22話「拡大する脅威」
正午の鐘が鳴り響いた瞬間、神聖同盟軍の攻撃が始まった。1万の軍勢が一斉に犬国の国境に向かって進軍を開始する。
「来るぞ!」
城壁の上から見張りが叫んだ。
地平線を埋め尽くす敵軍の姿に、守備兵たちの顔が青ざめた。しかし、誰も逃げようとはしなかった。
「みんな、怖がらなくていい」
ファンが城壁に立った。小さな体だったが、その存在感は軍勢全体を包み込んでいた。
「俺たちには正義がある。平和を守るために戦うんだ」
「星牙王陛下!」
兵士たちから歓声が上がった。
「陛下と共に戦えることを光栄に思います!」
「犬国万歳!」
士気は最高潮に達していた。
神聖同盟軍の第一波が城壁に到達した。はしごをかけ、攻城兵器を押し上げ、魔法攻撃を仕掛けてくる。
「迎撃開始!」
グロウが指揮を執った。
「ドワーフ部隊、投石準備!」
「エルフ部隊、魔法矢発射!」
「オーガ部隊、突撃!」
各種族の特性を活かした連携攻撃が始まった。ドワーフの精密な投石がはしごを破壊し、エルフの魔法矢が敵の魔法使いを沈黙させ、オーガの突撃が攻城兵器を叩き潰した。
「すげぇ!連携が完璧だ!」
「やるじゃないか、犬国軍!」
敵軍も犬国軍の強さに驚いていた。
しかし、数的不利は明らかだった。
戦況が厳しくなった時、空から巨大な影が現れた。
「バハムート!」
ファンが嬉しそうに叫んだ。
古竜が翼を広げて敵軍上空に現れると、敵兵たちは恐怖に震えた。
「ド、ドラゴンだ!」
「伝説の古竜バハムート!」
バハムートのブレス攻撃が敵の一部隊を吹き飛ばした。
「我が友ファンに手を出す者は許さん!」
バハムートの威圧的な声が戦場に響いた。
敵軍は一時的に混乱したが、すぐに体制を立て直した。
「ドラゴンが一匹いるだけだ!数で押し切れ!」
神聖同盟の司令官たちが兵を鼓舞した。
地上では、ディアボロスが暗黒魔法を駆使して敵軍と戦っていた。
「我が昔の名は魔王ディアボロス!」
ディアボロスが宣言すると、敵兵たちは震え上がった。
「魔王だと!?」
「なぜ魔王が犬国にいる!?」
「我は今、平和のために戦う!」
ディアボロスの暗黒魔法が敵の陣形を破壊していく。しかし、元魔王といえども1万の軍勢を一人で相手にするのは困難だった。
戦闘が激化する中、ファンは城の内部で苦しんでいた。
「みんなが俺のために戦ってる...」
窓の外では、仲間たちが血を流しながら戦っている。
「俺ももっと何かできるはずなんだ」
【魅惑の可愛さ】や【天使の歌声】を使ってみたが、戦闘中の敵軍には効果が薄かった。
「戦争では俺の力は役に立たないのか...」
ファンは自分の無力さに絶望していた。
その時、城の外で大きな歓声が上がった。
「援軍だ!援軍が来た!」
ファンが急いで城壁に上がると、信じられない光景が広がっていた。
数千人規模の軍勢が神聖同盟軍の側面を攻撃していたのだ。
「あの旗は...」
「ルミナリア帝国軍です!」
シルフィアが報告した。
「デモニウス王が援軍を送ってくれたのです!」
確かに、黒い旗を掲げた軍勢が神聖同盟軍と交戦していた。
「デモニウス!」
ファンが感動した。
しかし、神聖同盟も黙っていなかった。
「第二軍、第三軍も投入する!」
アスガルド帝国の司令官が命令した。
「犬国を完全に包囲しろ!」
東西南北から、新たな軍勢が現れた。総兵力は1万5千を超えていた。
「まだ隠し玉があったのか...」
グロウが歯ぎしりした。
「これでは、いくら援軍が来ても...」
状況は再び絶望的になった。
そんな中、各地で星牙教徒たちが立ち上がった。
「星牙様をお守りしろ!」
「神聖同盟を許すな!」
ベルフォード王国では、星牙教徒が政府軍と衝突した。
グランディア帝国でも、大規模なデモが発生した。
「星牙様に手を出すな!」
「平和を守れ!」
神聖同盟各国の国内で、同時多発的な騒乱が起きていた。
「まずい...後方が騒がしくなってきた」
神聖同盟の司令官たちも焦り始めた。
「犬国そのものを叩くより、星牙を捕えた方が早いのでは?」
オリンポス公国の司令官が提案した。
「確かに。星牙がいなくなれば、犬国も星牙教も瓦解する」
「よし、精鋭部隊で星牙の誘拐を試みよう」
神聖同盟は新たな作戦を開始した。
夜陰に乗じて、忍者のような装束の兵士たちが城に潜入を試みる。
「侵入者だ!」
城の警備兵が発見したが、既に十数名の敵兵が城内に入り込んでいた。
「星牙王はどこだ!」
敵兵たちがファンを探して城内を駆け回った。
「陛下をお守りしろ!」
城の衛兵たちが必死に戦った。
廊下や階段で激しい戦闘が繰り広げられる。
「こっちです、陛下!」
ゲンクがファンを安全な場所に避難させようとしたが、そこにも敵兵が現れた。
「見つけたぞ!星牙だ!」
「捕えろ!生け捕りにしろ!」
敵兵たちがファンに迫った。
その瞬間、シルフィアが現れた。
「ファンちゃんに手を出させません!」
魔法の矢が敵兵を貫いた。
「シルフィア!」
続いてドゥーガンも駆けつけた。
「星牙を守るのが俺たちの使命だ!」
戦闘用ハンマーが敵兵を吹き飛ばした。
「ガウガウ!」(星牙王を守る!)
「グオオ!」(誰にも渡さない!)
ガルやグラグも勇敢に戦った。
小さな魔物たちだったが、ファンを守ろうとする気持ちは誰よりも強かった。
しかし、敵の精鋭部隊は強力だった。
「うぐ...」
シルフィアが傷を負って倒れた。
「シルフィア!」
ファンが駆け寄ろうとしたが、その前に敵兵が立ちはだかった。
「観念しろ、星牙!」
「お前を捕えれば、この戦争は終わるんだ!」
敵兵の剣がファンに向けられた。
「やめろ!」
ドゥーガンが庇おうとしたが、間に合わない。
ファンの目の前で、大切な仲間たちが傷つけられていく。
「みんな...みんながやられてしまう...」
ファンの心に、今まで感じたことのない感情が湧き上がってきた。
怒り。
深い、深い怒りだった。
「やめろおおお!」
ファンの叫び声が城内に響いた。
その瞬間、ファンの周りの空気が変わった。
「な、なんだ...?」
敵兵たちが困惑した。
ファンの可愛らしい表情が、何か恐ろしいものに変わり始めていた。
愛らしい瞳に、暗い光が宿る。
「みんなを...みんなを傷つけるな...」
ファンの声が低く、威圧的になった。
可愛さの中に、得体の知れない恐怖が混じり始めている。
「星牙...?」
倒れたシルフィアが心配そうにファンを見つめた。
「ファンちゃん...?」
しかし、ファンはもう普通のファンではなかった。
大切な仲間を傷つけられた怒りが、彼の可愛さを恐ろしい力へと変貌させようとしていた。
小さな犬の心に眠っていた、もう一つの力が目覚めようとしていた。それは愛の裏側にある、守るための怒りの力だった。
戦争は新たな局面を迎えようとしていた。ファンの真の力が解放される時が、ついにやってきたのだった。




