21話「侵略の始まり」
翌朝早く、犬国の城門に一騎の使者が現れた。立派な馬に乗り、複数国の連合旗を掲げている。城の衛兵に案内されて謁見の間に通された使者は、傲慢そうな表情を浮かべた中年の男だった。
「犬国王、星牙とやらに面会を求める」
使者が尊大な態度で言った。
「俺がファンだ」
ファンが前に出ると、使者は一瞬驚いた表情を見せた。
「本当に犬が王だったのか...」
「何の用で来た?」
グロウが警戒しながら尋ねた。
「我らは『神聖同盟』の使者である」
使者が胸を張った。
「ヴァルハイム王国、アスガルド帝国、オリンポス公国、ユグドラシル連邦、そしてエーデル王国の5カ国による正義の同盟だ」
「正義の同盟?」
ファンが首をかしげた。
「そうだ。我らは、この大陸に蔓延する邪悪な思想を撲滅するために結成された」
「邪悪な思想って何のことだ?」
「決まっている。星牙教とやらいう異端の宗教と、魔物との共存などという不自然な思想だ」
使者の言葉に、ファンは驚いた。
「魔物と人間は本来敵対するもの。それを無理やり共存させるなど、神の意に反する行為だ」
「でも、みんな仲良く暮らしてるよ」
ファンが抗議した。
「それこそが問題なのだ!」
使者が声を荒げた。
「貴様の邪悪な魔力によって、善良な人々が洗脳されているのだ!」
「洗脳って...」
ファンは困惑していた。
「神聖同盟は、貴様に最後の機会を与える」
使者が巻物を広げた。
「即座に王位を放棄し、星牙教を解散し、魔物どもを追放せよ」
「そんなことできるわけないだろ」
グロウが怒りを込めて言った。
「みんなで築き上げた平和を壊すなんて」
「平和だと?」
使者が嘲笑した。
「魔物と人間が共存するなど、偽りの平和に過ぎん」
「この要求を拒否すれば、1万の軍勢で貴様らを殲滅する」
使者の脅しに、謁見の間が重い沈黙に包まれた。
「考える時間をやろう。3日後の正午までに返答せよ」
使者が去った後、すぐに緊急会議が開かれた。
「どう思いますか、皆さん」
ファンが重い口調で尋ねた。
「無茶苦茶な要求だ」
ドゥーガンが憤慨していた。
「平和に暮らしているだけなのに、なぜ攻められなければならない」
「恐らく、我々の成功を妬んでいるのでしょう」
シルフィアが分析した。
「多種族共生が成功すれば、他国の既存体制が否定されてしまいますから」
「つまり、政治的な理由か」
バハムートが理解した。
「宗教や正義を名目にしているが、実際は権力争いということだな」
「我が国の戦力はどの程度だ?」
ファンが軍事顧問に尋ねた。
「正規軍は500名です」
「500対1万...」
数的不利は明らかだった。
「しかし、質では負けていません」
軍事顧問が続けた。
「バハムート様、ディアボロス様という圧倒的な戦力がありますし、各種族の特殊能力を組み合わせれば...」
「でも俺は戦争をしたくない」
ファンがはっきりと言った。
「まずは外交で解決する方法を考えよう」
「他国に仲裁を頼むのはどうでしょう?」
外務大臣が提案した。
「我々と平和条約を結んでいる国々に協力を求めるのです」
「それはいいアイデアだ」
ファンが目を輝かせた。
「早速、使者を派遣しよう」
しかし、現実は厳しかった。翌日帰ってきた使者たちの報告は絶望的だった。
「どの国も協力を拒否しました」
「なぜだ?」
「神聖同盟を恐れているようです」
「それと...」
使者が言いにくそうに続けた。
「いくつかの国では、『星牙の影響力が強すぎる』という意見もありました」
「そんな...」
ファンは愕然とした。
街では不安が広がっていた。
「戦争になるのでしょうか?」
「私たちはどうなるのですか?」
人々がファンの周りに集まってきた。
「大丈夫です」
ファンができるだけ明るく答えた。
「必ず平和的に解決します」
しかし、その声には以前ほどの確信が感じられなかった。
「陛下を信じています」
「私たちも戦います」
国民の支援の声に、ファンは胸が熱くなった。
星牙教の指導者たちも緊急集会を開いた。
「神聖同盟は我々を異端と呼んでいます」
「しかし、我々の教えは愛と平和です」
「星牙様をお守りしなければなりません」
全大陸に100万人いる星牙教徒たちが、各地で抗議デモを行った。
「星牙様を守れ!」
「平和を守れ!」
「神聖同盟は偽善者だ!」
しかし、これがかえって神聖同盟の怒りを買うことになった。
2日目の夕方、再び使者がやってきた。
「貴様らの信者どもが各地で騒動を起こしているな」
「それは...」
「やはり貴様は危険な存在だ。明日の正午、最終回答を聞こう」
使者はそれだけ言って立ち去った。
「どうする、星牙?」
グロウが心配そうに聞いた。
「まだ諦めない」
ファンが決意を固めた。
「直接神聖同盟の指導者たちに会って話をしよう」
「危険すぎます」
シルフィアが反対した。
「でも、これが最後のチャンスかもしれない」
その夜、ファンは密かに敵陣に向かった。バハムートの背中に乗り、ディアボロスの隠蔽魔法で姿を隠して。
「本当に大丈夫か?」
バハムートが心配した。
「分からない。でも、やってみる価値はある」
神聖同盟の本陣は、犬国から数キロ離れた丘の上にあった。5カ国の旗がはためき、無数の天幕が並んでいる。
「あそこが司令部テントだ」
ファンが指差した最大のテントに向かって降下した。
テントの中では、5カ国の司令官たちが作戦会議を開いていた。
「明日の正午に攻撃開始だ」
「魔物どもを一匹残らず駆除する」
「星牙とかいう化け物も捕えて処刑だ」
その時、ファンが姿を現した。
「こんばんは」
司令官たちは驚愕した。
「な、なんだ貴様は!」
「俺はファン。犬国の王だ」
「星牙だと!?なぜここに!?」
「話し合いをしに来た」
ファンが堂々と答えた。
「話し合いだと?笑わせるな」
ヴァルハイム王国の司令官が剣を抜いた。
「今すぐ捕えろ!」
しかし、兵士たちは動けなかった。ファンの可愛らしさに見とれてしまったのだ。
「あの...どうして俺たちが邪悪だと思うんですか?」
ファンが素直に聞いた。
「決まっている!魔物と人間は敵同士だ!」
「でも、俺の仲間たちはとても優しいよ」
「それが洗脳だ!」
「洗脳じゃありません」
ファンがきっぱりと否定した。
「みんな、自分の意志で仲良くしてるんです」
ファンの純真な言葉に、司令官たちは動揺していた。
「こんな小さな存在が、本当に邪悪なのか?」
「でも、魔物と共存するなど...」
「なぜダメなんですか?」
ファンが首をかしげた。
「みんなが幸せになれるのに」
その瞬間、ファンの魅力が最大限に発揮された。司令官たちの心が揺らいだ。
「こんなに可愛い存在が悪いはずが...」
しかし、その時だった。
「惑わされるな!」
アスガルド帝国の司令官が叫んだ。
「これこそが悪魔の手口だ!可愛い姿で人を騙すのだ!」
他の司令官たちも我に返った。
「そうだ!騙されるところだった!」
「やはり危険な存在だ!」
「捕えろ!今すぐに!」
司令官たちが命令した瞬間、バハムートとディアボロスが現れた。
「星牙から離れろ!」
「我の友に手を出すな!」
混乱の中、ファンたちは何とか脱出に成功した。
「だめだった...」
ファンは落ち込んでいた。
「話し合いでは解決できない」
「相手の心が完全に閉ざされている」
バハムートも諦めかけていた。
「もう戦うしかないのか...」
犬国に戻ると、全軍に戦闘準備命令が下された。
「明日、戦争が始まる」
ファンが国民に向けて演説した。
「俺は最後まで平和的解決を望んでいました。でも、それは叶いませんでした」
「でも、私たちの平和な暮らしを守るために、戦わなければなりません」
国民から決意に満ちた声が上がった。
「陛下と共に戦います!」
「犬国を守ります!」
「星牙様のために!」
その夜、仲間たちは最後の作戦会議を開いた。
「明日からは本当の戦いだ」
グロウが真剣な表情で言った。
「相手は1万。我々は500」
「数では不利ですが、我々には絆があります」
シルフィアが力強く言った。
「星牙を中心とした、誰にも負けない絆が」
「我も全力で戦おう」
ディアボロスが決意を固めた。
「平和を守るための戦いなら、我に迷いはない」
「みんな...」
ファンは感動していた。
「ありがとう。俺も覚悟を決める」
小さな犬の目に、強い決意の光が宿っていた。
翌日、犬国史上初の大規模戦争が始まろうとしていた。愛と平和を願う小さな犬と、1万の軍勢との戦い。
果たして、奇跡は起こるのだろうか。




