15話「建国への道」
バハムートの背中での空の旅を続けること一週間、ついに北の大陸が見えてきた。南の大陸とは全く違う、雄大な山々と深い森林に覆われた大地だった。
「すごいな...こんなに大きな森があるのか」
ファンが感動していた。
「これがノーザン大陸だ」
バハムートが説明した。
「世界樹があるとされる『永遠の森』は、この大陸の奥地にある」
「永遠の森...」
ファンは希望に胸を膨らませていた。ついに健太郎に帰る手がかりが見つかるかもしれない。
「まずはどこかの街に降りて、情報収集をしよう」
グロウが提案した。
「あそこに街が見える」
シルフィアが下方を指差した。確かに、森の中に小さな街らしきものが見える。
一行が降り立ったのは、フォレストヘイムという小さな街だった。木造の家々が立ち並び、自然と調和した美しい街並みだった。
「ここは静かでいいな」
ファンがほっとした表情を浮かべた。
「南の大陸みたいに騒がれることもないだろう」
しかし、街に入るとすぐに人々の注目を集めてしまった。
「あ、あれは...」
「小さな犬が竜や魔王と一緒にいる...」
「もしかして、噂の星牙?」
やはり、ここでも星牙の噂は届いていた。
「うーん、やっぱり有名になってるんだな」
ファンが苦笑いした。
しかし、この街の人々の反応は南の大陸とは少し違っていた。
「星牙様...もし本当にあなたが星牙様なら...」
一人のゲンクが近づいてきた。
「お願いです。私たちを助けてください」
「助ける?何があったんですか?」
ファンが心配そうに尋ねた。
「私はこの街の町長ゲンク申します。この街は...いえ、この地域全体が大変なことになっているのです」
ゲンクが悲しそうに説明し始めた。
「隣国のルミナリア帝国が、この地域を侵略しようとしています」
「侵略?」
「はい。彼らは強力な魔物軍団を持っており、私たちのような小さな街では太刀打ちできません」
ゲンクの話を聞いて、街の人々も集まってきた。皆、不安そうな表情をしていた。
「既に東の村は占領されました」
「私たちも家族を避難させています」
「このままでは、この街も...」
人々の声に、ファンの心は痛んだ。
「ルミナリア帝国の魔物軍団は、星牙様のような力を悪用しているのです」
街の守備隊長らしき男性が説明した。
「どういうことだ?」
グロウが興味深そうに聞いた。
「彼らの王は『魔王の鎖』という魔法具を持っており、魔物を強制的に従わせているのです」
「魔王の鎖?」
ディアボロスが反応した。
「それは...我が昔作った呪われた道具だ」
「ディアボロスが?」
ファンが驚いた。
「ああ、千年前、我が魔王だった頃の遺品だ。まさかまだ残っていたとは...」
ディアボロスが苦い表情をした。
「その道具があれば、どんな魔物でも意思に反して従わせることができる」
「お願いします、星牙様」
ゲンクが土下座した。
「私たちにはもう頼るものがありません」
「星牙様の力があれば、きっと平和を取り戻せます」
他の人々も次々と頭を下げた。
「ちょっと待ってください」
ファンが慌てて止めた。
「頭を上げてください。俺、そんなに偉い存在じゃありません」
「でも、あなたなら...」
「確かに、俺には仲間がいます」
ファンが仲間たちを振り返った。
「でも、俺には健太郎という大切な人の元に帰るという目標があるんです」
人々は失望した表情を浮かべた。
「そうですか...やはり私たちには...」
その時、街の外れから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああ!」
「魔物だ!魔物が来た!」
街の人々が慌てて逃げ回り始めた。街の入り口から、黒いオーラに包まれた魔物たちが侵入してきた。
「ルミナリア帝国の魔物軍団だ!」
守備隊長が叫んだ。
魔物たちの目は赤く光り、明らかに正気ではなかった。魔王の鎖によって操られているのだろう。
「グオオオ!」
「ギャアアア!」
魔物たちが無差別に暴れ回っている。
「子供たちを避難させろ!」
「星牙様、お逃げください!」
混乱の中、ファンは立ち尽くしていた。
「星牙、逃げよう」
グロウが促した。
「俺たちには関係のない争いだ」
「でも...」
ファンは苦しそうな表情をしていた。目の前で罪のない人々が苦しんでいる。
「きゃああ!助けて!」
小さな女の子が魔物に襲われそうになった。
「だめだ!」
ファンが咄嗟に飛び出した。
「その子に手を出すな!」
【守護の咆哮】が発動し、魔物の動きが止まった。
「星牙!」
仲間たちも慌てて後を追った。
「みんな、戦おう」
ファンが振り返った。
「俺は健太郎の元に帰りたい。でも、目の前で苦しんでる人を見捨てることはできない」
「星牙...」
仲間たちはファンの優しさに感動していた。
「分かった。俺たちも戦う」
グロウが武器を抜いた。
「当然です。私たちは星牙一家ですから」
シルフィアも弓を構えた。
「よし、みんなで魔物軍団を追い払おう」
ファンが指示を出した。
しかし、相手は魔王の鎖で操られた魔物たち。普通の方法では魅了することができない。
「らーらーら〜♪」
ファンが歌ってみたが、効果はなかった。
「やはりだめか」
「なら、力づくで行くしかないな」
バハムートが前に出た。
「久しぶりに本気を出すとするか」
竜のブレスが魔物軍団を吹き飛ばした。
「我も力を貸そう」
ディアボロスが暗黒魔法を放った。自分が作った魔王の鎖の被害者たちを救うために。
グロウ、シルフィア、ドゥーガンも総力で戦った。
星牙一家の圧倒的な戦力の前に、魔物軍団は次々と倒れていった。
「すげぇ...」
「あっという間に...」
街の人々が呆然としていた。
戦闘が終わると、ファンは倒れた魔物たちに近づいた。
「らーらーら〜♪ もう大丈夫だよ〜♪」
優しい歌声が響くと、魔王の鎖の呪いが解け始めた。魔物たちの目から赤い光が消えていく。
「グオ...?」
「ギャ...?」
魔物たちが正気を取り戻した。
「ここは...俺たちは何を...」
「操られていたのか...」
魔物たちは困惑していたが、ファンの歌声を聞いて次第に落ち着いていった。
「ありがとうございます!星牙様!」
街の人々が歓声を上げた。
「私たちの街を救ってくださった!」
「やはり星牙様は救世主だ!」
人々の賞賛に、ファンは複雑な気持ちだった。
「でも、これで終わりじゃないんでしょう?」
ファンがゲンクに尋ねた。
「はい...ルミナリア帝国はまだ健在です。きっとまた攻めてくるでしょう」
「そうですよね」
ファンは考え込んだ。
「星牙様、お願いです」
ゲンクが再び頭を下げた。
「私たちの王になってください」
「王?」
ファンが驚いた。
「はい。この地域には多くの小さな街や村があります。皆、ルミナリア帝国に怯えて暮らしています」
「星牙様が王になってくだされば、きっと平和な国が作れます」
他の人々も口々に懇願した。
「でも、俺は...」
ファンは健太郎のことを思った。王になんてなったら、ますます帰れなくなってしまう。
「星牙、どうする?」
グロウが聞いた。
「俺は...分からない」
ファンは本当に迷っていた。
「星牙様」
シルフィアが優しく言った。
「無理に決める必要はありません。一度考えてからでも」
「そうですね」
ゲンクも頷いた。
「今日は宿でゆっくりお休みください。答えは明日で構いません」
「ありがとうございます」
ファンは感謝した。
その夜、宿で仲間たちと相談した。
「どうしよう、みんな」
「お前の気持ちを大切にしろ」
グロウが言った。
「俺たちはどんな決断でも支える」
「でも、この人たちを見捨てるのも辛いし、健太郎を待たせるのも辛い」
ファンは本当に悩んでいた。そして、その悩みが新しい可能性を生み出そうとしていた。
小さな犬に託された大きな責任。その選択が、世界を変える第一歩になろうとしていた。