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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第六章 ロスト・フィラデルフィア
35/36

07

 ブレッド、ファウスト、サウスは、意識不明のシギルを連れてアーガドの軍立病院へ向かった。そのあいだもブレッドは無言で、サウスもジッと口をつぐんだまま装甲車を運転した。

 しかしファウストは、病院が近づくと口をきいた。ブレッドにはシギルを守れたのではないか、という不信を抱いていたからである。

「シギルは必要だったのですか」

 ブレッドは、一拍おいて答えた。

「俺は救世主となるために降りたのではない。地球はあくまでも地球人が守らねばならない。シギルにはそれをする力があり、果たさねばならない義務があった」

「あなたも力を貸した」

「カーンデルのことがあったからだ。あれだけは、こちらの責任として片付けなければならなかった」

「その用がすめば、後はどうでもよいと?」

 静かに怒りを込めて問うファウストの目は、今にもブレッドにかみつきそうである。

 その感情も理由も分かっているブレッドは、大きく息を吐いた。

「死は終わりではない。むろん生命体としての終わりは迎えるだろうが、魂は永遠のものだ。それらの事実を度外視しても、シギルは力を得ているため、これ以上地球にはいられない。地球人の身体を捨てなければならない時が来たのだ」

 ファウストは青ざめた。ブレッドはシギルの死をきっぱりと予言したのだ。そしてその言葉を信じられる自分が悲しかった。

「……俺はどうなるんです。せっかく、これからって時に」

「望むなら、ついて行け」

「——え?」

 ファウストはうなだれかけた頭を上げ、ブレッドの顔を見た。

 ブレッドの目は美しい青に輝き、しっかりとファウストを見据えている。そこには信念があり、言葉では説明のつかない確かさがあった。この世の真理はすべてその目を通して表れていると、感じられるのだ。

「ついて……行く?」

「そうだ。シーランは双子霊。同じ魂の者が同じ親から生まれるという希有な存在だ」

 ファウストは目元をしかめた。

「同じ魂?」

 ブレッドはうなずいた。

「人間は本来、効率よく魂を磨くために、己の魂を数個に分けて世に送る。そして死とともに、またひとつの魂へ戻り融合するわけだが……同じ魂から分かれた者同士は、現世にいるあいだ絶対という確率で出会うことはない。違う国、違う環境で異なる身体を持ち、異なる運命を体験する必要があるからだ。稀に会うこともあるが、それは本当に稀だ。だが、その稀なことを根底から覆した者がいる」

「それが?」

「シーランだ」

 ファウストは、どう返答すればいいのか困って黙り込んだ。しかしブレッドは気にするふうもなく、話を続けた。

「何故そんなことができたのか? 答えは、もうほとんど魂は澄んでいて、地球人としての経験を積む必要がないからだ。ではどうして、また地球人として生まれ変わったのか。これは、それでもまだ学ぶことがあるのではないかという疑問と意欲の勝利だ」

 ファウストは手のひらで額を覆った。話がちんぷんかんぷんで、頭が痛くなったのだ。

「すみません。もっと簡単にご説明願います」

「ああ……つまり、もう神代の世界で修行をはじめてもいいレベルの魂が、むりやり地球で修行しようというから、便宜上シーランという個体が誕生したということだ。だからシーランとして死を迎えると、自動的に神代の世界へ生まれ変わる。双子霊なら、そのまま融合して一人の存在に生まれ変わるかも知れないし、単純に一卵性双生児として生まれる可能性もある。とにかく神代の世界は完全なる一個体の魂でなければ生まれることができないのだ」

「取りこぼしがあってはいけない、ということですか」

「そのとおり」

「だから俺にも後を追って死ねと」

 なんとなく理解したらしいファウストが、そう言いながら睨むので、ブレッドは苦笑いした。

「この世界で死というものがどう解釈されているのか、よく分かっている。だがあちらの世界では、こちらの死は誕生なのだ。……まあ、それを心から納得して受け入れろというのは無理だろう。しかし、おまえはシーランだから、受け入れなければならない。先に旅立った自分を見失わないように、迷わせないように」

 ファウストはハッとして、目の前に横たわるシギルを見た。血の気のない顔と、動かない身体。おそるおそる手をのばし触れた頸動脈はシンとしている。

 指先を震わすファウストに、ブレッドは優しく声をかけた。

「おかげで核は救われた。感謝する」

 ファウストは涙がにじむ目で、顔を上げた。

「核……ジアノスも何か、そのようなことを言っていましたが」

「核とは、一世界の維持と安定を担う者のことだ。核が死ぬと、その世界は滅亡する」

「誰なんですか? その、核とは」

「おまえは知らない。いや、おそらくこの地球上で知っているのは、俺とシュウヤとあと一人。最近、竜の道の管理に当たっていたので、スカイフィールズにやられた時は肝を冷やした」

「竜の道?」

「ストーク断層だ」

 ファウストは唖然とした。

「どうしてそんな危険な場所に」

「あの断層で地震が起これば、たとえ核が死なずとも、地球はただではすまん。地球の自然を動かしているのは高級霊だが、ことに断層を司る高級霊をなだめることができるのは、竜の神である、その核だけなのだ」

 ファウストはふたたび頭が痛くなった。

「神……?」

「一世界の定義とは、地球一個の規模ではない。地球を内包した一個の宇宙がひとつの世界だ。そこには仙界や神界も含まれる。核は神界の者、つまり神代の者だ」

「神も死ぬことが?」

「神界にいれば死ぬことはないが、地球へ降りるには器が必要なので、生身の体を持つ。いくら魂が不滅のものでも、器の死の体験によって意識が途切れると世界に強烈なダメージを与える。かろうじてこらえても壊滅状態だろう」

「それを証明するものは?」

 ファウストが強い口調で問うと、ブレッドは不敵に笑った。

「おまえは嫌でも知ることになる。おまえに限らず、誰でも知る。この世での寿命をまっとうし霊界へゆけば、黄泉で得た知識も戻る」

「自害も寿命ですか」

「違う。おまけに後悔がつきものだから、やめたほうがいい」

「ではどうしろと?」

「マチルダの死を請け負え」

 ファウストは衝撃に目を見開いた。

「……マチルダの?」

「そうだ。死人を蘇生させるという行為は、時空も理も()げてしまう。あってはならない事実だ。だがこの事実を枉げてしまえば、代償となりうる」

「どういう意味です?」

「あのとき死んだのはオマエということにしてしまうのだ」

 あまりのことに、ファウストは息をのんだ。それは背中で二人の会話を聞いていたサウスも同じである。

「俺の中で預かっているマチルダの死をおまえが受け取った瞬間に、事実は改変され、人々の記憶もそれに準ずる。残念ながら、ここで会話を聞いているサウスの記憶だけは改ざんできないが」

 ブレッドは言いながら、ちらとサウスの背に視線を投げた。サウスはそれを察知したのか、急ブレーキをかけて勢いよく振り返った。

「き、記憶を改ざんって! そんなことあり得んのか!」

「あり得る。一時しのぎだがな」

「な!? な! な?」

 サウスは驚き、最後に首をかしげた。ブレッドはまた別の意味で残念に思って説明した。

「地球人が淘汰される日が来た時、真実の記憶は戻る。だが死を請け負ったという事実はどのみち代償として見合うので問題ないし、枉げられたものも淘汰されたあとでは何の影響力も持たない」

「なるほど。一時しのぎか——て、待てよ! それじゃ、ここにいるファウストはどうなるんだ!?」

「心配するな。事実と記憶は改ざんされるが、当事者の現実は真実のうちに突き進む。ファウストが死を請け負ったのちは、シギルともども遺体は昇華し、魂は俺が導く。おまえには申し訳ないが、ここでお別れだ。俺たちが消えたあとはグラウコスへ引き返せ」

 サウスは茫然として、力なく前を向き、ハンドルを握った。

「あっさり言ってくれるぜ。あんたはいつでもそうだ。どんな大変なことでも、簡単に片付けちまう」

 そして、手に力を込めた。

「ちくしょう! 行くなっつっても行くんだろうな!」

 ファウストは自嘲ぎみに笑った。自分のことをよく知る友人は、こんな時でもよく見ている。それが幸福でもあり、別れをいっそう悲しくさせる要因にもなった。が、意志はやはり変わらなかった。シギルの脈を確かめた時点で、すでに覚悟を決めていたのだ。

「すまん」

「くそっ! いつかまた会えるんだろうな!」

「保証しよう」

 ブレッドが答えると、サウスはアクセルを踏み、ハンドルを切った。病院へ向かう理由は失われた。これから旅立つ者のために未練は残さぬよう、潔くグラウコスへ引き返そう、と。

「ファウスト! 忘れんなよ! マチルダのことも、俺のことも、みんなのことも!」

 ファウストは、サウスの背に向かってゆっくりうなずいた。

「ああ。忘れない」

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