03
「で、それはウイルスなのかね。バクテリアなのかね」
早朝の対策会議に出席したマーロウ医師は率直に尋ねた。マーロウは外科医師だが、ウイルス研究の第一人者でもある。そのため特別に呼ばれたのだ。ほかに会議へ出席している者は佐官級以上の士官である。
「ウイルスであり、バクテリアでもある。ウイルスの感染力とバクテリアの特性を融合させた新種のものだ」
ブレッドが説明すると、マーロウは頭を抱えた。
「感染力が強く突然変異を起こしやすいと言えるのはインフルエンザウイルスだが、型が判明しないね。バクテリアも特定せねばならんが……脳に寄生して細胞破壊するほかに何か特徴は?」
「植物を腐敗させること以外はまだ分からない。サンプルを開発センターに回した。結果待ちだ」
「バクテリアは一般的なものの可能性が高いね」
と言ってから、マーロウは席を立った。
「ここで座って待っていても仕方ない。私なりに調べてみよう。サンプルはまだあるかね」
「ああ」
マーロウはサンプルを受け取ると、早々に引き上げた。残る士官は、地図をモニターに映して対策を練った。そして政府機関と医療機関に警告文を出し、マスメディアを通じて民衆に冷静な対応を呼びかけた。
具体的な対応は、バクテリア噴射装置が作動した箇所をただちに封鎖し、近辺にいた人間を即確保する。そこへブレッドとセフィラが赴いて、ウイルスの排除と患者の治療をおこなうというものだ。パンデミック(感染爆発)を引き起こさないための最善策である。
始めに噴射装置作動の確認が取れたのはリベリー地方だ。午前九時ちょうどである。付近は地方の警察や消防によって封鎖され、ブレッドとシギルの二人によって素早く処置がなされた。
二番目はスカルベニー——GPとの戦闘が開始された地だ。ここは荒れ地が広がる場所で、町も民家もない。特に封鎖する必要もなく、また無事に処置がなされた。午前九時三十分である。
三番目はジェスター・ヴァレイ、午前十時。四番目はディストール、午前十時三十分。五番目はフィッシャーズ・レイク、午前十一時。六番目はアーガド、午前十一時三十分……
各所、三十分置きに装置が作動した。北半球から南半球、南半球から北半球という規模での移動が続く、まるで終わりが見えない作業である。ブレッドの瞬間移動能力がなければ、とても対応できるものではなかった。
「くそっ! どれだけ仕掛けてやがるんだ!」
指令室でモニターを見ながらシュウヤは怒鳴った。時間ごとに濃くなるブレッドの朱の紋様と、疲れが顕著に現れはじめたシギルを心配しているのだ。衛生カメラで各所を監視し、噴射の事実確認ができ次第ブレッドに連絡を入れているのだが、次の連絡は正直、もう入れたくなかった。
「ほかの対処法はないのか」
苛立った様子でファウストが尋ねた。ストレスを溜めているのは彼も同じなのだ。シギルの身を案ずるあまり、生きた心地もないのである。
「あればとっくにやってるだろ? ブレッドが」
「彼は万能か?」
「そりゃあ、だって」
「だって?」
「宇宙を形成して星を創造したのは奴だから。ま、別に信じてくれなくてもいいけど」
「……確かにパッと聞いて信じられる話ではないな。だがそれなら、ロスト・フィラデルフィアの存在自体をなくする方法くらい編み出せるんじゃないのか?」
「ウイルスやバクテリアにどんな存在理由があるかは知らないが、ただ人に害をなすというだけで、その決断はできないだろう? 人間は決して万物の頂点にない。むしろ病原体の脅威と戦うことによって学ぶことがあるとするなら、それは死より崇高だって、奴なら言うだろうな」
ファウストは渋い顔で腕組みした。
「だが、みずから赴いて戦っている。それのどこに意義が?」
「シギルがくっついて行ってる」
「ん?」
「セフィラとしてのシギルの行為を民衆がどう受け止めるか。それが大事だって考えてるんじゃないか?」
つまりブレッドは、この危機に乗じてセフィラの支持率を上げようと狙っているのである。
ファウストは言われて気づき、唖然とした。
「なるほど。転んでもただでは起きんというわけか」
「正解」
しかしやはり心配なことには変わりないと、ファウストはモニターを見つめた。無事に帰って来ることを祈り、二人にとっての明日が希望に満ちたものであることを願いながら。