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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第六章 ロスト・フィラデルフィア
33/36

05

「撤回する。おまえでも無理だ」

 現地へ着くなり、ファウストはにべもなく告げた。沿岸には巨大な津波が押し寄せつつあり、大地には大きな亀裂が入っている。その状況を空から見てしまったので、サウスに変な自信を持たないよう諭したのである。

 サウスは頬を引きつらせた。

「おまえね……いや分かるけど、言い方ってもんがあるだろ」

「いまさらだな」

「確かに。で、どうする? 引き返すか?」

「まさか」

 ファウストが皮肉げに笑うと、サウスはおどけるように肩をすくめた。


 それから二人は装甲車へ乗り込み、ストーク断層を目指した。地震は断続的に起きているが、操縦するサウスの腕にブレはない。どのような悪路も自在に駆け抜けられる実力があるからこそ、大陸の龍と称されるのである。

「言っとくけど、命の保証はしないぜ? 今この地球上で最も危ない場所に行こうってわけだし」

 サウスが断ると、ファウストは笑った。

「おまえに保証してもらおうなんて思ってないさ。こんな馬鹿なことに付き合ってもらっているだけでも感謝する」

「引っ張ってきたの、俺だし」

「いや、俺もきっかけを待ってた」

「……へえ。持つべきものは友達だな」

「自分で言うな」

 ファウストのツッコミが入ったところで、サウスはフッと笑みを浮かべた。

「んじゃま、急ぐか。舌かむなよ!」


 揺らぐ大地を南西から北東へ——装甲車は最高速度である百キロを保ちながら突っ切った。落石をよけ、亀裂を越えつつ、時に強風にあおられながら。

 道は陥没したかと思えば隆起し、大地は割れたと思えば閉じる。そのたびに激しい風が発生するのは、凄まじい勢いで繰り返される破壊と再生によって、大気が翻弄されているからだ。

「マジに生きて帰れんのかなあ〜、俺たち」

「弱音を吐くな。さっきまでの勢いはどうした」

「おまえは運転してないからいいよ。正直、ハンドル取られっぱなしで腕が痛い」

「そんなこと言っていられるのも、今のうちかもしれないぞ」

「あ?」

「見ろ、竜巻だ」

 サウスはファウストが指差すほうを見た。大小さまざま、天と地をつなぐ風の悪魔が数本あらわれている。問題なのは、それらの隙間に見え隠れしている二つの人影だ。

「おいおい。あれってあれだよな?」

「人の家族つかまえて、あれとはなんだ」

「竜巻の間を縫って行けってか?」

「砲弾の中をかいくぐれるなら楽勝だろう」

「砲弾は落ちる位置の予測がつくだろ? 空からの援護もあるし」

「勘で切り抜けろ」

「軽く言うなあ! ちくしょう!」

 サウスはここへ来て少し速度をゆるめていたが、エンジンを全開させ、ハンドルを切った。

「やってやるぜ! そのかわり、首に縄つけてでも連れて帰って来いよ!」

「そのつもりだ」

 ファウストは平然と答えたものの、自信はなかった。シギルだけなら説得に応じて退避するかもしれないが、ブレッドが「うん」と言わなければ難しい。とはいえ、二人とも困憊しているのは明らかである。もしここで引かなければ、地球が無事に守られても、彼らの命はないだろう。

「二人の命と引き換えに地球が守られるならば」と考える者の数は、おそらく全人口に匹敵するはずだ。個人の命がいかに重かろうと、人類滅亡の危機では仕方ない。だがファウストにはできない相談だった。彼だけは、そのうちの一人を失えないからだ。


 まさに、鬼のようなスピードとハンドルさばきと言えるだろう。サウスは長年培った軍人の勘と、野性的な力強さと、持ち前の運の良さで迫り来る竜巻を次々とよけた。

「ハッハッハーッ! 俺って天才!」

「うぬぼれてると蹴つまずくぞ?」

「俺は誉められて伸びるの! どうでもいいけど、そろそろアイツらの視界に入るんじゃねえ?」

「ああ」

「んじゃ、岩の影に寄せて止める」

「頼む」

 装甲車が止まると、ファウストは後部にある乗降用ドアを開け、空を見上げながら外へ出た。近くで多数の竜巻が発生しているため、一帯は強風にさらされている。ファウストも降りたはいいが、なかなか歩を進めるという具合にはならなかった。

「大丈夫か!? 立ってられんのか!」

 サウスが運転席から怒鳴ったが、ファウストには答えられなかった。口を開ければ塵や埃が入ってきそうだからだ。どうにか一歩二歩進んでも、すぐに押し戻されてしまう。

 ファウストはいったん車内へ戻り、防塵用の布を口元に巻き、ゴーグルを装着した。

「今度こそ行ってくる」

「おいおい、大丈夫かよ」

「ああ」


 言葉通り、ファウストはゆっくりとだが、今度こそ前へ進んだ。その姿をシギルがとらえたのは、まもなくしてからだった。

「誰かいる!」

 シギルがブレッドに向かって叫ぶと、ブレッドは地を見下ろした。治癒と再生を施すことによって視野が最大限まで開かれているブレッドには、それが誰か分かった。

「……ロスレインだな。なにをしに来たのかは、あえて問うまい」

 しかし、シギルは穏やかではなかった。

「に、兄さん!? 早く退避させないと!」

「なぜだ?」

 問いかけるブレッドの目は冷静だった。声も静かで、そのわりによく通った。

「運命を共にしなければならないことを分かって来たのだろう。それを止める権利はオマエにもない」

「そんな!」

「残された者の苦しみは計り知れないぞ。ましてシーランだ。それでもオマエは心中を選ばないのか? 兄一人、この世に置いていくのか」

 シギルはぐっと言葉を詰まらせた。心中は感心しないが、シーランの兄弟にかぎってはあり得る選択肢なのだ。生き残っても廃人になってしまうのでは、意味がない。人は身体機能のみで生きるのではないからだ。

 むしろ、たとえ全身麻痺になったとしても、心さえ開かれていれば、人は生きていると言える。希望を持ち、自身を見つめ、明日に立ち向かう意志を持ってこそ、真に生きていると言えるのだ。

「俺、やっぱり生きて帰れないんでしょうか」

 その問いに、ブレッドはふうっと溜め息ついた。

 シギルは、疲弊した身体と精神をつなぐ糸が切れそうなのを自覚しながらも、一縷の望みにすがりたいのだ。だが、最初のサマイト森林地帯からこのストーク断層へ到達するまでに、もう一生分のエネルギーを費やしてしまった身体である。惑星規模の傷を請け負ったブレッドが治してやることはできなかった。

「死ぬのは肉体だけだ。魂は生き続ける。また新たな世界へと旅立つのだ」

 シギルは皮肉げに口の端を上げた。

「まるで用意されているみたいに言うんですね」

「用意されている」

 シギルは思わず唖然とした。

「生まれ変わるんですか?」

「まあな」

「俺が死を恐れないために言ってるんじゃないですよね?」

「ああ」

 シギルは大きく息を吐いて、地上から自分を見上げているらしい兄の影を見つめた。できることなら幸福を分かち合いたかったが、セフィラとして生きた自分は、死を共有することしかできないのか、と。

「話をしてきても構いませんか?」

「好きにしろ。あとは俺が片付ける」

 自分も限界だろうに、そう言って笑みを見せるブレッドに甘え、シギルは兄のもとへ降りた。窮地を回避するためでも、生き抜くためでもない話をしに、行ったのだ。

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