16話「犬国建国」
宿の部屋で、ファンは一睡もできずに窓の外を見つめていた。星空の向こうに健太郎がいる。でも、目の前には助けを求める人々がいる。
「星牙、眠れないのか?」
グロウが心配そうに声をかけた。
「うん...どうすればいいか分からないんだ」
ファンは正直に答えた。
「王になったら、健太郎の元に帰れなくなるかもしれない。でも、王にならなかったら、この人たちがルミナリア帝国に苦しめられ続ける」
「難しい選択だな」
バハムートも起きていた。
「だが、お前らしい悩みだ」
「俺らしい?」
「ああ。自分のことより他人のことを考える。それがお前の一番の美点だ」
バハムートの言葉に、ファンは少し心が軽くなった。
「でも、健太郎も大切なんだ」
「分かってる。だからこそ、お前は苦しんでいるんだろう」
翌朝、街の人々が宿の前に集まっていた。ゲンクを先頭に、男性も女性も、子供たちも皆がファンの答えを待っていた。
「星牙様...」
ゲンクが不安そうに見つめていた。
ファンは深呼吸をして、決意を固めた。
「皆さん、俺の話を聞いてください」
「はい」
人々が静かに耳を傾けた。
「俺は...王になります」
人々から歓声が上がった。
「ありがとうございます!」
「やった!これで私たちは救われる!」
しかし、ファンはまだ話を続けた。
「でも、条件があります」
「条件?」
ゲンクが首をかしげた。
「俺は、いつか必ず元の世界に帰ります」
ファンがはっきりと言った。
「そこに、俺を待ってくれている大切な人がいるからです」
人々の表情が少し不安になった。
「だから、俺が王でいるのは一時的です。いつか帰る時には、新しい王を決めてもらいます」
「それは...いつ頃の話でしょうか?」
「分かりません。一年かもしれないし、十年かもしれません」
ファンは正直に答えた。
「でも、その間は全力で皆さんを守ります。平和で幸せな国を作ります」
ゲンクは仲間たちと相談した後、笑顔で答えた。
「分かりました。一時的でも、星牙様が王になってくださるなら、私たちは幸せです」
その日の午後、街の広場で建国の儀式が行われた。近隣の村からも代表者が集まり、歴史的瞬間を見守っていた。
「それでは、新しい国の名前を決めましょう」
ゲンクが司会を務めた。
「星牙王国というのはいかがでしょうか?」
「いや、ちょっと待って」
ファンが手を上げた。
「俺の本当の名前はファンなんです。だから...」
ファンは少し恥ずかしそうに続けた。
「『犬国』っていうのはどうでしょうか?」
「犬国?」
人々が首をかしげた。
「俺、犬だから。シンプルで分かりやすいでしょ?」
ファンの提案に、最初は戸惑っていた人々だったが、次第に笑顔になっていった。
「確かに分かりやすいですね」
「犬国...いい響きです」
「犬の王様の国。素敵じゃないですか」
「それでは、ここに『犬国』の建国を宣言いたします!」
ゲンクが高らかに宣言した。
「そして、星牙王ファン陛下の戴冠を執り行います!」
人々から大きな拍手が沸き起こった。
簡素な王冠がファンの頭に乗せられた。ドゥーガンが急遽作ってくれた、星の装飾が美しい小さな王冠だった。
「うーん...なんだか変な感じだな」
ファンが苦笑いした。
「王冠って、こんなに重いものなのか」
「それは責任の重さだ」
グロウが真面目に答えた。
「お前は今、この国のすべての人の命を預かったんだからな」
「そう言われると、ますます重く感じるよ」
戴冠式の後、さっそく政治の話し合いが始まった。
「陛下、まずはルミナリア帝国への対策を考えなければなりません」
守備隊長が報告した。
「向こうは必ずまた攻めてきます」
「分かった。でも、俺は戦争はしたくない」
ファンがはっきりと言った。
「え?」
「戦争じゃなくて、話し合いで解決したい」
ファンの提案に、人々は困惑した。
「でも、相手は話し合いに応じるでしょうか?」
「やってみなければ分からない」
ファンは前向きだった。
「俺の力で、向こうの魔物たちを魔王の鎖から解放してあげられるかもしれない」
「では、ルミナリア帝国に使者を送りましょう」
ゲンクが提案した。
「誰が行きますか?」
「俺が行く」
ファンが立ち上がった。
「え?陛下自らが?」
「そうだ。王同士で話し合えば、きっと理解してもらえる」
ファンの提案に、みんなが心配そうな表情をした。
「危険すぎます」
「大丈夫だよ。みんながついてきてくれるから」
ファンが仲間たちを見回した。
「そうだな。俺たちが守る」
グロウが頷いた。
「私たちも一緒に行きます」
シルフィアも同意した。
「決まりだな。明日、ルミナリア帝国に向かおう」
出発の前夜、ファンは街を歩いて回った。国民一人一人と話をしたかったのだ。
「陛下、ありがとうございます」
パン屋の奥さんが涙を流していた。
「おかげで、子供たちが安心して眠れます」
「まだ何もしてないよ」
ファンが謙遜した。
「いえ、陛下がいてくださるだけで、私たちは勇気が湧いてきます」
「星牙様、頑張って!」
子供たちが手を振っていた。
「応援してるからね!」
国民の温かい声援に、ファンは改めて責任の重さを感じていた。
宿に戻ると、仲間たちが待っていた。
「星牙、本当に大丈夫か?」
グロウが心配そうに聞いた。
「ルミナリア帝国は相当手強い相手だぞ」
「分からない」
ファンが正直に答えた。
「でも、やってみなければ分からない。もし話し合いで解決できれば、誰も傷つけずに済む」
「その優しさが、お前の最大の武器だな」
バハムートが感心していた。
「でも、優しさだけでは解決できないこともある」
ディアボロスが現実的なことを言った。
「その時は、俺たちが力になる」
「みんな、ありがとう」
ファンが仲間たちを見回した。
「俺、王になったけど、正直まだ実感がないんだ」
「当然だ。昨日まで普通の冒険者だったんだからな」
グロウが笑った。
「でも、お前にはその資格がある」
「資格?」
「人を愛する心だ。それが一番大切な王の資質だ」
シルフィアが優しく言った。
「そうですね。技術や知識は後から身につけられますが、愛する心は生まれ持ったものです」
「みんな...」
ファンは感動していた。
「俺、頑張る。この国の人たちのために、そしていつか健太郎の元に胸を張って帰るために」
翌朝、出発の準備を整えた一行は、国民に見送られながら犬国を後にした。
「陛下、お気をつけて!」
「必ず戻ってきてください!」
国民の声援を受けて、バハムートの背中に乗った一行は空に舞い上がった。
「ルミナリア帝国か...」
ファンが遠くに見える黒い雲に覆われた土地を見つめた。
「どんな国なんだろう」
「きっと暗くて、悲しい国だと思う」
シルフィアが推測した。
「だからこそ、俺たちが光を持って行かなければならない」
ファンの言葉に、仲間たちは深く頷いた。
新しく生まれた犬国の王として、ファンの新たな試練が始まろうとしていた。果たして、話し合いで平和を築くことができるのだろうか。
小さな犬の大きな愛が、今度は国と国の争いを止めることができるのか。重大な局面を迎えた星牙王ファンの物語は、新しい章へと突入していく。
「健太郎、俺はちゃんと成長してるよ。きっと君も誇りに思ってくれる王様になるから」
空の上で、ファンは愛する飼い主への想いを新たにしていた。