24話「王の苦悩」
戦争に勝利してから一週間が経った。犬国は平和を取り戻したものの、城内には微妙な緊張感が漂っていた。
ファンは王座の間に一人で座っていた。いつもなら仲間たちが気軽に話しかけてくるのに、今日は誰も近づいてこない。
「おかしいな...」
ファンが首をかしげた。
「みんな、俺を避けてるような気がする」
確かに、家臣たちはファンに話しかける時、以前よりも距離を置いている。まるで何かを恐れているかのように。
「陛下、報告書をお持ちしました」
ゲンクが恭しく近づいてきた。しかし、その足取りは明らかにぎこちなかった。
「ゲン爺ありがとう。でも、そんなに畏まらなくてもいいよ」
ファンがいつものように言ったが、ゲンクは緊張したままだった。
「いえ、陛下には畏敬の念を持って接しなければ...」
「星牙、調子はどうだ?」
グロウがやってきたが、その表情も以前とは違っていた。
「グロウ!久しぶりだね」
ファンが嬉しそうに駆け寄ろうとすると、グロウは無意識に一歩下がった。
「あ...」
その瞬間、ファンは気づいた。グロウが自分を恐れていることを。
「俺、何か悪いことした?」
「いや、そういうわけじゃない」
グロウが慌てて否定した。
「ただ...その...」
言葉に詰まるグロウを見て、ファンの心は沈んだ。
「俺の力が怖いの?」
「怖いというか...」
グロウが苦しそうに答えた。
「あの時の星牙は、俺たちの知ってる星牙とは別の存在のようだった」
夕方、庭を散歩していたファンの前にシルフィアが現れた。
「ファンちゃん、お話があります」
「うん、何?」
「実は...私たち、少し怖いんです」
シルフィアが正直に打ち明けた。
「あの時のあなたの力は確かに素晴らしかった。でも...」
「でも?」
「あまりに強大すぎて、私たちには理解できないレベルだったんです」
シルフィアの目には涙が浮かんでいた。
「あなたはまだ私たちの愛しいファンちゃんです。でも、心のどこかで恐れてしまう自分がいるんです」
「シルフィア...」
ファンは悲しくなった。大切な仲間からも恐れられてしまったのだ。
街に出ると、国民の反応も変わっていた。
「星牙王陛下だ!」
人々が道の両側に並んで深々と頭を下げた。しかし、その姿勢からは親しみよりも畏怖が感じられた。
「おはよう、みんな」
ファンが気軽に挨拶しても、誰も顔を上げようとしない。
「陛下の偉大なお力を拝見させていただき、恐縮です」
「我々のような者が、陛下と気軽に話すなど...」
以前のような温かい交流は消えていた。
「そんなことないよ。俺はみんなと同じ普通の犬だから」
「とんでもございません!」
人々が慌てて否定した。
「陛下は神に等しいお方です!」
「我々が触れてはならない存在です!」
城に戻ったファンは、一人で部屋にこもった。
「みんな...俺から離れていく」
ベッドの上で丸くなりながら呟いた。
「強くなったのに、なんで寂しくなるんだろう」
戦争に勝って、国を守った。みんなを救った。なのに、心はとても空虚だった。
「健太郎...」
ファンは愛する飼い主の顔を思い浮かべた。
「健太郎は俺が強くなっても、同じように愛してくれるかな」
不安が心を覆った。もし健太郎まで自分を恐れるようになったら...
「考えたくない...」
ファンは頭を振って、嫌な想像を払い除けようとした。
その時、バハムートとディアボロスがやってきた。
「星牙、元気がないな」
「みんなが俺を恐れてる...」
ファンが素直に悩みを打ち明けた。
「仲間だと思っていたのに、距離を置かれてしまった」
「それは仕方がないことだ」
バハムートが優しく言った。
「我も昔、同じ経験をした」
「バハムートも?」
「ああ。力が強すぎると、他者との間に見えない壁ができてしまう」
ディアボロスも頷いた。
「我が魔王だった頃も、誰も我に近づこうとしなかった」
「じゃあ、俺もこれからずっと一人なの?」
「そうとは限らない」
バハムートが希望を込めて言った。
「真の絆は、恐怖を超える」
「でも、どうやって?」
ファンが尋ねると、ディアボロスが答えた。
「まず、自分の力を理解し、制御することだ」
「制御?」
「ああ。今のお前は力に翻弄されている。力を使うのではなく、力に使われているんだ」
「どういう意味?」
「闇の可愛さは、お前の感情に反応して発動する」
バハムートが説明した。
「怒りや悲しみが強すぎると、勝手に発動してしまう」
「それを意識的にコントロールできるようになれば、周りも安心する」
確かに、前回は仲間が傷つけられた怒りで無意識に発動していた。
「やってみる」
ファンが決意した。
翌日から、ファンは力のコントロール訓練を始めた。
城の奥の修行場で、バハムートとディアボロスが指導にあたった。
「まず、自分の感情を客観視することから始めよう」
「感情を客観視?」
「怒りや悲しみを感じた時、『今、自分は怒っている』と冷静に認識するんだ」
最初は難しかった。感情が高ぶると、すぐに闇の可愛さが発動してしまう。
「きゅう...」
低い鳴き声と共に、威圧的なオーラが漂った。
「だめだ...まだコントロールできない」
「焦るな。時間をかけて習得するものだ」
バハムートが励ました。
「我も千年かかった」
一週間の修行で、少しずつ進歩が見られた。
「今度は、怒りを感じても発動を抑えられたぞ」
「素晴らしい」
ディアボロスが称賛した。
「次は、意識的に軽い威圧感だけを出してみろ」
ファンが集中すると、ごく軽い威圧感だけが発生した。
「できた!」
「そうだ。その調子だ」
少しずつだが、力をコントロールできるようになってきた。
しかし、仲間たちとの関係修復は簡単ではなかった。
「星牙、修行はどうだ?」
グロウが様子を見に来たが、まだぎこちなさが残っていた。
「少しずつ上達してるよ」
「そうか...それは良かった」
会話が続かない。以前のような気軽なやり取りができなくなっていた。
「グロウ、俺...変わっちゃったのかな」
「いや、そういうわけじゃ...」
「正直に言ってよ」
ファンが真剣に見つめると、グロウは困った表情をした。
「変わったというより...大きくなりすぎたんだ」
「大きく?」
「存在として、だ。俺たちが気軽に話しかけられるレベルを超えてしまった」
その夜、ファンは一人で考えた。
「俺は王なんだ」
今更ながら実感した。
「王は、時として孤独な存在なのかもしれない」
健太郎の元にいた頃は、ただの愛されるペットだった。しかし今は一国の王であり、絶大な力を持つ存在だった。
「でも、俺は変わりたくない」
ファンが心の奥で思った。
「みんなと仲良くしていたい。健太郎とも、昔のように過ごしたい」
「なら、努力するしかない」
自分に言い聞かせた。
「力をコントロールして、みんなが安心できるようになろう」
翌朝、ファンは仲間たちを集めた。
「みんな、聞いてほしいことがある」
「なんでしょう、陛下」
シルフィアが緊張した様子で答えた。
「俺は変わらない。昔のファンのままでいたい」
「でも、力が...」
「力はコントロールする。みんなが怖がらないように」
ファンの真剣な表情に、仲間たちも心を動かされた。
「だから、時間がかかってもいいから、また昔のように接してほしい」
「星牙...」
グロウの目に涙が浮かんだ。
「俺たちも努力する。お前を恐れないように」
「ありがとう」
ファンが笑顔を見せた。その笑顔は、昔の愛らしいファンそのものだった。
「よし、まずは昔のように一緒にご飯を食べよう」
「そうですね」
シルフィアも笑顔になった。
「私、ファンちゃんの好きなクッキーを焼きます」
「やったー!」
ファンが嬉しそうに跳ねた。その瞬間、みんなの表情が和らいだ。
確かに時間はかかるだろう。でも、真の絆があれば、きっと乗り越えられる。
「健太郎、俺、頑張ってるよ」
心の中で愛する飼い主に報告した。
「みんなと仲良くして、力もちゃんとコントロールできるようになる」
「そして、いつか必ず君の元に帰るからね」
小さな王様の新たな挑戦が始まった。絶大な力と、大切な人たちとの絆。両方を手にするための長い道のりが、今、スタートしたのだった。
助すけたのに棚に置いて、人は態度をころっと変える生き物




