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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第六章 ロスト・フィラデルフィア
36/36

08

 シギルは痛みを感じていた。それはファウストが請け負ったマチルダの死の痛みだ。たった一人の死でも身をさくような苦しみである。星が負ったダメージをあますところなく請け負ったブレッドの痛みとは、いかなるものなのか。シギルはいまさらながら考えて、涙を流した。

 ファウストも泣いた。二人はともに同じ痛みを背負いながら、光の渦の中に落ちているのだ

 生まれ変わる。

 確かな予感に震えながら、魂を開く。

 すると光の向こう側に、淡い緑色の輝きが見えた。


 ふたつの産声が室内に響くと、母親の安堵の溜め息と、複数の女性の声が聞こえた。

「よくがんばったわね。おめでとう。双子の男の子よ。とてもカワイイわ」

「ありがとう」

空呈(くうてい)様を呼ぶ?」

「ええ……お願い。はやく見せてあげて」


 二人に分かることは、双子で生まれたということくらいだ。死の痛みはすっかりどこかへ失せ、柔らかい布に包まれている。これから新しい世界で生きるのだ。それは不安と期待に満ちている。だが二人一緒なら、どんな困難も乗り越えられるだろう。

 シギルとファウストはそう信じて、互いの手を求め、握りしめた。


***


 グラウコス軍対六軍。その海上戦において、ファウストはマチルダを救助したあと力尽き、戦艦とともに暗い海へ沈んだ。兄を救えなかったシギルは大きな悲しみを背負いながらも戦い抜き、グラウコス軍を勝利に導いた。

 しかしその後、スカイフィールズが仕掛けた最後の罠に命がけで立ち向かい、兄の後を追うようにして、短い生涯を閉じた。


 それが枉げられた事実の内容である。

 サウスは地球上でただ一人、真実の歴史を知る者として改ざんされた記憶と事実を見つめながら、戦闘の後処理に時間を費やした。

 ジアノス・マートンは消息が知れず、ブレッド・カーマルはグラウコスに戻らぬまま退任。スカイフィールズは法のもとに裁かれ、終身刑を言い渡された。

 グラウコスの将軍は陸軍大将マイケル・ショーカーが臨時で就任したが、のちに戦後の働きが評価され、サウスが就任することとなる。


「サウスは変わった」

「きっと友人を失った悲しみのせいだろう」

 と皆が噂しあった。以前のように悪ふざけをしなくなったばかりが、無口になったからだ。

 間違ってはいない。だがサウスは、そればかりに縛られているのではなかった。この世の真理に気づき始め、あらがえぬ何かに突き動かされているのである。

 風が吹くたび、やがて人類が訪れる世界を思い、土を踏みしめるたび命の重さを考え、朝に夕に、時の流れを感じる。その心が見るものを変え、信じるものを変えさせたのだ。


 晩年。彼はこのような言葉を残した。

「愛は自ら放棄しなければ、失われることはない」

 どのような想いでその言葉を発したのか。人類が深い意味を悟る日はまだ遠い未来だ。しかしそれは確かに、人々の心に刻まれた。

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