18話「平和な日々」
犬国建国から三ヶ月が過ぎた。かつて小さな辺境の街だったフォレストヘイムは、今や美しい都市へと発展していた。様々な種族が共に働き、共に笑い、共に暮らしている。
「おはようございます、陛下」
朝の散歩に出たファンに、街の人々が次々と挨拶をしてくる。
「おはよう。今日も元気そうだね」
ファンが返事をすると、皆が嬉しそうに微笑んだ。
「オーガさん、今日の建築工事はどう?」
「順調だぞ、陛下」
建設現場で働くオーガが誇らしげに答えた。
「ドワーフの技術とエルフの魔法を組み合わせたら、予想以上に上手くいってる」
「それは素晴らしい」
ファンが感心した。
市場では、様々な種族が商売をしていた。
「新鮮な野菜だよー!」
人間の農夫が野菜を売っている。
「魔法の武器はいかが?」
ドワーフの鍛冶屋が立派な武器を並べている。
「美味しいスライムゼリーだっぷる〜♪」
ブルが特製のゼリーを販売していた。これが意外に人気商品だった。
「みんな生き生きしてるな」
ファンは満足そうに街を見回していた。
「陛下!」
シルフィアが駆け寄ってきた。今はファンの秘書のようなことをしている。
「大変です!大使館から緊急の連絡が!」
「大使館?」
城に戻ると、大勢の使節団が待っていた。ベルフォード王国、グランディア帝国、エルフの森の国、そして他にも十数カ国からの代表者たちだった。
「星牙王陛下」
ベルフォード王国の大使が前に出た。
「我が国王より親書をお預かりしております」
「どの国も同じです」
グランディア帝国の使者も続いた。
「犬国の素晴らしい統治について、各国が非常に興味を持っております」
ファンは困惑していた。
「えーっと...具体的にはどんな?」
「多種族共生政策についてです」
エルフの森の使者が説明した。
「どの国でも種族間の争いが問題になっています。しかし、犬国では完璧に解決されている」
「その秘訣を教えていただきたいのです」
「秘訣って言われても...」
ファンは首をかしげた。
「特別なことはしてないよ。みんなで仲良くしてるだけ」
「それが一番難しいことなのです」
大使たちが口々に言った。
「我が国では、人間とエルフが対立して...」
「我が国では、ドワーフとオーガが争って...」
「みんなの悩みは同じなんだな」
ファンが理解した。
「じゃあ、みんなで話し合ってみよう」
「話し合い?」
「そう。問題があるなら、一緒に解決方法を考えよう」
数日後、犬国の城で史上初の「多種族平和会議」が開催された。各国の代表者と、犬国の各種族の代表者が一堂に会した。
「それでは、会議を始めます」
ファンが議長を務めた。
「まず、皆さんの国ではどんな問題がありますか?」
「我が国では、人間が他の種族を見下しています」
「我が国では、魔物が人里を襲撃します」
「我が国では、種族同士が領土争いをしています」
次々と問題が報告された。
「なるほど。でも、犬国でも最初は同じような問題があったんだ」
ファンが経験を話し始めた。
「最初は、みんな疑心暗鬼だった」
グロウが証言した。
「オーガである俺が、こんな小さな存在を守るなんて、他のオーガは理解できなかった」
「私も同じです」
シルフィアも続けた。
「エルフとして、他の種族と対等に接するなんて考えられませんでした」
「俺も、他の種族を信じられなかった」
ドゥーガンも経験を語った。
「でも、星牙と一緒にいるうちに、心が変わっていった」
各国の代表者たちは興味深く聞いていた。
「どうやって心を変えたのですか?」
「一緒に過ごす時間を増やしたんです」
シルフィアが答えた。
「最初は警戒していても、一緒にご飯を食べたり、話をしたりしているうちに、相手も自分と同じように感情を持っていることが分かりました」
「具体的な政策はありますか?」
ベルフォード王国の大使が質問した。
「いくつかあります」
ファンが答えた。
「まず、混合居住区を作りました」
「混合居住区?」
「同じ地域に、いろんな種族が住むエリアです」
ドゥーガンが説明した。
「最初は嫌がる人もいたけど、隣同士で助け合ううちに仲良くなった」
「それから、混合職場も作りました」
シルフィアが続けた。
「違う種族同士がチームを組んで働くんです」
「お互いの得意分野を活かせるので、効率も上がります」
「教育制度も重要です」
ファンが力説した。
「子供の頃から、いろんな種族と一緒に学べば、偏見を持たずに育ちます」
「我が国でも導入したいです」
エルフの森の代表が食いついた。
「どんなカリキュラムですか?」
「普通の勉強に加えて、『種族理解』という授業があります」
「種族理解?」
「各種族の文化や特徴を学んで、理解を深めるんです」
ファンが説明した。
「それぞれの種族には、素晴らしい特技があるって分かれば、尊敬し合えるようになります」
「文化交流祭も定期的に開催しています」
グロウが付け加えた。
「オーガの力比べ、エルフの音楽、ドワーフの工芸品展示...みんなで楽しんでる」
「それは素晴らしいアイデアです」
各国の代表者たちが感動していた。
「お互いの文化を知れば、理解も深まりますね」
「そうなんです」
ファンが嬉しそうに答えた。
「最初は『違う』ことを怖がっていたけど、今は『違う』ことを楽しんでます」
「経済面での効果も大きいです」
ゲンクが報告した。
「各種族の特技を活かした分業制で、生産性が3倍になりました」
「3倍!?」
大使たちが驚いた。
「はい。ドワーフは技術、エルフは魔法、オーガは力仕事、人間は農業...それぞれが得意分野を活かせば、全体の効率が上がります」
「税収も増えて、国民の生活も豊かになりました」
「治安面はいかがですか?」
グランディア帝国の代表が質問した。
「犯罪率は建国前の10分の1になりました」
守備隊長が答えた。
「みんなが幸せになったからです」
「幸せな人は、他人を傷つけようとは思いません」
シルフィアが補足した。
「それに、困った時はお互い様という文化ができました」
「お互い様?」
「困っている人がいれば、種族に関係なく助け合うんです」
ファンが説明した。
「だから、一人で抱え込んで犯罪に走る人がいなくなりました」
会議の最後に、各国の代表者たちが決意を表明した。
「帰国したら、すぐに犬国方式を導入します」
「我が国でも、多種族共生政策を始めます」
「定期的に情報交換をしましょう」
ファンは感動していた。
「みんなが平和を望んでくれて、嬉しいです」
「星牙王陛下のおかげです」
「いえ、皆さんの努力があってこそです」
ファンが謙遜した。
「一緒に、平和な世界を作りましょう」
会議が終わり、使節団が帰った夜、ファンは一人で城の屋上にいた。
「今日も充実した一日だったな」
星空を見上げながら呟いた。
「健太郎、見てるかな。俺、こんなに立派になったよ」
「星牙」
バハムートがやってきた。
「一人で何をしているんだ?」
「健太郎のことを考えてた」
ファンが正直に答えた。
「毎日忙しくて楽しいけど、やっぱり健太郎に会いたい」
「そうか。でも、お前は確実に成長している」
バハムートが優しく言った。
「健太郎も、お前のことを誇りに思っているだろう」
「でも、世界樹の情報は全然見つからないね」
ファンが少し寂しそうに言った。
「焦ることはない」
バハムートが慰めた。
「必要な時が来れば、道は開かれる」
「そうかな」
「ああ。今は、この平和な日々を大切にすることが重要だ」
ファンは頷いた。確かに、今の生活も充実している。多くの人が幸せになっている。
「よし、明日も頑張ろう」
ファンが前向きに言った。
「健太郎に胸を張って報告できるような、素晴らしい国を作ろう」
夜風に吹かれながら、小さな王様は明日への希望を胸に抱いていた。平和な日々は続いている。しかし、大きな変化の予兆は、まだ誰にも見えていなかった。
「健太郎、もう少し待っていて。俺はきっと帰るから」
星に向かって呟くファンの声は、夜空に静かに響いていた。