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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第五章 奇跡の日
27/36

04

 陸の戦場では、応戦しようにも相手の弾頭の数に押されて身動きならない状態が続いていた。装甲車の陰に隠れた兵士が喚く。

「もう駄目だ! 侵攻されるのは時間の問題だ!」

 上空では、ファウストが中心となって撃墜劇を繰り広げている。が、いくら落としてもキリがない状態で、さすがに嫌気がさしていた。ただ、一撃必殺でミサイルを節約し、自分の搭乗機にはかすり傷ひとつ付けさせないあたりが、グラウコスの鷹たる所以だ。敵機の兵士が思わず、溜め息まじりにこう呟くほどである。

「バケモンだ」

 とはいえ、圧勝の手応えを感じつつある六軍側の兵士は、凄まじい数の砲弾やミサイルを陸から空から浴びせながら、いい気味だと笑った。

 軍人はみな、一度はグラウコスに憧れる。だがそこは狭き門だ。他軍に籍を置かざるを得ない彼らはグラウコスの軍人を妬み、ひがんでいた。そこを叩き潰せるというので喜々としているのだ。

 もちろんセフィラは脅威だ。だが公約では攻撃に使用しないとある。総帥の性格からして、それが破られることはないという確信もあった。仮に利用したらしたで名は地に落ちる。六軍に不利なことは一切ないのだ。

「やれ! 奴らの鼻をへし折ってやれ!」

「野郎どもの膝を砕け!」

「裏切り者のシーランどもを、ぶっ殺せ! 後悔させてやる!」

 戦場には野蛮な怒号が飛び交った。品のない罵声は奇しくも無線に拾われ、周波の合ったグラウコス軍の受信機から漏れる。グラウコスの兵士らはそれを聞いて、はらわたが煮えくり返った。

「くそっ! 言いたい放題言いやがって」

「眼球えぐられたって屈服しないぞ。冗談じゃない」

 とはいえ、一方的に攻撃されている現状は変わらない。セフィラの力はぎりぎり全体に行き渡っているらしく、思いのほか機材や兵器、兵士らには損傷がない。が、それも忍耐力との勝負だ。

 シギルの集中力や体力の途切れる時が、勝敗の分かれ目。戦場で指揮する将官も、シギル一人の力に頼るのは限界があると知っている。それまでに局面を打開したかった。

「ちくしょう! 何かないのか!」

 そこへ無線が入った。

〝タイラー、二時の方向にわずかな隙がある。ダメもとでもいいから砲弾叩き込め〟

 ファウストからの指示である。タイラーは驚いて背筋を伸ばした。

「イ、イエッサー! 二時の方角、弾道ミサイル、砲撃用意!」

「砲撃用意!」

「発射!」

 タイラーの指示を反復した兵士が弾道ミサイルを発射した。重く大きな地響きをともなって弾道弾が飛ぶ。一度に十連発発射可能のものだ。最初の弾道弾が迎撃されても、九発目、十発目は確実に狙いの位置を仕留める。

 その攻撃を受けて、六軍のフォーメーションがわずかに乱れた。そこを透かさず空軍機が爆撃開始する。

 思わぬ反撃にベースメルジーナ軍のテル・マッケイズ将軍が慌てて檄を飛ばした。

「何をやっている! 急いで体勢を整えろ! 油断するな!」

 六軍の将軍は陸と海に三名ずつ分かれて参戦をしている。ひと目ブレッドの泣き面を見ようと意気込んで来たのだ。絶対勝つと自信のある戦でもあるし、基地でじっとしているのはもったいない。だが見くびってもいなかった。ベストラ・スエムを倒した男相手だ。一瞬の隙が命取りになることぐらい、重々承知しているのだ。

「数が多いからといって、気を抜くな! 相手はグラウコスだぞ!」

 六軍の兵士らは性急に体勢の修復にかかった。崩れかけた部分を立て直し、素早くグラウコスの空軍機を追い払う。ファウストは軽く舌打ちして、いったん退いた。

「次の隙を待て」

 ファウストがタイラーに言い置いた直後、陸の彼方に黒い波が現れた。同時にブレッドからの連絡が割り込む。

〝自衛隊が到着した。敵の背面から攻撃開始する。次は大いに隙が出来るだろうから、見逃すな〟

「了解」

 ファウストの口の端がにわかに上がった。

 援軍が来たというので、グラウコス軍全体の士気も上がった。逆にパニックに陥ったのは六軍だ。表は精鋭ぞろいのグラウコス、背中は得体の知れない自衛隊——しかし挟み撃ちも想定内である。

 タートルダヴ軍のハリスト・プラナコフ将軍は迅速に兵力を分け、それぞれに応戦させた。


「なかなかやるな」

 総本部屋上で呑気に評価するブレッドを、シギルはわずかに睨んだ。モニターを前にサイコキネシスを惜しげもなく放出し続けてきて、少し疲労ぎみの心が萎えたのだ。

「海の方も、うちは悪戦苦闘してますよ」

 皮肉を込めて言う。

「自衛隊も来たようですし、俺、やっぱり参戦します。今度は賭けじゃなく、本気で」

「攻撃には使用しない。これは公約だ。守ってもらう」

「このままでは味方の死傷者が確実に出ます。それはお望みではないんでしょう? それともまた生き返らせますか」

「そう何度も蘇生の力は使わない」

「それでは、やはり攻撃を。俺がすると言ってるんです。将軍が公約を破るわけじゃありません」

「そんな主張は通らない」

 強く制したブレッドは、シギルを見据えた。

「兄が心配か」

 シギルはぐっと奥歯を噛んだ。

 あれだけ敵を撃ち、縦横無尽に攻撃を避けた機体だ。燃料もミサイルも底をつきかけているはずである。補給に戻る時間があるのか、余裕があるのか、今の段階では難しい。せめてそのフォローにだけでも行けたらと思うシギルの心を、ブレッドは読んだのだ。

 ブレッドは無線機を取った。

「今から参戦する。まずは陸。俺が敵を引きつけている間、燃料、ミサイル等、補充すべきものは補充しろ。陸が済み次第、海へ移る。要領は同じだ。以上」

 そしてすぐにシギルへ向き直った。

「俺が陸にあるあいだは海のみを、海にあるあいだは陸のみのフォローで結構だ。おまえも少しは気を抜け」

「お一人で全攻撃を引き受けるつもりですか?」

「たいしたことはない」

 ブレッドは踵を返し、屋上の中央に待機させてあった将軍用の戦闘機に乗り込んだ。通常のものよりひとまわり大きく、コバルト色に輝く機体だ。機体は五メートルほど垂直に浮かぶと、戦場めがけて急発進した。


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