29話「新世界秩序」
ファンが目を覚ましたのは、最終決戦から一週間後のことだった。柔らかなベッドの上で、暖かな日差しが頬を照らしている。
「あれ...俺、寝てたのか?」
ぼんやりした意識の中で呟いた。
「ファンちゃん!」
シルフィアが駆け寄ってきた。
「気がついた!みんな!ファンちゃんが目を覚ましたわ!」
続々と仲間たちが集まってきた。グロウ、ドゥーガン、バハムート、ディアボロス。みんなが心配そうにファンを見つめている。
「一週間も眠ってたって?」
「ああ、お前が倒れた時は本当に心配した」
グロウが安堵の表情を見せた。
「医者も『これほど小さな体に、これほど大きな力の反動が来れば...』って」
「でも、大丈夫だったんだね」
ファンがゆっくりと起き上がった。体はまだ少しだるかったが、意識ははっきりしている。
「そういえば、戦争はどうなったんだ?」
「完全に終わった」
バハムートが報告した。
「反星牙同盟の兵士たちは、全員が故郷に帰っていった」
「みんな、星牙教に改宗して、各地で氷結魔法に苦しむ人々を解放する活動を始めている」
シルフィアが続けた。
「それだけじゃない」
ドゥーガンが興奮気味に話した。
「世界中で『星牙革命』が起きてるんだ」
「星牙革命?」
「各国の政府が次々と星牙教を国教として認めている」
ディアボロスが説明した。
「もはや星牙教に反対する勢力は、世界のどこにもいない」
「実は、お前が眠っている間に、世界中から使節団が来ていた」
ゲンクが部屋に入ってきて報告した。
「27カ国から、正式な朝貢使節が」
「朝貢使節?」
「はい。各国が犬国を宗主国として認め、星牙王陛下を『世界皇帝』として推戴したいと」
「世界皇帝って...」
ファンは困惑した。
「そんな大げさな...俺はただの犬だよ」
「でも、現実として世界中があなたを慕っています」
シルフィアが窓の外を指した。
外には、世界各地から来た巡礼者たちの姿があった。その数は数十万人に及んでいる。
「各国の王たちも、直接お会いしたがっています」
外務大臣が入ってきた。
「『星牙王陛下のご指導の下、世界統一を実現したい』と」
「世界統一...」
「はい。もう戦争のない、平和な世界を作りたいと」
確かに理想的な話だった。しかし、ファンの心は複雑だった。
「俺が世界皇帝になったら...」
「どうした?」
グロウが気遣った。
「健太郎の元に帰れなくなるかもしれない」
そこが一番の悩みだった。
数日後、世界各国の王たちが犬国に集結した。27人の王が一堂に会するという、史上初の光景だった。
「星牙王陛下」
ベルフォード王国の王が代表して話し始めた。
「我々は、あなたを世界皇帝として戴きたく参りました」
「世界は長い間、争いに苦しんできました」
グランディア帝国皇帝が続けた。
「しかし、あなたの愛の教えにより、ついに真の平和が訪れました」
「どうか、世界統一皇帝として、永遠の平和をお築きください」
次々と懇願する王たち。その真剣さは本物だった。
「皆さんの気持ちは嬉しいです」
ファンが慎重に答えた。
「でも、俺には条件があります」
「条件?なんでもお聞きします」
「俺は、いずれ元の世界に帰らなければなりません」
王たちがざわめいた。
「元の世界?」
「はい。俺を待っている大切な人がいるんです」
ファンが健太郎のことを説明すると、王たちは感動していた。
「なんと愛深い...」
「だからこそ、あなたは真の皇帝にふさわしい」
「では、一時的な統治でも構いません」
ベルフォード王が提案した。
「あなたがおられる間だけでも、世界統一を」
ファンは悩んだ末、条件付きで世界皇帝位を受諾した。
「分かりました。でも、俺が帰る前に、新しい統治システムを作りましょう」
「新しいシステム?」
「はい。一人の皇帝に頼るのではなく、みんなで協力して統治するシステムです」
ファンの提案により、世界初の「多国籍民主評議会」が設立された。各国の代表が参加し、話し合いで物事を決める仕組みだった。
「これなら、俺がいなくても平和が続くでしょう」
世界統一政府の最初の政策は、全世界での「多種族共生法」の制定だった。
「どの種族も平等に扱われ、差別を受けない」
「異種族間の結婚も自由」
「各種族の文化と伝統を尊重する」
犬国で成功した政策が、世界規模で実施された。
また、「世界共通語」として星牙教の教えが使われ、「愛と平和の理念」が世界中に浸透した。
統一政府の効果は劇的だった。
「国境がなくなったことで、貿易が活発になりました」
「技術交流も進んで、各地で革新的な発明が」
「治安も劇的に改善しています」
数ヶ月で、世界は見違えるほど平和で豊かになった。
しかし、ファンの心には別の思いがあった。
「そういえば、世界樹の情報は見つかったか?」
ファンがディアボロスに尋ねた。
「実は...」
ディアボロスが意味深な表情を見せた。
「世界統一により、これまでアクセスできなかった古文書が見つかった」
「本当?」
「ああ。伝説の『永遠図書館』が発見されたのだ」
「永遠図書館?」
「世界のあらゆる知識が集められた図書館だ。そこに世界樹の詳細な記録があるという」
ファンの心が躍った。ついに、健太郎の元に帰る手がかりが見つかったのかもしれない。
数日後、ファンたちは永遠図書館に向かった。それは世界の果て、誰も足を踏み入れたことのない場所にあった。
「すごい...」
図書館は巨大な水晶でできており、中には無数の本が浮遊していた。
「この中に世界樹の情報が?」
「ここにあるはずだ」
ディアボロスが古代語で書かれた文献を読み上げた。
「『世界樹は異世界を繋ぐ扉なり。ただし、真の愛を持つ者のみがその力を借りることができる』」
「真の愛...」
ファンが呟いた。
「俺の健太郎への愛は、真の愛かな?」
「間違いない」
バハムートが断言した。
「お前ほど純粋に誰かを愛している存在を、我は知らない」
さらに調べると、世界樹の正確な位置が判明した。
「北の大陸の最奥地、『永遠の森』の中心部」
「そこに高さ1000メートルの巨大な樹があるという」
「1000メートル!?」
「その樹の根元に、異世界への扉があるそうだ」
ついに見つかった。健太郎の元に帰る道が。
「よし、行こう」
ファンが決意を固めた。
「でも...」
シルフィアが寂しそうに言った。
「本当に帰ってしまうのですね」
「ああ」
ファンが頷いた。
「でも、忘れないよ。みんなとの思い出は、一生の宝物だ」
出発前、ファンは世界中に向けてメッセージを送った。
「皆さん、ありがとうございました」
「俺は間もなく、元の世界に帰ります」
世界中の人々が悲しみ、涙を流した。
「でも、皆さんが作り上げた平和な世界は続きます」
「愛と平和の心を忘れずに、みんなで協力して、素晴らしい世界を作り続けてください」
「俺も、向こうの世界で皆さんのことを思っています」
最後のメッセージに、世界中の人々が感動していた。
「準備はできた?」
グロウが確認した。
「うん。でも、みんなと別れるのは寂しいな」
「俺たちも同じ気持ちだ」
「でも、お前の幸せが俺たちの幸せだから」
シルフィアも涙を拭いながら微笑んだ。
「健太郎さんによろしくお伝えください」
「うん、必ず伝える」
ついに、健太郎の元に帰る時が来た。長い冒険の最後の章が、始まろうとしていた。
「みんな、最後まで一緒に来てくれるかな?」
「当然だ」
「世界樹まで、みんなで行こう」
星牙一家の最後の冒険が、今、始まろうとしていた。
「健太郎、もうすぐ会えるからね。待っていて」
ファンの心は、希望と興奮でいっぱいだった。