表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

2話「運命の出会い」

「あ...あ...」


 オーガの男は言葉を失った。目の前で瞬きする小さな生き物の瞳が、あまりにも美しく、愛らしかったからだ。琥珀色に輝く大きな瞳、ふわふわの茶色と白の毛、小さく震える鼻先。全てが彼の心をワンパンしていた。


(なんだこの気持ちは...胸がドキドキして、この小さな生き物を守らなければという気持ちになる)


 オーガは自分の変化に戸惑っていた。今まで戦うことしか知らなかった彼が、初めて「可愛い」という感情を知った瞬間だった。


 一方、ファンもゆっくりと意識を取り戻していた。


「う、うーん...ここは...?」


 頭がくらくらする。体のあちこちが痛かった。でも、幸い大きな怪我はないようだ。ファンはゆっくりと立ち上がろうとした。


「あ、無理しちゃだめだ!」


 突然、太く低い声が響いた。ファンは驚いて声の主を見上げた。


 そこには身長2メートルを超える巨大な男が立っていた。筋骨隆々とした体に、浅黒い肌。短く刈り上げた髪に、鋭い目つき。牙が下あごから少し出ている。典型的なオーガの特徴だった。


「うわあああ!」


 ファンは飛び上がった。オーガだ!怖い!食べられる!


 本能的に後ずさりしようとしたが、足がもつれて倒れそうになった。


「あぶない!」


 オーガは慌ててファンを支えた。大きな手で優しく小さな体を受け止める。


「大丈夫か?怪我はないか?」


 その声は意外にも優しかった。ファンは恐る恐るオーガの顔を見上げた。確かに怖そうな見た目だが、目はとても優しい。


「え...っと...」


 ファンは困惑した。このオーガは自分を食べようとしていないようだった。それどころか、心配してくれているようだった。


「お、俺はファンだ!お前は...?」


 勇気を振り絞って自己紹介をした。小さな声だったが、はっきりと言葉になっていた。


 オーガは驚いた。この小さな犬が人間の言葉を話している!


「話せるのか!?」


 オーガが目を丸くした。ファンも自分が話せていることに驚いていた。


「あ、あれ?お、俺の声が...」


 今まで「ワンワン」としか鳴けなかったのに、なぜか人間の言葉で話せている。しかも相手にちゃんと通じている。


「不思議だな...でも、俺はグロウだ。オーガのグロウ」


 グロウと名乗ったオーガは、ファンの前にしゃがみ込んだ。巨体のオーガがしゃがんでも、ファンよりずっと大きかった。


「グロウ...さん?」


「グロウでいいぞ。それより、ファンはなんでここに?空から落ちてきたが...」


「あ、それは...」


 ファンは先ほどの出来事を思い出した。華蔵寺公園での散歩、健太郎との平和な時間、そして突然の落下。


「健太郎!健太郎はどこだ!?」


 急に不安になって辺りを見回した。しかし、薄暗い石造りの空間には自分とグロウしかいない。


「健太郎?それは誰だ?」


「俺の飼い主だ!一緒にいたんだ!散歩していて、急に地面が割れて...」

「健太郎!健太郎!」


 ファンが涙をながしながら叫ぶ。健太郎と離ればなれになってしまった現実が徐々に理解できてきた。


「飼い主...そうか、お前にも大切な人がいるのか」


 グロウは優しい声で呟いた。そのまま小さなファンを見つめていると、また胸がドキドキしてきた。


「ここは...どこなんだ?」


 ファンが不安そうに呟いた。


「ここはダンジョンの第一階層だ。地下迷宮と呼ばれる場所だな」


「ダンジョン?」


「ああ。魔物が住む迷宮で、冒険者たちが探索しに来る場所だ。俺もその魔物の一匹ってところかな」


 グロウは苦笑いを浮かべた。でも、どこか寂しそうだった。


「魔物...でも、グロウは悪い奴じゃなさそうだな」


 ファンは率直な感想を述べた。見た目は確かに恐ろしいが、話してみると優しい性格だということが分かった。


「ふふ、そうか。お前は変わった奴だな、ファン」


 グロウの顔に初めて笑顔が浮かんだ。その瞬間、ファンはグロウの牙がきらりと光るのを見た。


「あ...」


 グロウはファンの笑顔に見入っていた。小さな口元から覗く小さな犬歯が、まるで星のようにきらめいて見えた。


「ちっこいのに、牙がキラッと光ったぞ。まるで星みたいだ...」


 グロウはぽろっと呟いた。


「星...牙だな!」


「え?」


 ファンは首をかしげた。


「いや、なんとなくそう思ったんだ。お前の小さな牙が星みたいに光って見えて...星牙って感じかな」


 グロウは照れくさそうに頭をかいた。


「星牙?お、俺の名前はファンだぞ!」


 ファンは慌てて訂正した。でも、グロウはその抗議の仕方も可愛いと思ってしまった。


「ハハ、分かってる。でも星牙って響きもいいだろう?」


「うーん...」


 ファンは考え込んだ。確かに悪くない響きだった。星みたいに光るなんて、なんだかかっこいい。


「まあ、グロウが勝手に呼ぶのは自由だけど...」


「そうか!じゃあ時々星牙って呼ばせてもらうぞ」


 グロウは嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、ファンも悪い気はしなかった。


「それより、俺はどうやって帰ればいいんだ?健太郎が心配してる」


 ファンの表情が急に暗くなった。愛する飼い主のことを思うと、胸が締め付けられるように痛かった。


「帰る...そうか、お前は元の世界に帰りたいのか」


 グロウも真剣な表情になった。


「ダンジョンから出る方法はある。だが...簡単じゃない」


「どんな方法だ?」


 ファンは身を乗り出した。


「ダンジョンの最深部にいるボスを倒すことだ。そうすれば出口が現れる」


「ボス?」


「とても強い魔物だ。俺一人では到底かなわない」


 グロウは困った顔をした。でも、この愛らしい小さな生き物を助けてあげたいという気持ちが強くなってきた。


 その時、ファンが上目遣いでグロウを見上げた。


「グロウ...」濡れた目の中に星が瞬き愛らしがあふれでる。


 心臓が掴まれたようにキュンとした。その瞬間、グロウの心は完全に決まった。この小さくて愛らしい生き物のためなら、なんでもしてあげたい。命だって惜しくない。


「俺が...俺がお前を守る!」


 グロウは突然立ち上がった。そして片膝をついてファンの前にひざまずいた。


「え?グロウ?」


「俺はこの小さなお前に忠誠を誓う!お前が故郷に帰れるまで、この命に代えても守り抜く!」


 グロウの声は真剣だった。今まで誰にも仕えたことのないオーガが、初めて誰かに忠誠を誓った瞬間だった。


「ちょ、ちょっと待てよ!そんな大げさな...」


 ファンは慌てた。まだ出会ったばかりなのに、なぜこのオーガは自分にそこまでしてくれるのだろう。


「大げさじゃない。俺はお前を見た瞬間、運命を感じたんだ。この胸の高鳴りは、お前を守れという神の啓示に違いない!」


 グロウは熱弁を振るった。完全にファンの可愛さに心を奪われていた。


「神の啓示って...」


 ファンは苦笑いした。でも、グロウの真っ直ぐな目を見ていると、この気持ちが本物だということが分かった。


「ありがとう、グロウ。でも、そんなに畏まらないでくれ。俺たちは友達だろう?」


 ファンは小さな前足をグロウの大きな手に乗せた。


「友達...そうか、俺に友達が...」


 グロウの目に涙が浮かんだ。今まで一人ぼっちだった彼にとって、初めてできた大切な存在だった。


「ああ!俺たちは相棒だ!一緒にダンジョンを攻略して、俺は健太郎の元に帰る!」


「相棒...いい響きだな、星牙」


「だから俺の名前はファンだって!」


 二人の掛け合いが薄暗いダンジョンに響いた。運命的な出会いから始まった、長い冒険の第一歩だった。


 ファンはまだ知らなかった。自分の可愛さがこの世界でどれほどの影響力を持つのかを。そして、この出会いが後に一つの国を誕生させることになるとは、夢にも思っていなかった。


 薄暗いダンジョンの中で、小さな犬と大きなオーガの友情が静かに芽生えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ