが驚いた。
『異世界への扉を開く力は、我にはない』
「そんな...」
ファンの期待は裏切られた。
『だが、汝には別の力を授けることができる』
「別の力?」
『神格化じゃ』
「神格化って?」
『汝を真の神とすることじゃ。そうすれば、汝の愛と平和の力を永遠不滅のものとできる』
世界樹が詳しく説明した。
『神となった汝の影響力は、時空を超えて広がる。いつか必ず、愛する者との再会の道も開かれるじゃろう』
「本当ですか?」
『約束はできぬ。だが、可能性は格段に高まる』
「神になるって...どういうことですか?」
『汝の愛と平和の力を、永遠不滅のものとするのじゃ』
世界樹が続けた。
『神となった汝は、世界中の人々の心に直接語りかけることができる』
『争いを止め、愛を育み、平和を守る。それが汝の使命となる』
「でも、俺はただの犬ですよ」
『いや、汝は既に只者ではない』
世界樹が断言した。
『世界を変える力を持ち、数億の人に愛される存在。それは神に等しい』
「星牙、どうする?」
グロウが心配そうに聞いた。
「神になるなんて、想像もつかないな」
「でも、世界樹の言う通りかもしれません」
シルフィアが前向きに言った。
「神になれば、健太郎さんとの再会の可能性も高まります」
「俺もそう思う」
ドゥーガンも同意した。
「星牙なら、きっと立派な神様になれる」
「我も賛成だ」
バハムートとディアボロスも頷いた。
「お前の愛の力を、永遠に世界に残すべきだ」
「それに、神になっても星牙は星牙だ」
グロウが微笑んだ。
「俺たちの大切な仲間であることは変わらない」
「分かりました」
ファンが決意した。
「神格化を受けます」
『よい決断じゃ』
世界樹が満足そうに響いた。
『では、儀式を始めよう』
樹全体が眩しい光に包まれ、ファンの体も同じように輝き始めた。
「うわあ...」
体が浮き上がり、神聖な光に包まれていく。
『汝は今より星牙神なり』
『愛と平和の化身として、永遠に世界を見守るのじゃ』
『そして、いつの日か、汝の愛する者との再会を果たすのじゃ』
神格化が完了すると、ファンの外見は変わらないままだったが、その存在感は神々しいものになっていた。
「どう?変わった感じする?」
「うーん...」
ファンが自分を確かめた。
「体は同じだけど、なんだか世界全体が見えるような気がする」
実際、ファンの意識は拡張され、世界中の人々の心の動きまで感じ取れるようになっていた。
「世界中の人の声が聞こえる...みんな平和を願ってる」
「それが神の力か」
バハムートが感心した。
「すごいな、星牙」
その時、ファンの意識に一つの危機が飛び込んできた。
「大変だ!南の大陸で地震が起きて、多くの人が建物の下敷きになってる!」
「え?そんな遠くのことが分かるのか?」
「うん、はっきりと見える」
ファンが集中すると、その神の力が発動した。
遠く離れた災害現場で、倒壊した建物が持ち上がり、下敷きになった人々が救出された。
「信じられない...」
シルフィアが感動していた。
「本当に神様になったのね」
ファンが神格化された瞬間、世界中の星牙教信者たちが同時に不思議な体験をした。
「星牙様の声が聞こえる...」
「心の中に直接語りかけてくる...」
『皆さん、ありがとう』
ファンの声が、信者たちの心に響いた。
『俺は神になりました。でも、心は変わりません』
『みんなと一緒に、平和な世界を作り続けましょう』
世界中で歓喜の声が上がった。
「さあ、国に帰ろう」
ファンが仲間たちに言った。
「神になったからといって、やることは変わらない」
「そうだな」
グロウが笑った。
「世界皇帝として、やるべきことがたくさんある」
「でも、健太郎のことは諦めてないからね」
ファンが強く言った。
「必ず帰る方法を見つける」
『その意志を失うな』
世界樹が最後に言った。
『真の愛は、必ず道を開く』
バハムートの背中で犬国に向かう途中、ファンは自分の変化を実感していた。
「神になったけど、俺はまだ俺だ」
「当然だ」
ディアボロスが答えた。
「神になったからといって、人格が変わるわけではない」
「ただ、責任が重くなっただけだ」
「そうだね」
ファンが頷いた。
「世界中の人の平和と幸せを守らなければならない」
「でも、一人じゃない」
シルフィアが微笑んだ。
「私たち星牙一家がいます」
「そうだな」
ファンも笑顔になった。
「みんなと一緒なら、どんなことでもできる」
犬国に戻ると、空前絶後の歓迎を受けた。
「星牙神様!」
「お帰りなさい!」
街中の人々が涙を流して喜んでいた。
「神格化おめでとうございます!」
「これで世界は永遠に平和です!」
人々の純粋な喜びに、ファンは心を動かされた。
「みんな、ありがとう」
ファンが挨拶すると、さらに大きな歓声が上がった。
「でも、俺は変わらず皆さんの星牙です」
「だから、今まで通り接してくださいね」
城に戻ったファンは、新たな決意を固めていた。
「世界皇帝として、そして星牙神として、世界の平和を守る」
「そして、健太郎に会う方法も必ず見つける」
「両方とも諦めない」
仲間たちも決意を新たにしていた。
「俺たちも全力で協力する」
「星牙神様の願いを叶えるために」
夜空を見上げながら、ファンは思った。
「健太郎、俺は神になったよ。でも健太郎への愛は変わらない」
「必ず会いに行くから、待っていて」
星牙神として新たなスタートを切ったファン。健太郎への想いを胸に、世界統一という大きな使命に向かっていく。
小さな犬の大きな愛は、神としてさらに大きくなろうとしていた。