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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第五章 奇跡の日
26/36

03

 七月十三日。スカルベニーにて戦闘が再開された。

 二十九日。GPスカルベニー支部を制圧。

 八月一日。最西部ジェスター・ヴァレイへ移動。同日戦闘開始。

 二十二日。ジェスター・ヴァレイ支部制圧。

 二十七日。第二部隊はグラウコスへ帰還し、第一部隊が次の戦地となるサマイト森林地帯へと向かった。

 九月三日。第一部隊は第三部隊と合流。サマイト森林地帯の元GP研究所より一キロ離れた地点にあるGP支部へ攻撃開始。

 戦は順調であった。おそらく九月中には、西部から北大陸にかけてのGPを制圧しきるだろう。東大陸は現在、自衛隊による占拠が継続しており、グラウコスに攻め入ったGPの戦闘隊は戻ることかなわず、海上にて待機。沈黙している。


「で、実際どうするんだ?」

 報告室の窓から外を眺めつつ、一時的に帰還したシュウヤが「戦の方向は定まった」とみて、ブレッドに尋ねた。イスに腰かけているブレッドは、首を縦にも横にも振らなかった。

「そう急くな。ここが踏ん張り時だ」

「終盤じゃなく?」

「いくら交代制をとってあるとはいえ、士官は他の兵士と違って代わりがきかない。ほとんど休息なしで来た。サマイトを制圧したあと、疲れきったところを狙われる可能性は充分にある。油断は禁物だ」

「狙うって、誰が?」

「六軍。そろそろ大挙して攻めてくる頃合いだ」

「おいおい、大丈夫なのか?」

 シュウヤは窓から視線を外して振り向いた。ブレッドはいつのまにかイスごとシュウヤに向いていた。

「さあ? 大丈夫でないと困るが」

 少し笑うブレッドを見て、シュウヤも笑った。ベストラ・ファミリーを一網打尽にした男に「大丈夫か」とは、確かに滑稽だ。

 しかしそのあとブレッドは笑みを消し、目線を落とした。

「とはいえ、もともと同じ組織の者同士がやり合うとなると単純じゃない。こちらの設備や施設の配置。兵力。資金。ありとあらゆるところが知り尽くされている。シーラン兵が抜けても六軍が一体となれば、規模はグラウコスの二倍から三倍になる。おそらく苦しい戦を強いられるだろう」

「えっ、じゃあどうするんだ」

「西から北を完全制圧後、当然兵士は一人残らず帰還させる。制圧後の管理は自衛隊に委ねるとしても、その半数、つまり東のを除いた数だから四分の一だな。これは我が軍とともにグラウコス入りしてもらいたい。他軍から来たシーラン兵を加えれば、頭数の差だけは補えるはずだ」

「シーラン兵は役に立つのか? もともと六軍の連中だろう。向こうには友人や恋人がいたかも知れない。そんなの相手に戦えるか」

「覚悟があるからこそ集結したんだろう? 大丈夫だ。今はシーランとしての誇りを守るため躍起になっている」

「誇りか。セフィラも大変だ。で? ほかの打つ手は?」

「兵器に関しては、あるものを使い回すしかない。資金や食糧については寄付を募ろうと思う」

「寄付う!?」

「メディアに訴えるんだ」

「うまくいくのか?」

「うまくやらなきゃ、マスコミも商売あがったりだろう。こちらとのコンタクトをとる絶好の機会だ。ニュースになる」

 シュウヤは溜め息ついて、腕を組んだ。

「で、ジアノスは後まわしか」

「しかたないが、そういうことになるな」


***


 九月二十三日。グラウコス軍は南大陸西方のスラッシュ・ヴィレッジ開戦から約五カ月の時を経て、北大陸サマイト森林地帯におよぶGP支部を全域制覇した。

 翌日には残留組の自衛隊に管理を委ね、基地へと引き上げる。すると、さっそくブレッド・カーマルによる訓示があった。

「ご苦労だった。諸君らの献身的な働きに感謝する。おかげで当初の目的は果たせた。本来ならここで充分な休養をとってもらうところだが、あいにく暇がない。すでに六軍が戦闘準備を完了し、こちらへ向かっている。名目はこうだ。〝グラウコス軍によるセフィラ独占の実態を打破するための作戦〟。本音はセフィラを略取し、俺を総帥から引きずり降ろす手筈だろう」

 帰還早々、物騒な話を聞かされて、疲労しきっている兵士は狼狽した。自衛隊員もそれは同じだ。彼らも住民に対するフォローに忙しく走り回っていたので疲れている。いくら日頃鍛えてある体力自慢の身体でも、連戦は応える。交代の利かない士官は特に顕著だ。

 ブレッドは帰還した四万六千人あまりの戦士を前に、労いの言葉だけではどうにもならない疲弊を感じた。ブレッドの横では大将らが心配そうに状況を見守っている。すぐ後ろに控えていたシュウヤはブレッドに寄って、耳元で囁いた。

「どうする? 一日は休暇をやれるにしても、それだけじゃ」

 するとブレッドも小声で返した。

「しょうがない。こればかりは、どうにもならん」

 そして兵士らに向かった。

「これより明日正午までが休暇だ。それまで、こちらで控えていた第二部隊、シーラン兵および将官、海軍が主流となって切り回す。時間は少ない。身体を休めることにのみ集中してくれ。以上、解散」

 兵士らは解散し、自衛隊員は、あらかじめ陸軍管轄の訓練場に設置しておいた仮設住宅に案内された。

「ここだけの話、ブレッドもほとんど不眠不休だ。おまえたちも不満はあるだろうが、堪えて踏ん張ってくれ」

 案内役のシュウヤが言うと、隊員の一人が笑った。

「確かに疲れちゃいるが、英雄の顔見たら俄然やる気が出た。なあに、一晩休めば何とかなるさ」

 それにつられたように、ほかの隊員らもみな笑みを浮かべた。

「そうとも。我らが英雄のためだ。協力は惜しまん」

 グラスゲート出身者が多数を占める自衛隊員らしい言葉だ。連戦で不満が出るかと思っていたシュウヤは、いらぬ心配だったと苦笑した。

「いい奴らだな。早死にするなよ?」

「縁起でもねえ」


***


 十月一日。グラウコス基地に面している海上およそ二千五百キロ沖に六軍の軍艦二百五十隻、駆逐艦・潜水艦二百隻が、サレジオ平野には戦闘装甲車両三万五千台が、戦闘機は陸海合わせて七千機が現れた。未曾有の規模だ。

 以前ブレッドが指摘したように、兵士の数では五分に張れても、兵器の数では到底太刀打ちできない。

 グラウコス軍兵士は、愕然とした。自然と汗が吹き出る。みな唾を呑み、息を止めた。前線にはシギルを除く中将以下の将官までが配置されている。普通なら心強い。だがこれではそれも効果を発揮しない。

「いくらセフィラがついてたって、この数、半端じゃない。フォローも限界がある」

 誰しも胸中は同じだった。しかし戦闘態勢にはつかなければならない。絶体絶命感が胸の九割を占めた状態で、兵士らは位置に着いた。開戦時にあった覇気など、すでにすっ飛んでしまっている。

 六軍が先攻した。グラウコス軍は一足遅れて応戦した。

「おいおい、もう気合いで負けてるぞ」

 シュウヤは総本部屋上に臨時で設けた司令部で、風に髪を乱されながらブレッドに言った。大将らも表情を強張らせて成り行きを見守っている。

 シギルは居ても立ってもいられず、ブレッドに訴えた。

「俺も参戦します! 許可を下さい」

「駄目だ」

「でも!」

「あの数の砲弾とミサイル、いくらセフィラの力が強大だろうと、全てを防ぐことはできまい。しかもサレジオに出れば海は切り捨て状態、逆もまたしかりだ。モニターで可能な限り守りに徹するほうが有益だ」

「ですが四分の一、いえ五分の一でも防げれば、突破口ぐらいは作れるかも」

「この戦で賭けをしてはならない。絶対できるという確証がないことをしている暇はない。そのあいだに侵攻される」

「じゃあ、指をくわえて負けて行くのを観ているつもりですか!」

 シギルは、セフィラという特別な立場にありながら手を出せずにいるのが、もどかしいのだ。

「ブレッド、シギルに許可をやれ。圧倒的というより完全に不利だ。やられる」

 横からシュウヤの忠告が飛んだ。が、ブレッドはそれを無視して屋上の端に立ち、遥か先に観える戦場を眺めた。

「確かに不利過ぎる。このままでは、いかにグラウコスでも壊滅だ」

「どうするんだ!」

「あと十五分で自衛隊の援軍が東から三万六千、西から一万五千来る予定だ。陸も海も挟み撃ちにする。それまで持ち堪えてもらうしかない」

「十五分……、長い」

 フォレストが呟き、顔に伝う汗を拭った。


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