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28話「星牙王の咆哮」

 夜明けと共に、北の地平線に異様な光景が現れた。白銀に輝く軍勢が、まるで氷河のようにゆっくりと南下してくる。


「反星牙同盟軍、視認!」


 見張り台から叫び声が響いた。


「総勢3万!完全武装です!」


 城壁に上がったファンは、その光景に息を呑んだ。兵士たちは皆、青白い鎧に身を包み、表情は仮面のように無感情だった。


「すごい迫力だな...」


 グロウが呟いた。


「あれが氷結魔法の効果か。完全に感情を凍らせている」


 確かに、敵軍からは人間らしい温かさが全く感じられなかった。まるで氷でできた人形の軍団のようだった。


 敵軍の先頭から一騎の使者が現れた。全身を氷の鎧で覆い、顔は氷の仮面で隠している。


「星牙王に告ぐ」


 使者の声は、氷のように冷たく響いた。


「我らは反星牙同盟。この世界から星牙の邪悪な影響を完全に排除するために来た」


「邪悪な影響って...」


 ファンが困惑した。


「俺たちは平和に暮らしてるだけなのに」


「平和だと?」


 使者が嘲笑した。


「貴様の魅力で世界中の人間を洗脳し、支配しているくせに」


「洗脳なんてしてない!」


「嘘をつけ。貴様の存在そのものが、人類への脅威だ」


 使者が最後通告を読み上げた。


「1時間以内に無条件降伏し、自害せよ。従わなければ、この国の全住民を氷漬けにする」


「氷漬けって...」


 ファンが震え声で聞いた。


「氷結魔法の最終形態です」


 ディアボロスが説明した。


「生きたまま氷の中に閉じ込められ、永遠に苦しみ続けることになる」


「そんな...」


「だから我らには、貴様の可愛らしい魅力も通用しない」


 使者が続けた。


「我らの心は完全に凍っている。愛も憎しみも感じない」


 確かに、使者を見ても何の感情も湧いてこない。まるで機械と話しているような感覚だった。


 使者が去った後、犬国軍が結集した。正規軍500人、元大同盟軍1万人、星牙教信者4万人。総勢4万5千人の大軍だった。


「数では負けていない」


 グロウが鼓舞した。


「みんな、星牙のために戦う意志は固い」


「でも、相手は感情がない」


 シルフィアが心配した。


「ファンちゃんの魅力が通用しないとなると...」


「大丈夫」


 ファンが決意を込めて言った。


「魅力が通用しないなら、別の方法で戦う」


「別の方法?」


「俺の本当の力を見せる時が来たのかもしれない」


 ファンの瞳に、強い光が宿っていた。


 1時間後、反星牙同盟軍の攻撃が開始された。氷の魔法が大地を凍らせ、冷気が戦場を覆った。


「うわあ!寒い!」


 犬国軍の兵士たちが震え上がった。


「氷の矢だ!避けろ!」


 空から降り注ぐ氷の矢に、多くの兵士が倒れた。


「くそ!普通の攻撃が効かない!」


 グロウが剣で氷の兵士を斬ったが、すぐに氷で修復されてしまった。


「やはり厄介だな」


 バハムートのブレス攻撃でも、氷の軍団は溶けては固まりを繰り返した。


「みんな、下がって!」


 ファンが前に出た。


「俺がやる」


「星牙、危険だ!」


「大丈夫」


 ファンが深呼吸した。


「今まで使ったことのない力があるんだ」


 前の戦いでレベルが上がり新しいスキルを授かっていた。


『緊急モード発動準備:【星牙王の真なる力】』


『警告:この力は使用者に大きな負担をかけます』


「構わない」


 ファンが決意を固めた。


「みんなを守るためなら」


「きゅおおおおおおおん!」


 ファンの咆哮が戦場に響き渡った。しかし、これまでの【守護の咆哮】や【闇の可愛さ】とは全く違っていた。


 音波そのものが可視化され、金色の光となって広がっていく。その光に触れた氷の兵士たちが、次々と動きを止めた。


「なんだ?魔法が解けている?」


 氷の鎧が割れ、中から普通の人間の兵士たちが現れた。


「あ、あれ?ここはどこだ?」


「俺は何をしていたんだ?」


 氷結魔法が完全に解除されていた。


「暖かい...」


 解放された兵士たちが涙を流していた。


「長い間、何も感じることができなかった」


「喜びも悲しみも、愛も憎しみも...全て氷に閉ざされていた」


「でも今は...心が暖かい」


 兵士たちがファンを見つめた瞬間、その可愛らしさに心を奪われた。


「なんて愛らしい...」


「この小さな存在が、俺たちを解放してくれたのか」


 次々と武器を捨てる兵士たち。氷結魔法から解放された彼らは、ファンの魅力に抗うことができなかった。


「馬鹿な!なぜ氷結魔法が!」


 反星牙同盟の総司令官が狼狽していた。


「部下たちよ!惑わされるな!」


 しかし、司令官の声はもう届かなかった。


「司令官、あなたも氷結魔法を解いてください」


 元部下たちが懇願した。


「感情のない世界は辛すぎます」


「愛を感じたいんです」


「断る!」


 司令官が氷の魔法を最大出力にした。


「氷結魔法こそが完璧な世界を作る!感情など不要だ!」


「みんな、下がって」


 ファンが司令官と一対一で向き合った。


「君も辛いんじゃないの?」


「何?」


「感情を凍らせるのって、とても辛いことだと思う」


 ファンが優しく話しかけた。


「愛する人の笑顔も、美しい景色も、美味しい食べ物も、何も感じられないなんて」


「そんなものは不要だ!」


 司令官が氷の槍を放った。


 しかし、ファンの金色のオーラがそれを溶かした。


「君にも、昔愛した人がいたんじゃない?」


「やめろ...」


 司令官の氷の仮面に亀裂が入った。


「家族や恋人や友達...」


「やめろと言っている!」


「みんなを守るために強くなろうとして、感情を捨てたんじゃない?」


「...」


 司令官の動きが止まった。


「でも、君が守ろうとした人たちは、感情のない君を本当に愛せるかな?」


 ファンの言葉が、氷に閉ざされた記憶を呼び覚ました。


「娘よ...許してくれ...」


 司令官の仮面が完全に砕けた。


 中から現れたのは、涙を流す中年の男性だった。


「俺は...俺は娘を守るために...」


「感情を捨てて、強くなろうとした」


「でも、娘は言ったんだ。『お父さんの笑顔が見たい』って」


「俺は...俺は何をしていたんだ...」


 司令官が膝をついて泣き崩れた。


「大丈夫」


 ファンが司令官に近づいた。


「今からでも遅くないよ。娘さんの元に帰って、笑顔を見せてあげて」


「でも、俺は...」


「過ちを犯した人でも、愛する人は許してくれる」


 ファンの優しい言葉に、司令官は救われた。


「ありがとう...星牙王」


 こうして、最後の戦いも終わった。武力ではなく、愛の力によって。


「これで本当に終わったのか?」


 グロウが信じられない様子で聞いた。


「ああ、もう敵はいない」


 ファンが微笑んだ。


「世界は平和になった」


 3万人の元敵兵たちが、星牙教に改宗した。そして、それぞれの故郷に帰って、氷結魔法に苦しむ人々を解放する使命を負った。


「星牙様の愛を、世界中に伝えます」


「必ず平和な世界を作ります」


 彼らの決意は固かった。


「やったね、みんな」


 ファンが仲間たちを見回した。


 しかし、その小さな体は激しく震えていた。


「星牙!」


 シルフィアが駆け寄った。


「大丈夫?」


「ちょっと疲れただけ」


 ファンが笑おうとしたが、その場に倒れてしまった。


「星牙王の真なる力」を使った反動が、小さな体を襲っていた。


「星牙!しっかりしろ!」


 仲間たちの声が遠くなっていく中、ファンは意識を失った。


 しかし、その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


 ついに世界に真の平和をもたらしたのだから。


 そして今度こそ、健太郎の元に帰る時が来たのだから。


「健太郎...待っていて...俺、やったよ...」


 小さな呟きと共に、小さな王様は深い眠りに落ちていった。


 世界を変えた星牙王の最大の戦いが、ついに幕を閉じたのだった。

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