10話「絆の深化」
街の宿屋「月光亭」に戻った一行は、いつものように注目の的になった。しかし、今日は少し様子が違った。ファンの疲労を察した街の人々が、遠慮がちに見守ってくれていた。
「今日は静かですね」
シルフィアが宿の二階の部屋で呟いた。
「みんな、星牙が疲れてるのを分かってくれてるんだな」
グロウが窓の外を見ながら言った。確かに、いつもの人だかりは少し離れた場所で控えめに待機している。
「いい人たちだな、この街の人は」
ファンは温かい気持ちになった。
「でも、お前の体調の方が心配だ」
ドゥーガンがファンを見つめていた。
「今日の戦闘、相当無理をしただろう」
確かに、ファンはいつもより疲れていた。新しいスキル【守護の咆哮】を使った反動で、小さな体には大きな負担がかかっていた。
「大丈夫だよ。少し休めば元気になる」
ファンは笑顔を作ったが、仲間たちには心配が隠せなかった。
「そういえば、みんなのことをちゃんと聞いてなかったな」
ファンが仲間たちを見回した。
「俺のことはもう話したけど、みんなはどうして一人でダンジョンにいたんだ?」
「そうですね、確かにお互いのことをあまり知りませんね」
シルフィアも興味深そうに言った。
「じゃあ、俺から話そうか」
グロウが重い口を開いた。
「俺は元々、オーガの集落にいた。でも、俺は他の仲間と違って、戦うことばかりじゃなく、もっと平和的な解決を望んでいた」
「平和的?」
「ああ。オーガは基本的に好戦的な種族だ。でも俺は、争いよりも誰かを守ることの方が大切だと思っていた」
グロウの目は遠くを見つめていた。
「だから仲間外れにされた。『軟弱なオーガ』って呼ばれてな。それでダンジョンに一人で来たんだ」
「グロウ...」
ファンは心を痛めた。
「でも、お前に出会えて良かった。初めて、本当に守りたいものを見つけたんだ」
グロウの言葉に、ファンは胸が熱くなった。
「俺の話もするか」
ドゥーガンが続けた。
「俺も元々はドワーフの職人町にいた。代々続く鍛冶屋の家系でな」
「それなら誇らしいことじゃないか」
「そう思うだろう?でも、俺の作る武器防具は、他の職人たちとは違っていた」
ドゥーガンは苦笑いした。
「どう違ってたんだ?」
「俺の作品は、威力や硬度よりも、使う人の安全や快適さを重視していた。『戦わないための装備』って呼ばれていたよ」
「それは素晴らしいことだと思うけど...」
「職人たちには理解されなかった。『ドワーフの恥』とまで言われた」
ドゥーガンの声に悲しみが滲んでいた。
「それで故郷を出て、一人でダンジョンに来たんだ。でも、星牙に出会って分かった」
「何が?」
「俺の信念は間違ってなかったって。お前のような存在を守るための装備こそが、俺が本当に作りたかったものだったんだ」
ドゥーガンの目が輝いていた。ファンも感動していた。
「私も話しますね」
シルフィアが静かに語り始めた。
「私は放浪のエルフです。でも、最初からそうだったわけではありません」
「どういうことだ?」
「私は元々、エルフの森の一族にいました。でも、私は他のエルフとは違っていて...」
シルフィアは少し恥ずかしそうに続けた。
「他のエルフは皆、高貴で上品で、人間や他の種族を見下している部分がありました。でも私は、そんな考え方が嫌だった」
「それで?」
「森を出ました。そして、様々な種族と触れ合いながら旅を続けていたんです」
「寂しくなかったのか?」
ファンが心配そうに聞いた。
「寂しかったです。とても。でも、ファンちゃんに出会って...」
シルフィアの目に涙が浮かんだ。
「初めて、本当の家族みたいな仲間ができました」
「ガウガウ...」
ガル(コボルト)も自分の話をしたそうにしていた。
「ガルも話したいのか?」
ファンが優しく聞くと、ガルは悲しそうに鳴いた。
「ガウガウ、ガウ...」
(僕も一人だった。コボルトの群れから追い出されて...)
「どうして追い出されたんだ?」
「ガウ、ガウガウ...」
(僕は戦うのが下手で、いつも足手まといになってた...)
「そんなことないよ、ガル。君はとても優しくて、いい子だ」
ファンの言葉に、ガルは嬉しそうに尻尾を振った。
「グオ、グオオ...」
グラグ(オーク)も自分の境遇を話した。
(俺も似たようなもんだ。オークの群れで一番弱くて、いつもバカにされてた)
「でも、グラグは強いじゃないか」
「グオグオ...」
(体は大きいけど、心が弱いんだ。でも、星牙と一緒にいると勇気が出る)
「キィー、キィキィ...」
キィ(ガーゴイル)も自分の孤独を語った。
(僕は一人で洞窟にいた。誰とも話したことがなかった。星牙の歌声を聞いて、初めて幸せになった)
「ぷるぷる...」
ブルも寂しそうに震えた。スライムには複雑な感情表現は難しいが、同じように孤独だったことが伝わってきた。
「みんな...」
ファンは仲間たちを見回した。
「みんな、一人で寂しかったんだな」
「ああ、でも今は違う」
グロウが力強く言った。
「俺たちには家族がいる」
「そうですね。私たち、もう一人じゃありません」
シルフィアも微笑んだ。
「星牙がいる限り、俺たちは絶対に一人じゃない」
ドゥーガンも頷いた。
「みんな、ありがとう」
ファンの目に涙が浮かんだ。
「俺も、健太郎と離れて寂しかったけど、みんながいてくれて本当に良かった」
「俺たちも同じ気持ちだ」
グロウが代表して答えた。
「これからも、ずっと一緒だ」
「でも、俺はいつか健太郎の元に帰らなくちゃいけない」
ファンが申し訳なさそうに言った。
「分かってる」
グロウが悲しそうに微笑んだ。
「でも、それまでは俺たちがお前を守る。そして、お前が帰った後も...」
「帰った後も?」
「お前のことを忘れない。お前が教えてくれた『仲間の大切さ』を、ずっと覚えている」
「グロウ...」
「私たちも同じです」
シルフィアが涙声で言った。
「ファンちゃんがいなくなっても、この絆は永遠です」
「ガウガウ!」(ずっと友達!)
「グオオ!」(忘れない!)
「キィー!」(大好き!)
「ぷるぷる〜♪」
魔物たちも口々に声を上げた。
「よし、じゃあ約束しよう」
ファンが立ち上がった。
「俺が健太郎の元に帰るまで、みんなで一緒に冒険する。そして、俺が帰った後も、みんなはこの絆を大切にする」
「約束だ」
グロウが手を差し出した。
「約束です」
シルフィアも手を重ねた。
「約束だ」
ドゥーガンも加わった。
「ガウ!」
「グオ!」
「キィ!」
「ぷるぷる!」
魔物たちも、それぞれの方法で輪に加わった。
「これで俺たちは、本当の家族だ」
ファンが嬉しそうに言った。
「ああ、星牙一家の誕生だな」
グロウが笑った。
「星牙一家...いい響きですね」
シルフィアも微笑んだ。
「明日は第五層に挑戦しよう」
ファンが窓の外を見ながら言った。
「でも、無理はするなよ」
グロウが心配そうに言った。
「分かってる。でも、みんながいるから大丈夫」
ファンは自信に満ちていた。
「今日、新しい力も手に入れた。きっと、どんな困難も乗り越えられる」
「そうですね。私たちがいる限り、怖いものなんてありません」
シルフィアも頷いた。
「よし、じゃあ明日に備えて、今日はゆっくり休もう」
ドゥーガンが提案した。
「そうだな。星牙、今日は早く寝ろよ」
「分かった。でも、みんなも無理するなよ」
「当たり前だ。俺たちも星牙一家の一員なんだからな」
グロウが笑った。
夜が更けていく中、仲間たちはそれぞれの思いを胸に眠りについた。明日からまた困難な冒険が待っているが、もう誰も一人ではない。
小さな犬が紡いだ絆は、どんな試練も乗り越える力となっていた。そして、その絆は後に一つの国を支える礎となることを、まだ誰も知らなかった。
窓の外では、街の人々が静かに見守っている。彼らもまた、この小さな冒険者とその仲間たちに希望を感じていた。
序盤の冒険は終わりを迎えようとしている。そして、より大きな物語の始まりが近づいていた。