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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第六章 ロスト・フィラデルフィア
30/36

02

 スカイフィールズは、金属製のカプセル上部を回転させた。すると上半分が持ち上がり、中に液体が入った棒状のガラス容器と、いくつかのボタンが見えた。液体はワクチンであり、ボタンはバクテリア噴射装置のスイッチであると言う。

「開発センターがこのワクチンを作る頃には手遅れとなっておるじゃろうな」

 ロスト・フィラデルフィアはスカイフィールズがバクテリアから発見し、増殖させ、進化させた一種のウイルスである。つまりほぼ未知のウイルスだ。

 ショーカーは額に汗をかいてうなった。

「貴様……」

 スカイフィールズはその反応を面白がりながら、みずからの腕にワクチンを打つと、スイッチのひとつを押した。

「まずは森からじゃ」

 その言葉にブレッドは素早く反応した。

「ショーカー、奴の所在を特定したら現地の隊員に突入させろ。俺はシギルを連れて行く」

「了解」

 そしてシギルの腕をつかんだ。

「瞬間移動するぞ。まっすぐ俺の目を見ろ」

「え?」

 シギルが顔を上げた時、ブレッドの両眼が青く輝いた。その瞬間、景色が変わった。風が髪を乱す、空と緑の大地が広がる空間に、身体が浮いている。

「わ! わわわっ!」

「落ち着け」

「そそそ、そんなこと言ったって! 急に!」

「これからやることは、おまえの身に大きな負担をかけるだろう。その負担を俺が請け負うことはできない。地球へのダメージを吸収するだけで精一杯だ。それゆえ平常心を保ち、事を見極めながら慎重にやることが大切だ」

 シギルはやや茫然としたあと、息を飲み込んだ。

「イ、イエス・サー」

「よし、では下を見ろ」

 シギルは言われるまま下を見た。森林が広がっている。そしてすでに、腐食が始まっている箇所があった。

「あの辺りからだ。集中しろ」

「はい」

 シギルは意識を集中し、問題の箇所をえぐるように破壊した。微粒子、腐食した木々、接触している土地のすべてである。数秒で粉々に砕くと、そこへブレッドが間髪をいれず炎を投じた。炎は銀色に輝いている。おおよそ地球上にはない色合いだ。

 シギルが驚いてブレッドを見ると、指先に残っていた火が消えたところだった。物質変化に治癒能力、瞬間移動、そして炎を生み出す指先。ブレッドは一体いくつの能力を備えているのかと、シギルは首をかしげた。

 そんなシギルを見て、ブレッドは眉根を寄せた。

「ぼうっとしている暇はないぞ。見ろ」

 軽く顎を上げて差す方向を見ると、森林はまだらに腐り始めていた。

「どうやら仕掛けていたのは一カ所だけではなかったらしい」

 シギルは愕然とした。

「そんな……」

「森林はまるごと消滅させたほうが良さそうだな」


 しかしサマイト森林地帯は広大である。シギルは腐食箇所を中心に、何回かに分けてやらなければならなかった。それはブレッドが宣告したように、大きな負担となった。

 シギルがやっているのは単なる破壊ではない。細胞の破壊である。肉眼ではとらえられないバクテリアを細胞レベルで破壊するということは、それが付着している物や空気を丸ごと分解しなければならないのだ。

 ブレッドは、顔にも背中にも汗をかきはじめたシギルの肩に手を乗せた。シギルが細胞を破壊したと同時に銀の炎で消滅させるという作業を繰り返していたが、そのテンポが遅くなりはじめたことを気にしたのだ。

「速度を落とすな。間に合わないぞ」

「でも」

「これだけ広範囲となると、奴がバクテリアを仕掛けている場所は他にもあるはずだ。最悪、街の中も考えられる。ここはさっさと済ませて、一度基地へ戻ろう」

 恐ろしい予測にシギルはドキッとした。確かにスカイフィールズの目的は人へ感染させることである。もし実現すれば、シギルは感染者を破壊しなければならなくなるのだ。

 体中の汗が冷えて、シギルは震えた。

「俺、できません」

「なにを言う」

「だって!」

 シギルは肩にあった手を振り払った。その目が一瞬だけブレッドを睨む。が、視線がやや下に落ちて、ブレットの手の甲で止まった。

 朱色の美しい紋様があった。治癒能力の代償であることをファウストから聞いていたシギルは、目元をしかめた。

「その代償って、どういうものなんですか?」

 おもむろに尋ねられたブレッドは、自分の手の甲を見て苦笑した。

「痛いだけだ」

「え?」

「傷が持っていた痛みをそのまま貰う。それが治癒能力を発動させる絶対条件だ。理を枉げる行為だからな。相応の代償はいる」

 シギルは焦って森林を見下ろした。破壊され、えぐられた大地がゆっくりと隆起し、うっすら緑を取り戻しつつある。ひとつの直径は約数百メートル。それが数十個——その痛みとは、と考えて、ぞっとした。

「そんなことして、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと言わなかったか? それより作業に集中しろ。星がなくなっては元も子もないし、たとえ現存しても、動植物が死に絶えては意味がない」

「植物に対してはそれでいいかもしれませんが」

「必要ならば人間も引き受ける。おまえに人殺しを強要するほど愚かではない」

 ブレッドはきっぱりと言い、シギルの強い抵抗を一蹴した。だがそれでも、不安は残った。

「あなたは本当に死にませんか?」

「不老不死だ。この世が生まれる前から存在し、死に絶えても生き続ける。さあ、余計なおしゃべりはここまでだ。集中しろ」

「……はい」


***


 結局、森林は一度全滅した。だがブレッドの蘇生能力によってよみがえった。費やした時間は二十時間だ。

 そのあと基地へ戻ったシギルは疲労困憊していた。ブレッドも口には出さないが、紋様の朱の深さに苦しんだ。色合いが深ければ深いほど、紋様が鮮やかであればあるほど、痛みは深刻なのである。

「てめーは死ぬ気かよ」

 ブレッドの袖をまくって紋様を見たシュウヤが低い声でうなった。

「俺が死なないことはオマエが一番よく知っていると思ったが」

「アホか! 現実的な問題じゃない! 気持ちの問題だ、気持ちの!」

 それからシュウヤは指令室の床に寝転がってへばっているシギルへ向いた。

「おまえもバカだな。ブレッドに付き合ってたら、命がいくつあっても足りないぜ」

 シギルはうつ伏せたまま、顔だけを上げた。

「地球がなくなったら、俺の命どころじゃないでしょう」

「そうやって丸め込まれたか」

「いや、実際そうでしょ。この地球を救いたいなんて、高尚な目的をかかげてやる気なんかありません。そんな大それたことできるわけないし。でも俺は、兄さんや仲間を守りたいと思っています。そのくらいはできる力を授かったんですから」

 シュウヤは大きく舌打ちして、シギルのそばに腰を下ろしているファウストを見た。

「んなこと言ってるけど?」

「俺に意見を求められても困る。力になりたいが、あいにく凡人だ」

「おいおい。グラウコスの鷹だろうが」

「戦闘機に乗るしか脳がない鷹だ」

 シュウヤは呆れて肩をすくめ、ブレッドを振り返った。

「どうだろう。この謙虚っぷり」

「おまえも見習ったらどうだ」

「そうきたか」


 とはいえ、二人がサマイト森林地帯で奮闘しているさなか捕らえられたスカイフィールズは、すでにすべてのスイッチを押している。明日、時間差で噴射されるというが、どこなのか判明してはいない。未然に防げないかぎり、頼れるのはシギルとブレッドの力だけだった。

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