01
その一週間もまたたく間に過ぎた。グラウコス軍は六軍に勝利し、ブレッドは将軍らを解任したあと、身柄を法的機関へ委ねた。裁判官は戦犯という厳しい判決をして、懲役五十年の刑を言い渡した。
将軍らはそれを不服とし上告したが、グラウコス軍の圧力により却下。判決はくつがえることもなく、六将軍は北海に浮かぶ孤島の刑務所へと搬送された。
「あとはスカイフィールズとジアノスだな」
報告室にてシュウヤが腕組みし、窓の外を眺めつつ言った。壁の八割を占める大きな窓だ。基地のほぼ全体が見渡せる。ブレッドはその窓に背を向ける形で将軍のイスに腰かけ、机に入れたての緑茶を置いた。
なにも答えない様子のブレッドに、シュウヤは溜め息をついて問いかけた。
「ジアノスのことを考えているのか?」
「ああ」
「そんなに期待していたのか?」
「まあな」
「妬けるな」
シュウヤはふと本音をもらした。ブレッドはイスを回してシュウヤへ向き、笑った。
「おまえに寄せる期待とはまったく別物だ。それでも妬けるのか?」
シュウヤは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「い、いや。まあいいけど。そっか。惜しいよな。どこで道を間違えたんだろうな」
「……遠い昔だ」
***
十一月十日。
グラウコス軍は東大陸で待機中の自衛隊と合流し、最終戦へと突入した。空を埋め尽くす戦闘機と、大地を揺るがす装甲車が向かうのは、巨大な地下迷路を所有しているガゲード・パラディオン本部である。
「突入します」
一人の兵の連絡により、戦闘は開始された。
スカイフィールズは本部内にある研究室に立てこもり、薄暗い中でパソコンの電源を入れた。ジアノスは地下迷路へ逃げ込んだあとである。しかしそんなことは問題ではない。スカイフィールズはもとよりジアノスを信用してはいないので、「好きに逃げ隠れすればよい」と思っていた。
目下、気になるのはブレッド・カーマルの能力についてである。
ジアノスが最も恐れていた男、ブレッド・カーマル——スカイフィールズは、セフィラの能力こそ地上の神だと思っていただけに、話を聞いた時は耳を疑った。
「あの男は万物の超越者、界王と呼ばれる者の分身だ。私を殺しに来たのだ」
狂人のスカイフィールズでさえ、いかれた妄想だと思わずにはいられなかった。だが先の対戦で衛生カメラ越しにブレッドの能力を観たあとでは、ジアノスを笑えなくなった。
「界王は世界を開き、世界を閉じる。始まりと終わり。生と死。あらゆる力を有し、理を紡ぐ。誰も逆らえんのだ。誰も……」
ジアノスが頭を抱えながら悲痛な声を上げるその様を思い出しながら、スカイフィールズはふと脇に置いてある大きなガラス瓶を見た。中にはホルマリンづけの生首が入っている。年老いた生物学者ラウ・コードだ。
「誰も逆らえぬのなら、わしが逆らってやるわい」
スカイフィールズはしわがれた声で呟いた。
***
グラウコス軍司令室のモニターにそれが映し出されたのは、正午だ。
ラウ・コードの生首が入った瓶を脇に置き、歪んだ笑みを見せるスカイフィールズ。モニターの前にいた大将らとロスレイン兄弟は青くなって硬直した。
〝久しぶりじゃなあ、シギル〟
その言葉に腕をわななかせるシギルを見て、ファウストはとっさに肩を抱いた。
「落ち着け」
陸軍大将マイケル・ショーカーは、そんな二人を向こう側のモニターに映さぬよう前へ出て、スカイフィールズを睨んだ。
「降伏しろ」
「降伏か……。それをしたからとて、わしのしたことが許されるわけではあるまい」
そう呟いたとき、司令室にブレッド・カーマルが現れた。スカイフィールズはモニター越しに姿を確認すると、大きくため息をついた。
「わしの夢はこの世界の頂点に立つことだった。そのためにはセフィラの力が必要だったのだ」
「やつの助言か?」
ブレッドはモニターの前に立ち、問うた。スカイフィールズは苦笑した。
「わしの考えだ。しかし奴は言った。この世には神を支配する者がいる、と。おぬしだろう、ブレッド・カーマル」
「だとしたら?」
「ふん。おぬしの手には、わしが求めたセフィラの力もあるのだな。わしが支配したかった全てと、セフィラの未来も」
「自分の未来は自分で決めるものだ。俺は先導者にすぎん」
「わしに決められるのか」
「……いや。大罪を犯した者はその限りではない」
「では、わしを導け。この魂のゆく先を示せ」
「おまえは再びこの地球に生を受ける。兄弟のないシーランとして。その時にどう生きるかは、やはり自己責任だ」
「ほお?」
スカイフィールズは目を見開き、急に声を上げて笑った。
「兄弟のないシーランか! 今生の罪を来世で果たせと言うのか!」
「そのとおりだ」
ブレッドの返事はそっけない。スカイフィールズの感情に動じぬ姿は、まさに魂の行く先を決める先導者のようであった。
だがスカイフィールズも、これで引き下がるような玉ではなかった。おもむろに円柱状の金属でできた入れ物を取り出して見せたのだ。直径二十センチ、高さ四十センチほどのものである。側面にはバイオハザードのマークがある。
「ロスト・フィラデルフィア——森林を腐らせ、人を死に追いやるバクテリア。脳に寄生し、人格崩壊の末、十二時間で死に至らしめる。一ヶ月もあれば、この地球全体に広がるじゃろう」
「なんだと!?」
マイケル・ショーカーが思わず声を上げた。スカイフィールズはそれを楽しむように、ニヤニヤした顔のまま静かに告げた。
「このバクテリアを死滅させることができるのは、セフィラのサイコキネシスだけ……しかしそれをすれば地球にも大きなダメージとなるじゃろう。崩壊は免れん」
ブレッドはゆっくりとシギルを振り返った。
「どうなんだ?」
シギルは青ざめた顔でうつむいた。
「やり方としては一カ所に集めて破壊するしかありませんが、バクテリアは肉眼では見えません。大きさで対象を固定して集中的に破壊するにしても、ほかのものも壊してしまいます。つまり生態系も、空気中に含まれる物質も、すべて」
「だが、それで殺人バクテリアは確実に死滅するんだろう?」
シギルは顔を上げ、眉をひそめた。
「地球も道連れですよ?」
「そっちは俺がなんとかしよう」
「なんとかって?」
「命ある者の死は請け負える。この星にも命があれば、どうにかできるだろう」
ブレッドが言うのは、マチルダを蘇生し、シギルの怪我を治癒したあの不思議な力のことだ。それを地球にも応用するつもりなのである。
「それって、危険はないんですか?」
「さあ」
「さあ……って」
「とにかく俺は死なないから大丈夫だろう」
「なんですかそれ」
シギルは意味が分からずにしかめ面するだけだった。痛みを請け負う方法も、死を請け負うことの苦しみも、何も知らずにいたからだ。