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23話「闇の可愛さ」

「みんなを傷つけるなあああああ!」


 ファンの叫び声が城全体を震わせた。その瞬間、彼の小さな体から禍々しいオーラが立ち上った。


 いつもの愛らしい金色の瞳が、深い紫色に変わっている。茶色と白の美しい毛は銀色に輝き、まるで月光のような神秘的な光を放っていた。


「な、なんだこれは...」


 敵兵たちが後ずさりした。


 ファンはまだ小さくて可愛らしい犬の姿をしていた。しかし、その可愛さには今まで感じたことのない恐ろしさが込められていた。


『緊急モード発動:【闇の可愛さ】習得』


『効果:敵対者に絶対的恐怖を与える』


『副効果:味方の戦闘能力大幅向上』


「きゅう...」


 ファンが小さく鳴いた。しかし、その鳴き声は今までの愛らしいものとは全く違っていた。


 聞く者の魂を凍らせるような、恐怖に満ちた声だった。


「ひ、ひいいい...」


 敵兵たちが恐怖で震え上がった。


 可愛い子犬の鳴き声のはずなのに、まるで死神の囁きのように聞こえる。


「逃げろ!逃げろ!」


「化け物だ!」


 精鋭部隊だったはずの敵兵たちが、我先にと逃げ出した。


 城内から逃げ出した敵兵たちの恐怖は、城外の軍勢にも伝染した。


「何があった!?」


「星牙が...星牙が化け物になった!」


「可愛い顔で笑いながら、恐ろしい目で見つめてくる!」


 敵兵たちは錯乱状態だった。


 実際には、ファンは何もしていない。ただそこにいるだけで、敵に絶対的な恐怖を与えていた。


「きゅーん♪」


 城壁に現れたファンが、いつものように首をかしげて鳴いた。


 しかし、その仕草を見た神聖同盟軍の兵士たちは、完全にパニックに陥った。


「悪魔だ!悪魔の子だ!」


「あの可愛さは罠だ!魂を抜き取る気だ!」


 1万5千の大軍が、小さな一匹の犬を恐れて動揺している。


「何をやっている!たかが犬一匹に!」


 ヴァルハイム王国の司令官が激怒した。


「犬だと?あれが普通の犬に見えるのか!」


 部下の将校が反論した。


「あの目を見たら、戦う気力が完全に失せる!」


「馬鹿な!そんなはずが...」


 司令官が望遠鏡でファンを見た瞬間、顔が青ざめた。


「こ、これは...」


 確かに愛らしい子犬だった。しかし、その存在感は圧倒的な恐怖を与えてくる。


「撤退だ!」


「え?」


「全軍撤退!すぐに離脱しろ!」


 司令官の命令に、副官が困惑した。


「しかし、戦況は互角です!」


「互角だと?あんな化け物相手に戦えるか!」


 一方、犬国軍には正反対の効果が現れていた。


「すげぇ...体が力に満ち溢れてる」


 グロウが拳を握りしめた。


「星牙の力で、俺たちが強くなってる」


「傷も治ってきました」


 シルフィアが起き上がった。さっきまでの負傷が嘘のように回復している。


「星牙様の力だ!」


「我らが王の真の力だ!」


 犬国軍の士気は最高潮に達していた。


 ファンの闇の可愛さは、敵には恐怖を、味方には勇気と力を与えていた。


「今だ!一気に攻めろ!」


 グロウが指揮を執った。


 強化された犬国軍が反撃に転じた。一兵が十兵の働きをし、圧倒的劣勢だった戦況が一気に逆転した。


「うおおお!」


 オーガたちが雄叫びを上げながら突撃する。


「えい!」


 エルフたちの魔法矢が次々と敵を貫く。


「やったー!」


 ドワーフたちの投石が正確に敵陣を破壊する。


 神聖同盟軍は完全に戦意を失っていた。


「逃げろ!」


「あの化け物から離れろ!」


 1万5千の軍勢が、小さな犬から逃げ惑っている光景は、まさに異様だった。


 しかし、当のファン自身は困惑していた。


「みんな、なんで逃げるんだろう?」


 ファンには、自分の変化がよく分からなかった。鏡を見ても、いつもと同じ可愛い犬に見える。


「俺、そんなに怖い顔してる?」


「いえ、とても可愛いです」


 シルフィアが答えた。


「でも...何というか...」


「何というか?」


「神々しいというか...畏れ多いというか...」


 シルフィアも上手く表現できずにいた。


 実際、ファンの外見は以前と変わらない。しかし、その存在感は圧倒的に変化していた。


 空からバハムートが降りてきた。


「星牙...お前、とんでもない力を手に入れたな」


「とんでもない力?」


「ああ。我でさえ、今のお前には畏怖を感じる」


 千年を生きる古竜でさえ、今のファンを前にすると緊張していた。


「我も同感だ」


 ディアボロスも近づいてきた。


「我が魔王だった頃でも、これほどの威圧感はなかった」


「でも俺、何も変わってないよ?」


 ファンが首をかしげると、二人の巨大な存在が無意識に身を引いた。


「全軍、撤退!撤退だ!」


 神聖同盟の司令官たちが次々と退却命令を出した。


「作戦を練り直す!」


「あの化け物への対策を考えろ!」


 1万5千の軍勢が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「あれ?帰っちゃうの?」


 ファンが寂しそうに見送った。


 その表情すらも、敵兵たちには恐ろしい悪魔の微笑みに見えていた。


「うわあああ!振り返るな!絶対に振り返るな!」


「やったー!勝った!」


「神聖同盟軍を追い払った!」


 犬国軍と国民が歓喜の声を上げた。


「星牙王万歳!」


「我らが王に勝利を!」


 しかし、その声には以前とは違う響きがあった。愛情に加えて、畏怖の念が込められていた。


「みんな、なんだか距離を置いてる気がする...」


 ファンが不安そうに呟いた。


「そんなことありません」


 シルフィアが慰めた。


「ただ、あなたの力があまりに偉大すぎて...」


 確かに、国民たちはファンを見つめる目が変わっていた。愛らしい王様から、畏れ多い絶対的存在への変化。


 夜になって、ファンの体から闇の可愛さのオーラが消えた。瞳も元の金色に戻り、毛色も元の茶色と白に戻った。


「あ、元に戻った」


 ファンがほっとした。


「でも、疲れたな...」


 強大な力を使った反動で、ファンは深い疲労感に襲われていた。


「星牙、大丈夫か?」


 グロウが心配そうに近づいてきた。


「うん、ちょっと疲れただけ」


「今日はゆっくり休め」


「そうするよ」


 しかし、ファンの心には複雑な気持ちがあった。


「星牙の力、すごかったな...」


 夜、仲間たちは複雑な表情で話し合っていた。


「ああ、敵を一掃するほどの力だった」


「でも、ちょっと怖かった」


 シルフィアが正直に言った。


「ファンちゃんは変わらないファンちゃんなんだけど...」


「分かる」


 ドゥーガンも頷いた。


「あの時の星牙は、俺たちの知ってる星牙とは違う存在のようだった」


「力が強すぎるのも、考えものだな」


 グロウが溜息をついた。


「星牙本人が一番戸惑ってるだろう」


 翌朝、偵察隊からの報告があった。


「神聖同盟軍は完全に撤退しましたが...」


「しかし、各地で星牙王への恐怖が広まっているようです」


「恐怖?」


 ファンが驚いた。


「はい。『星牙は恐ろしい化け物だった』という噂が...」


「そんな...」


 ファンは悲しくなった。平和のために戦ったのに、恐れられてしまった。


「でも、犬国の国民は陛下を慕っています」


「そうですが、他国では...」


 新たな問題が浮上していた。強大すぎる力は、時として恐怖を生む。


 ファンの闇の可愛さは確かに勝利をもたらした。しかし、それは同時に新たな孤立への道でもあった。


 小さな犬が手に入れた絶対的な力。それが彼にとって本当に幸せなことなのか、まだ誰にも分からなかった。


「健太郎...俺、こんなに強くなったよ。でも、これでいいのかな...」


 夜空を見上げながら、ファンは愛する飼い主に語りかけた。勝利の夜は、どこか寂しい響きを持っていた。

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