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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第五章 奇跡の日
28/36

05

 六軍とグラウコス軍が激戦を繰り広げるサレジオ平野を、ブレッドの機体が寸断するように横切った。これを合図に、燃料やミサイル等の補給が必要なものは一斉に後退する。

 六軍はグラウコスの動きを機に、クイヴァー軍ペイギー・ホイル将軍の号令により的を絞った攻撃を開始した。

「ブレッド・カーマルだ! やれ!」

 大声を張り上げつつ、ペイギーは「無謀なことをするものだ」と呆れた。今の六軍の戦力は少なくともグラウコスの三倍。そこへ飛び込んで集中砲火を浴びれば、ひとたまりもないはずだった。

 しかしブレッドはグラウコスの鷹も真っ青の技術で、飛来するミサイルや砲弾をくぐり抜けた。味方に向ける無線連絡も余裕綽々だ。

「三十分だけだぞ。素早く補給し、復帰しろ」

〝アイアイ・サー〟

 この三十分、六軍は血眼になってブレッドの機体を狙った。我先に武勲を立てようと意気込んだ者もあるだろう。機体だって一回り大きいのだ。当たらないわけがない……と信じていたが。

 まったくもって当たらなかった。自由に空を舞う姿はまるで、六軍の攻撃を嘲笑うかのようだ。

「な、なんなんだ一体。どうなっとるんだ」

 ブレッドの行動をバカにしていたペイギーは唖然として、日光を反射するコバルトブルーの美しい機体を目で追った。

 そう。不思議なことに目で追える速さだ。とはいえ将軍の地位についたペイギーであるからこそ追える速さでもあるが、それにしても遅い。わざと狙いやすくしているように見える。

「なぜ当たらないんだ」

 不気味に思っていると、ようやく誰かのミサイルが機体に接触した。ペイギーは思わず拳を握った。

「やった!」

 が、機体は傷つくことなく通り過ぎた。あとには何故かハラハラと、白い花びらが舞っている。

 ペイギーは目を凝らし、様子をよく観ようとして装甲車のサンルーフから顔を出した。それがいけなかった。


 激しい攻撃がやまない中、ブレッドはペイギーの姿をみとめると、コックピットを開けた。これには敵味方なく仰天した。まさに自殺行為だ。遅いとはいえ時速は五百キロから六百キロだ。コックピットを開ければ重力安定装置は作動せず、身体は直接外気にさらされ、とてつもない遠心力と推進力と空気の壁にぶつかる。

 ところがブレッドはシートベルトを外し、悠然と立ち上がった。そして自動操縦プログラムをセットし、ペイギーのいる上空へ到達すると、身ひとつで一気に飛び降りた。

 ペイギーは装甲車から上半身を出したままの状態で硬直した。百メートル以上もある上空から平然と降り立ったブレッド・カーマル。その手には刀が握られており、刃先はあっというまにペイギーの首をとらえていた。

「抵抗すれば首が飛ぶぞ」

 ペイギーはもとより、周辺の兵士も度肝を抜かれて腰を砕けさせた。間近に見るブレッドの立ち姿は威厳に満ち、神々しく、優雅で気品に溢れている。何よりも美しい。

 勇気ある誰かが銃を撃ったが、弾丸はブレッドの手前で花となって砕け散った。これはセフィラのサイコキネシスではないと誰もが直感し、畏れをなした。

 サイコキネシスならば、弾丸は弾丸として砕けたであろう。だが「花」となって砕けたのだ。物質そのものが変化している。これは一体どういうことだ、何が起きているというのだろう、と六軍兵士らは戸惑い、混乱した。

「俺の配下にありながら反旗を翻すとは、いい度胸だ。そこから、ゆっくり出てこい」

 ペイギーは全身を小刻みに震わせ、やや失禁しながら装甲車の上に出た。

「背を向けろ」

 ペイギーは言われるままに背を向けた。ブレッドはその後ろ首の襟を掴むと、低空飛行で迫ってきた自分の戦闘機にヒラリと飛び乗った。


 エネルギー補給もおおかた完了した頃だ。ブレッドはファウストらと入れ替わるようにして、司令本部へ戻ってきた。

「捕虜だ。監禁しておけ」

 ブレッドはペイギーの身柄をショーカーに預けると、また戦闘機へ乗り込んだ。

「次は海だ。陸は任せたぞ、ラインビル」

「イ、イエッサー」

 シギルは動揺と緊張を抑え、陸側のモニターに向かった。


***


 開戦より十二時間後。数回に渡るブレッドの参戦と自衛隊の加勢により、形勢は逆転した。

 勝機を失った六軍は陸海空ともに、本拠地に応援要請を出した。本拠地にはまだ戦闘装甲車両七千台と戦闘機二百機が待機してある。しかし結局、将軍全員が身柄を拘束され本体総崩れとなった今、援軍など何の役に立つだろうか。

 捕虜としてグラウコスの地下牢に監禁された将軍らは、失意にうめいた。

「やたら人間離れした美貌だと思っていたが、まさか本当に人間でなかったとはな」

 ハリストの呟きに、マッケイズは耳を塞いだ。

「その話はしないでくれ、忘れたい」


 ペイギーを捕まえた時の超人的な行動など序の口だ。海の戦場に舞ったブレッドは神か悪魔かという様相を呈していた。

 コバルトブルーの戦闘機から飛び降りたのは同じだが、着地点は海面。ブレッドは波の上に立ち、海水を操って敵艦隊をなぎはらった。操られた海水は東洋の龍のごとく踊り狂い、上空にある戦闘機をも叩き落とした。

 セフィラのサイコキネシスなど目ではない。この世の者とは思えぬ美しい男の青く輝く双眸を、誰もがハッキリと胸に焼きつけた。


 ハリストはマッケイズを鼻で笑った。

「忘れられるか。どうせまた顔は合わせるだろう。処分を言い渡される時に」

 彼はすでに何もかも諦め、開き直っている様子だ。しかしこの期に及んでまだ命が惜しいマッケイズの嘆きは続いた。

「ああ、セフィラ以上の脅威があると、誰が想像できた? そうと知っていればこんなこと——あのベストラがやられるわけだ。どうしてもっと慎重にならなかった。ああ、軽率だった」

「泣き言をいっても始まらん。おまえも将軍の端くれなら腹をくくれ」

「自衛隊がGPにかかりきりでグラウコスが疲れきっている、今が攻撃の絶好のチャンスだと言ったのは貴様だぞ。責任を取れ」

「俺一人になすり付ける気か。賛成した者にも責任はある。連帯責任だ。ふざけるな」

「なんだと!」

 マッケイズが反発しかかると、地下牢入り口が開いた。監視員がブーツの踵をならしながら入って来て立ち止まる。ハリストとマッケイズはむろん、これまで二人のやりとりを黙って聞いていた将軍らもシンとなって言葉を待った。

「総帥がお見えになる。静粛に」

 みなは息をのんだ。

 ベースメルジーナ軍、テル・マッケイズ将軍。六十歳。

 タートルダヴ軍、ハリスト・プラナコフ将軍。五十八歳。

 クイヴァー軍、ペイギー・ホイル将軍。五十五歳。

 アーガト軍、コバス・レイドル将軍。六十三歳。

 グリフィングローヴ軍、シモン・パドラー将軍。六十五歳。

 ファーネスエッジ軍、ジェイムズ・マークス将軍。六十二歳。

 それぞれの想いは、ほぼ同じである。

 若かりし頃はエリート士官だった面々。この年でようやく将軍という地位にたどり着いたかと思えば、失脚も目前。票を集めるために渡した賄賂も、肥やした私腹も、すべてが水の泡だと思うと絶望感に拍車がかかった。

 ブレッドは地下牢の狭い入り口を、くぐるようにして入ってきた。そして全員から見える位置に立った。殺風景な薄暗がりに輝かんばかりの美貌と威厳である。将軍らはもう生きた心地ではなかった。

「おかげでグラウコス軍は優勢に立った。一週間でケリがつくだろう。それまで処分は保留とする」

 一週間後に死刑宣告すると云われたのも同然だ。将軍らは力なく膝を崩し、床に手をついた。

 マッケイズは鉄柵にしがみつき、ブレッドを見上げた。

「い、命だけは、とらんでくれ。私にも家族がいるんだ」

 するとブレッドは皮肉げに口の端を上げた。

「平均六十を上回る歳の人間の命を、いまさら取って何になる。とにかく一週間後だ。おとなしく待っていろ」



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