12話「ダンジョン制覇」
バハムートを仲間に加えた星牙一家は、着々とダンジョンを制覇していった。ついにダンジョン最終層である第十層への挑戦を開始した。バハムートの背中に乗っての移動は快適で、これまでの長い階段を歩く苦労はなくなった。
「第十層は特別な場所だ」
バハムートが飛行しながら説明した。
「封印の間と呼ばれ、古代の魔王ディアボロスが封じられている」
「ディアボロス?」
ファンが首をかしげた。
「千年前、世界を滅ぼそうとした邪悪な魔王だ。我たちドラゴン族が総力をあげて封印したのだが...」
バハムートの表情が曇った。
「封印が弱くなっているのですね」
シルフィアが心配そうに言った。
「ああ。もし完全に復活すれば、この世界は再び混沌に包まれる」
「でも、俺たちがなんとかするんだろ?」
ファンは意外と楽観的だった。
「星牙...相手は魔王だぞ。そんなに簡単ではない」
グロウが心配そうに言った。
「大丈夫だよ。みんながいるから」
ファンの屈託のない笑顔に、仲間たちは少し安心した。
第十層に降り立った瞬間、一行は圧倒的な威圧感に包まれた。巨大な石造りの神殿のような構造で、中央には巨大な魔法陣が描かれている。その上空には、黒いオーラに包まれた人影が浮かんでいた。
「あれが...」
「ディアボロスだ」
バハムートが緊張した声で答えた。
封印された魔王は身長3メートルを超える巨躯で、漆黒の鎧に身を包んでいる。顔は仮面で覆われ、背中には悪魔のような翼が生えている。しかし、封印の力で動くことはできずにいた。
「クク...久しぶりだな、バハムート」
ディアボロスが低く、邪悪な声で笑った。
「そして、そこにいる小さな犬...興味深い」
「俺のことを知ってるのか?」
ファンが驚いた。
「お前の力は封印の中にいても感じていた。種族を超えた愛の力...まさに我が最も嫌う力だ」
ディアボロスの声に憎悪が込められていた。
「封印がもうすぐ解ける...」
バハムートが焦っていた。
「魔法陣の光が弱くなっている」
確かに、床に描かれた封印の魔法陣は、千年の時を経てその力を失いつつあった。
「どうすればいいんだ?」
ファンが仲間たちを見回した。
「封印を強化するか、完全に倒すかだ」
ドゥーガンが冷静に分析した。
「でも、封印の強化は我一人では無理だ」
バハムートが苦しい表情を見せた。
「千年前は複数のドラゴンで行ったのだが、今は我一匹しかいない」
「じゃあ、倒すしかないのか」
グロウが拳を握った。
「だが、相手は魔王だぞ。そう簡単には...」
その時、封印の魔法陣にヒビが入った。
「時間がない!」
シルフィアが叫んだ。
「ついに...この時が来た!」
ディアボロスが高笑いした。封印の光が完全に消え、魔王が自由に動き回れるようになった。
「千年間の屈辱を晴らしてやる!まずはこの世界を...」
しかし、ディアボロスの言葉は途中で止まった。ファンの姿を改めて見て、困惑したからだ。
「なぜだ...この怒りが...薄れていく...」
「え?」
ファンも困惑した。
「この小さな存在を見ていると...破壊への意欲が...」
ディアボロスが頭を抱えた。ファンの可愛さが、魔王の邪悪な心にも影響を与えていたのだ。
「まさか...愛の力がここまで...」
バハムートが驚いていた。
「あの...ディアボロス?」
ファンが恐る恐る話しかけた。
「なんで世界を滅ぼしたいんだ?」
「なぜだと?決まっている!この世界は争いと憎しみに満ちているからだ!」
ディアボロスが怒鳴った。しかし、その声には最初の頃の迫力がない。
「でも、美しいものもたくさんあるよ」
ファンが素直に言った。
「仲間たちとの絆、美しい景色、楽しい時間...」
「そんなものは幻想だ!いずれ裏切りや争いに変わる!」
「そうかな?」
ファンは首をかしげた。
「俺の仲間たちは、みんな最初は一人で寂しかった。でも、今はとても幸せそうだよ」
「嘘だ!そんなはずはない!」
しかし、ディアボロスの声は震えていた。
「じゃあ、歌を聞いてよ」
ファンが提案した。
「歌だと?そんなもので我が...」
「らーらーら〜♪ 一人じゃないよ〜♪」
ファンの天使の歌声が封印の間に響いた。
「みんなで一緒〜♪ 愛があるよ〜♪」
歌声は神殿全体に反響し、千年間閉ざされていた空間を美しいメロディーで満たした。
「この歌は...」
ディアボロスの仮面の下で、涙がこぼれていた。
「なぜだ...この温かさは何だ...」
「愛だよ」
ファンがシンプルに答えた。
「みんなを愛して、みんなに愛される。それだけで世界は美しくなる」
「愛...」
ディアボロスが呟いた。
「我は...愛を忘れていたのか...」
「実は...我もかつて愛を信じていた」
ディアボロスが静かに語り始めた。
「千年前、我には愛する人がいた。しかし、人間たちの争いに巻き込まれて失ってしまった」
「それで世界を憎むようになったのか」
グロウが理解を示した。
「そうだ。愛する者を失った絶望から、すべてを破壊したくなった」
「でも、それは違うよ」
ファンが優しく言った。
「愛する人は、きっとディアボロスに世界を憎んでほしくないと思ってる」
「そんな...」
「愛は憎しみじゃない。愛は愛を生むんだ」
ファンの言葉に、ディアボロスの心が揺れた。
「星牙の言う通りです」
シルフィアが涙声で言った。
「私たちも皆、辛い過去がありました。でも、ファンちゃんに出会って変わったんです」
「俺もだ」
グロウが頷いた。
「憎しみより愛の方がずっと強い」
「我もそう思う」
バハムートも同意した。
「千年間の孤独も、ファンに出会って癒された」
「ガウガウ...」(僕も変わったよ)
「グオオ...」(みんなで幸せになろう)
魔物たちも口々に声を上げた。
「みんな...」
ディアボロスが感動していた。
「ディアボロス、俺たちと一緒に来ない?」
ファンが提案した。
「我が?お前たちと?」
「そうだよ。一人でいるから寂しくて、憎しみが膨らむんだ。みんなと一緒なら、きっと愛を思い出せる」
ファンの提案に、仲間たちは驚いた。魔王を仲間にしようというのだ。
「でも、我は魔王だぞ。邪悪な存在だ」
「関係ないよ」
ファンは当然のように言った。
「俺たちのパーティには、元々敵対していた種族もいる。魔王がいても変わらない」
「星牙...」
グロウが感動していた。
「お前は本当に...」
「どうする、ディアボロス?」
ファンが上目遣いで見つめた。その瞬間、ディアボロスの心は完全に決まった。
「分かった...我もお前たちと行こう」
ディアボロスが静かに言った。
「本当か!?」
ファンが大喜びした。
「ああ。お前たちと一緒なら、愛を思い出せるかもしれない」
ディアボロスが仮面を外すと、そこには意外にも美しい顔があった。長い銀髪に、深い青い瞳。邪悪さはなく、むしろ悲しみを湛えた表情だった。
「素敵な顔をしてるじゃないか」
ファンが嬉しそうに言った。
「そ、そうか?」
ディアボロスが照れていた。魔王らしからぬ可愛らしい反応だった。
『仲間になりました:ディアボロス(元魔王・レベル99)』
『職業:堕天使』
『特殊能力:暗黒魔法、飛行、時空操作』
「レベル99!?」
ドゥーガンが目を丸くした。
「まあ、魔王だからな」
ディアボロスが苦笑いした。
「でも、これからは破壊ではなく、守ることに力を使う」
「これで...ダンジョン攻略完了だな」
グロウが感慨深げに言った。
「最終層のボスを倒す代わりに、仲間にしてしまうとは」
シルフィアも笑っていた。
「これがファンちゃんらしいですね」
『ダンジョン攻略完了!』
『特別報酬:時空の扉の鍵を獲得』
「時空の扉の鍵?」
ファンが首をかしげた。
「それがあれば、元の世界に帰れる扉を開けるはずだ」
ディアボロスが説明した。
「本当か!?やったー!」
ファンが飛び跳ねて喜んだ。
「ついに...健太郎に会える!」
しかし、実際に時空の扉の鍵を使おうとした時、予想外のことが起きた。扉は現れたが、ファンが通るには小さかった。
「あれ?なんで こんなに小さいんだ?」
「時空の歪みが大きすぎて、安定した大きな扉は作れないようだ」
ディアボロスが分析した。
「つまり...」
「お前が無理をすれば、その先へ進むことはできるかもしれない、だが……」
バハムートが悲しそうに言った。
「星牙、帰るんだろ」
グロウが励ました。
「お前の夢だったじゃないか」
「でも、みんなを置いていくなんて...」
「大丈夫だ。俺たちはここで幸せに暮らす」
「そうです。私たちには今、素晴らしい仲間がいますから」
シルフィアも笑顔で言った。
「でも...」
ファンは迷っていた。愛する健太郎に会いたい気持ちと、大切な仲間たちを残していく寂しさ。
「どちらを選んでも、俺たちはお前を応援する」
バハムートが優しく言った。
「お前の幸せが、俺たちの幸せだから」
「みんな...」
ファンは涙が止まらなかった。
「分かった...俺...」
ファンがどんな決断を下すのか。小さな扉は静かに輝き続けていた。
愛する飼い主か、大切な仲間たちか。ファンの心は大きく揺れていた。そして、その選択が後の大きな変化の始まりになることを、まだ誰も知らなかった。