13話「新天地への歩み」
時空の扉の前で、ファンは長い間考え込んでいた。小さな扉の向こうには愛する健太郎がいる。しかし、ここには大切な仲間たちがいる。
「俺...決めた」
ファンが静かに口を開いた。
「星牙...」
仲間たちが固唾を呑んで見守っていた。
「俺は...今は帰らない」
その言葉に、みんなが驚いた。
「え?」
「なぜだ、星牙?お前の夢だったじゃないか」
グロウが困惑していた。
「健太郎のことは今でも大好きだ。でも...」
ファンの目に涙が浮かんだ。
「みんなを一人にはできない。俺たちは家族だから」
「星牙...」
シルフィアも涙ぐんでいた。
「でも、必ずいつか帰る方法を見つける」
ファンが決意を込めて言った。
「この扉じゃなくても、きっと他に方法があるはずだ」
「待て、ファン」
ディアボロスが前に出た。
「我に考えがある」
「考え?」
「この扉は小さすぎてお前しか通れないが、我の時空操作能力を使えば、一瞬だけ向こう側を覗くことができるかもしれない」
「本当か!?」
ファンの目が輝いた。
「ただし、ほんの数秒程度だ。それでもよいか?」
「うん!健太郎が元気かどうかだけでも見たい!」
ファンが嬉しそうに跳ねた。
「分かった。やってみよう」
ディアボロスが時空操作の魔法を唱えた。扉の向こうがぼんやりと見えるようになってきた。
扉の向こうに華蔵寺公園の懐かしい光景が映った。そして...
「健太郎!」
ベンチに座っている健太郎の姿が見えた。しかし、以前よりもやつれているようで、毎日ここに来てファンを探している様子だった。
「健太郎!健太郎!」
ファンが必死に叫んだ。しかし、向こうには声が届かない。健太郎は空を見上げて、寂しそうな表情を浮かべていた。
「ファン...どこにいるんだ...」
健太郎の呟きが、かすかに聞こえてきた。
「健太郎ー!俺はここにいる!元気だよ!」
ファンが扉に向かって駆け寄ったが、その瞬間、扉の映像が消えてしまった。
「あ...消えちゃった...」
「すまない。これが限界だった」
ディアボロスが申し訳なさそうに言った。
「健太郎...やつれてた...」
ファンは床にへたり込んでしまった。愛する飼い主が自分のことを心配して、体調を崩してしまっている。
「俺のせいで...健太郎が...」
「星牙、自分を責めるな」
グロウが慰めた。
「お前が悪いわけじゃない」
「でも...健太郎はきっと毎日俺を探してる。俺がいないと分からずに、自分を責めてるかもしれない」
ファンの声が震えていた。
「絶対に帰るんだ」
突然、ファンが立ち上がった。
「絶対に健太郎の元に帰る!」
その目には、今まで以上に強い決意が宿っていた。
「星牙...」
仲間たちはその決意の強さに圧倒されていた。
「みんな、お願いがあるんだ」
ファンが仲間たちを見回した。
「俺と一緒に、帰る方法を探してくれないか?」
「当然だ」
グロウが力強く答えた。
「俺たちは家族だろう。お前の夢を叶えるのが、俺たちの夢でもある」
「私もです」
シルフィアも頷いた。
「ファンちゃんが幸せになれるなら、何でもします」
「俺も協力するぞ」
ドゥーガンも拳を握った。
「星牙のためなら、どんな困難も乗り越えてやる」
「我もだ」
ディアボロスも同意した。
「我の力で、必ず道を見つけてやる」
「バハムートも?」
「当然だ。お前は我の大切な友だからな」
バハムートも力強く頷いた。
「みんな...ありがとう」
ファンは涙を流しながらも、希望に満ちた表情をしていた。
「まずは情報収集だな」
ドゥーガンが提案した。
「時空移動に関する資料や、魔法の研究をしている学者を探そう」
「この街の図書館に行ってみましょう」
シルフィアも提案した。
「古い文献があるかもしれません」
「俺も昔の知識を思い出してみる」
バハムートが考え込んでいた。
「千年前の記憶で、何か役立つ情報があるかもしれん」
「我の魔王としての知識も使おう」
ディアボロスも協力を申し出た。
「時空操作の奥義について、知っていることがある」
みんなが協力してくれることに、ファンは心から感謝していた。
その日から、一行は本格的に街で暮らし始めた。宿屋「月光亭」を拠点にして、毎日情報収集に励んだ。
「今日は何か見つかったか?」
夜、宿に戻ってきたファンが聞いた。
「古い文献で、『世界樹』について書かれたものを見つけた」
シルフィアが報告した。
「世界樹?」
「はるか北の大陸にある、巨大な木だ。その木は異なる世界を繋ぐ力があると書かれている」
「本当か!?」
ファンが目を輝かせた。
「ただし、世界樹までの道のりは非常に危険で、数ヶ月はかかるという」
「数ヶ月...」
ファンは少し不安になった。その間、健太郎はずっと心配し続けることになる。
「希望が見えたですね」
羽根を隠し人型になったディアボロスが励ました。
「少しずつでも前に進めば、必ず帰れる」
ファンたちの事情を知った街の人々も、協力を申し出てくれた。
「星牙様のお役に立てるなら」
「私たちにできることがあれば」
街の人々の温かい支援に、ファンは感動していた。
「ありがとうございます。でも、俺はただの犬ですよ」
「そんなことありません」
街の女性が涙声で言った。
「あなたは私たちに希望を与えてくれました。種族が違っても理解し合えるということを教えてくれた」
「そうです。星牙様がいてくれるおかげで、この街はとても平和になりました」
人々の言葉に、ファンは自分が知らないうちに多くの人に影響を与えていたことを知った。
学者のアルベルトも頻繁に訪れるようになった。
「星牙君、君の存在は学術的にも非常に価値がある」
「学術的?」
「異種族間の理解促進における、君の能力の研究だ」
アルベルトは興奮して説明した。
「君の可愛さと歌声が、なぜこれほど多くの種族に影響を与えるのか。それを解明できれば、世界平和にも役立つ」
「世界平和って、大げさだな」
ファンは苦笑いした。
「大げさではない。実際に、君の噂を聞いて、他の街からも使者が来ているんだ」
「使者?」
「君に会いたがっている貴族や領主たちがいる。中には、君を自分の領地に招待したいという者もいる」
ファンは困った顔をした。そんなに注目されると、健太郎の元に帰るという目標が複雑になってしまいそうだった。
夜、仲間たちだけで過ごす時間が、ファンにとって最も大切な時間だった。
「みんな、本当にありがとう」
ファンが心から感謝を込めて言った。
「俺のわがままに付き合ってくれて」
「わがままじゃないよ」
シルフィアが優しく言った。
「大切な人の元に帰りたいと思うのは、当然のことです」
「そうだ。俺たちも、星牙が幸せになってくれることが一番嬉しい」
グロウも頷いた。
「でも、帰る方法が見つかるまで、俺たちと一緒にいてくれるのも嬉しいぞ」
ドゥーガンが笑った。
「ガウガウ♪」(一緒にいられて幸せ)
「グオオ♪」(みんなで頑張ろう)
魔物たちも嬉しそうに鳴いていた。
「よし、明日からまた頑張ろう」
ファンが前向きに言った。
「世界樹についてもっと詳しく調べて、他にも方法がないか探してみよう」
「ああ、必ず見つけてやる」
バハムートが力強く言った。
「我も全力で協力する」
ディアボロスも頷いた。
「きっと帰れる。きっと健太郎に会える」
ファンは窓の外の星空を見上げた。同じ星空の下で、健太郎も自分を想ってくれているかもしれない。
「待っていて、健太郎。俺は必ず帰るから」
ファンの心に、強い決意が宿っていた。愛する飼い主との再会を信じて、新しい冒険が始まろうとしていた。
一瞬の再会で見た健太郎のやつれた姿が、ファンの帰郷への想いをより一層強くしていた。そして、その想いが後に大きな変化をもたらすことを、まだ誰も知らなかった。
仲間たちと共に歩む新天地での生活。それは、帰郷への希望を胸に秘めた、新しい物語の始まりだった。
ディアボロスもイケメンです。