27話「最終戦争前夜」
大同盟軍の投降から一週間が過ぎた。犬国の城下町は、改宗した元敵兵たちと星牙教信者たちで溢れかえっていた。
「こんなに人が増えるなんて思わなかった」
ファンが城の窓から街を見下ろしていた。
「推定15万人です」
ゲンクが報告した。
「元々の住民が1万人だったことを考えると...」
「15倍か...」
住宅不足、食料不足、様々な問題が噴出していた。しかし、人々の表情は明るかった。
「星牙様と同じ国で暮らせるなんて夢のようです」
「毎日星牙様のお顔を拝見できて幸せです」
新住民たちの熱烈な信仰心は、時として重荷にも感じられた。
「各国の情勢はどうなってるんだ?」
ファンが外務大臣に尋ねた。
「非常に複雑です」
外務大臣が困った表情で答えた。
「大同盟に参加した12カ国は、いずれも国内が混乱状態にあります」
軍の主力部隊が星牙教に改宗してしまったため、各国の軍事バランスが崩れていた。
「兵士の半分以上を失った国もあります」
「国内では星牙教信者と政府軍の衝突が頻発しています」
「そんなことに...」
ファンは心を痛めた。
「俺が原因で争いが起きてる」
「いえ、陛下の責任ではありません」
しかし、すべての国が星牙教の影響を受けたわけではなかった。
「『反星牙同盟』が結成されました」
情報部長が報告した。
「反星牙同盟?」
「はい。星牙教の影響を受けなかった国々が新たに結束しています」
地図上で示されたのは、大陸の北端と東端に位置する国々だった。
「ノルディック王国、アイスランド公国、フローズン帝国...」
「寒冷地の国ばかりですね」
シルフィアが気づいた。
「そうです。どうやら寒冷地の住民は、星牙様の魅力の影響を受けにくいようです」
興味深い発見だった。
「反星牙同盟の戦力はどの程度だ?」
グロウが軍事的観点から質問した。
「総兵力約3万。寒冷地特有の強靭な戦士たちです」
「それに、彼らは『氷結の魔法』を得意とします」
「氷結の魔法?」
「心を凍らせる魔法です。感情を麻痺させ、魅力や感動を無効化します」
これは厄介な能力だった。ファンの最大の武器である魅力が通用しない可能性があった。
「つまり、今度こそ本当の戦争になるかもしれないということか」
バハムートが厳しい表情で言った。
「恐らく、最後の戦いになるでしょう」
「また戦争か...」
ファンが溜息をついた。
「平和になったと思ったのに」
「星牙、お前は悪くない」
ディアボロスが慰めた。
「世界を変えることは、簡単ではないのだ」
「でも、俺は戦いたくない」
「分かっている。しかし、向こうから攻めてくる」
実際、反星牙同盟は既に南進を開始していた。
「氷の軍団」と呼ばれる彼らは、感情を排した冷徹な戦士たちだった。
「迎撃の準備を進めましょう」
軍事顧問が提案した。
「今度は15万人の信者がいます。数では負けていません」
しかし、ファンは複雑だった。
「信者の人たちを戦わせるのは...」
「陛下、我々は喜んで戦います」
元敵兵だった新住民の代表が申し出た。
「星牙様のためなら命も惜しくありません」
「でも、君たちには家族もいるだろう」
「だからこそです。星牙様が作られた平和な世界を、子供たちに残したいのです」
その真摯な言葉に、ファンは胸を打たれた。
夜、ファンは仲間たちと静かに過ごしていた。
「これが最後の戦いになるのかな」
「そうかもしれないな」
グロウが答えた。
「反星牙同盟を倒せば、もう敵はいなくなる」
「そうしたら、世界は平和になるね」
「ああ、お前の理想とする世界になる」
シルフィアが微笑んだ。
「多種族が共存する、争いのない世界ですね」
しかし、ファンの表情は晴れなかった。
「でも、俺にはまだやるべきことがある」
「健太郎のことか」
バハムートが理解した。
「ああ。世界が平和になったら、健太郎の元に帰りたい」
「世界樹の手がかりは?」
「まだ見つからない」
ファンが悲しそうに答えた。
「でも、諦めない。必ず帰る方法を見つける」
「我々も協力する」
ディアボロスが約束した。
「お前の願いを叶えるまで、我々も諦めない」
「みんな...」
ファンは感動していた。
「よし、最後の戦いだ」
ファンが立ち上がった。
「今度こそ、本当に世界を平和にしよう」
「おう!」
「はい!」
仲間たちも気合を入れた。
「でも、できれば戦わずに解決したいな」
「無理だろうな」
グロウが苦笑いした。
「相手は感情を凍らせた連中だ。話し合いは通用しない」
「それでも試してみる」
ファンの平和への意志は揺らがなかった。
「最後まで、愛で解決する道を探すよ」
翌朝、斥候からの報告があった。
「反星牙同盟軍、南進継続中!」
「現在位置は?」
「国境まであと二日です!」
「分かった。全軍戦闘準備!」
グロウが指揮を執った。
城下町では、15万人の住民が避難準備を始めた。しかし、多くの人が戦いに参加する意志を示していた。
「星牙様のために戦わせてください」
「私たちも星牙軍の一員です」
決戦前夜、ファンは一人で庭を散歩していた。
「健太郎...」
星空を見上げながら呟いた。
「もうすぐ最後の戦いだよ。これが終われば、きっと世界は平和になる」
「そうしたら、君の元に帰る方法を必ず見つける」
「だから、待っていて」
夜風が頬を撫でていく。同じ風が、健太郎のいる世界も吹いているかもしれない。
「俺、こんなに大きくなったよ」
ファンが自分の成長を振り返った。
「ダンジョンに落ちた時は、ただの迷子の犬だった。でも今は、一国の王で、15万人の信者がいる」
「でも、心は変わってない。健太郎を愛する気持ちは、一番最初と同じだよ」
「星牙」
シルフィアが近づいてきた。
「一人で悩まないでください」
「ありがとう、シルフィア」
「私たちは家族ですから」
続いて、グロウ、ドゥーガン、バハムート、ディアボロスも集まってきた。
「みんな...」
「明日は大変な戦いになる」
グロウが真剣な表情で言った。
「でも、俺たちがいる限り、お前は一人じゃない」
「必ず勝って、お前を健太郎の元に送り届けてやる」
「グロウ...」
ファンは涙ぐんだ。
「ありがとう。みんながいてくれるから、俺は頑張れる」
「よし、明日は全力で戦おう」
ファンが拳を握った。
「世界平和のために、そして健太郎に胸を張って会えるように」
「おう!」
「はい!」
「ガウガウ!」
「グオオ!」
「ぷるぷる〜♪」
みんなが気合を入れた。
「でも、無理はしないでね」
ファンが心配そうに言った。
「みんなも俺にとって大切な家族だから」
「分かってる」
シルフィアが微笑んだ。
「私たちもファンちゃんに会えて幸せでした」
「会えてって...まだ終わってないよ」
「そうですね」
みんなが笑った。
明日は史上最後の戦いが始まる。氷の軍団との最終決戦。
果たして、ファンは愛の力で世界に真の平和をもたらすことができるのだろうか。
そして、愛する健太郎の元に帰ることはできるのだろうか。
運命の日は、もうすぐそこまで来ていた。
「健太郎、俺、必ず帰るからね」
星に向かって誓うファンの声が、静かな夜に響いていた。