25話「大同盟」
神聖同盟軍撤退から一ヶ月が過ぎた。ファンの力のコントロール訓練も順調に進み、仲間たちとの関係も少しずつ元に戻りつつあった。
「今日は上手くできたね、星牙」
バハムートが修行場で褒めてくれた。
「うん、だいぶ慣れてきた」
ファンが満足そうに答えた。闇の可愛さを最小レベルで発動させ、すぐに収束させることができるようになっていた。
「その調子だ。あと少しで完全にコントロールできるようになる」
しかし、そんな平穏な時間は長く続かなかった。
「陛下!緊急事態です!」
斥候が慌てて駆け込んできた。
「どうした?」
「大軍が接近しています!前回の倍以上の規模です!」
ファンの表情が険しくなった。
城壁から見える光景は、前回を遥かに上回る規模だった。地平線の向こうまで続く軍勢、無数の旗、巨大な攻城兵器。
「あれは...」
グロウが愕然とした。
「少なくとも5万はいる」
「5万...」
ファンが呟いた。
「前回の神聖同盟軍じゃない。もっと大きな組織だ」
老人が望遠鏡で確認していた。
「旗印から判断すると...12カ国以上の連合軍です」
「12カ国!?」
シルフィアが驚いた。
「そんなに多くの国が...」
やがて使者がやってきた。前回とは比べものにならない威厳を持った男だった。
「犬国王星牙に告ぐ」
使者が高らかに宣言した。
「我らは『対星牙大同盟』!12カ国、総兵力5万の正義の軍団である!」
「対星牙大同盟?」
ファンが困惑した。
「そんな名前をつけられても...」
「貴様の邪悪な力に恐怖した各国が結束したのだ!」
使者が続けた。
「もはや話し合いの余地はない。無条件降伏か、完全殲滅か、選ぶがいい」
「なぜそこまで俺たちを恐れるんですか?」
ファンが純粋に疑問を投げかけた。
「恐れる?」
使者が嘲笑した。
「恐れているのではない!正義のために戦うのだ!」
「でも、俺たちは平和に暮らしてるだけです」
「平和だと?」
使者の表情が歪んだ。
「貴様の恐ろしい力で世界を支配しようとしているのは明らかだ!」
「そんなつもりは...」
「先月の戦闘で、我が同盟軍を恐怖で震え上がらせた!その悪魔の力を見た者は皆、貴様の脅威を理解した!」
使者の言葉から、世界がファンをどう見ているかが明らかになった。
「各国の王は震えている!いつ貴様が攻めてくるかと!」
「攻めるつもりなんてないのに...」
「嘘をつけ!あれほどの力を持ちながら、征服欲がないはずがない!」
完全に誤解されていた。ファンの平和主義は信じてもらえず、むしろ策略だと思われている。
「貴様が存在する限り、世界に平和は訪れない!」
使者が最後通牒を読み上げた。
「24時間以内に無条件降伏せよ。従わなければ、5万の軍勢で完全に殲滅する!」
使者が去った後、緊急会議が開かれた。
「5万対500...」
軍事顧問が青ざめていた。
「いくらなんでも差がありすぎます」
「バハムート様とディアボロス様がいても、この数は...」
「陛下の闇の可愛さがあれば」
「でも前回みたいに逃げてくれるかどうか」
今回の敵は前回の失敗を研究しているはずだった。
「対策を練ってきている可能性が高い」
バハムートが分析した。
「恐らく、星牙の力に対抗する手段を用意している」
「他国に援軍を要請しましょう」
外務大臣が提案した。
「ルミナリア帝国のデモニウス王なら...」
しかし、斥候からの報告は絶望的だった。
「ルミナリア帝国も包囲されています」
「え?」
「大同盟の一部がルミナリア帝国を牽制しています。援軍は期待できません」
「他の友好国は?」
「皆、大同盟を恐れて中立を宣言しています」
完全に孤立していた。
「でも、星牙教の信者たちが各地で抗議活動を...」
「それも鎮圧されました」
情報部長が報告した。
「各国で星牙教が非合法化され、信者たちは逮捕されています」
「そんな...」
ファンは愕然とした。
「俺を慕ってくれた人たちが...」
「100万人いた信者も、今では地下に潜るか、信仰を棄てるかしかない状況です」
ファンの心は深く傷ついた。自分のせいで多くの人が苦しんでいる。
その夜、城の前に大勢の国民が集まった。
「陛下!」
「私たちは最後まで戦います!」
「星牙王陛下のためなら命も惜しくありません!」
国民の声に、ファンは涙ぐんだ。
「みんな...でも、相手は5万です」
「数など関係ありません!」
「陛下がいてくださるなら、私たちは無敵です!」
国民の忠誠心は本物だった。しかし、だからこそファンは苦しかった。
「俺一人のせいで、みんなが危険にさらされてる」
ファンが部屋で一人呟いた。
「俺がいなくなれば、みんなは平和に暮らせるのかな」
「何を考えている」
バハムートが入ってきた。
「そんな顔をするな」
「でも...」
「お前がいなくなっても、問題は解決しない」
バハムートが諭した。
「今度は、『星牙の亡き後、その遺志を継ぐ者たち』として迫害される」
「そうなの?」
「ああ。彼らが恐れているのは、お前の力だけじゃない。お前が示した理想そのものだ」
「つまり、戦うしかないということか」
ディアボロスも加わった。
「我もそう思う」
「でも、勝てるのかな」
「分からん」
バハムートが正直に答えた。
「しかし、戦わずして負けるわけにはいかない」
「そうですね」
シルフィアも現れた。
「私たちには守るべきものがあります」
「この国の平和、多種族共生の理想、そして何より...」
「何より?」
「ファンちゃんの夢です」
シルフィアが微笑んだ。
「健太郎さんの元に帰るという夢を、私たちも叶えたいんです」
「みんな...」
ファンは感動していた。
「俺のために、そんなに...」
「当然だ」
グロウも現れた。
「俺たちは家族だからな」
「ドゥーガンも?」
「もちろんだ!星牙のためなら、最高の武器を作ってやる!」
「ガウガウ!」(みんなで戦う!)
「グオオ!」(負けない!)
魔物の仲間たちも集まってきた。
「ぷるぷる〜♪」
ブルまでも戦う意志を見せている。
「よし、なら全力で準備しよう」
ファンが決意を固めた。
「5万の敵に勝つ方法を考えよう」
「無茶な作戦になりそうだな」
グロウが苦笑いした。
「でも、俺たちならできる」
「そうだ。不可能を可能にするのが星牙一家だからな」
みんなが笑った。絶望的な状況だが、不思議と希望が見えてきた。
翌日の夕方、5万の大軍が犬国を完全包囲した。
「明日、史上最大の戦いが始まる」
ファンが城壁から敵軍を見つめた。
「健太郎、俺、頑張るよ」
心の中で愛する飼い主に語りかけた。
「みんなを守って、この国を守って、そして必ず君の元に帰る」
「勝てる気がするか?」
バハムートが聞いた。
「分からない」
ファンが正直に答えた。
「でも、やるしかない」
夜空に星が瞬いていた。その星の一つが、健太郎のいる世界を照らしているかもしれない。
「待っていて、健太郎。俺は絶対に諦めない」
決戦を前にした静かな夜。小さな犬の大きな愛が、明日への希望を支えていた。
世界を敵に回しても、守るべきものがある。それが星牙王ファンの信念だった。
史上最大の戦いが、ついに始まろうとしていた。