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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第五章 奇跡の日
25/36

02

「ねえ、お父さん。私、自分なりによく考えてみたの。聞いてくれる?」

 自室にて療養中のマチルダは、暇を縫って会いに来た父フォレストに向かい、言った。

 フォレストは娘からの突然な申し出に眉をひそめながらも、うなずいた。

「なんだね」

「私は一度死んだわ。本当なら、ここでこうしていることも、セフィラ戦を終えたあとの未来もないはずだった。でも生きてる。私は生まれ変わったんだわ」

 生きていることの喜びを語る娘を見て、フォレストは我が事のように嬉しく思った。しかしマチルダは穏やかな表情から一変、厳しさを秘めた眼差しで父を見つめ返した。

「私のこの先の人生はもともとないも同然。同じないのなら、もっと自分らしく、一所懸命生きて行きたいの。だからお願いよ、理解を示して」

「理解……とは?」」

 いぶかるフォレストの前で、マチルダは大きく深呼吸した。

「……あの暗い海の中、嵐で思うように方向も定まらない海の中で、彼は私を捜してくれた。危険をかえりみずに。それを聞いたとき、私、とても嬉しかったの。やっぱり彼を愛してる。ファウストを愛しているのよ」

 思わぬ告白に、フォレストはどうしていいのか分からなかった。そしてやっと言えたのは、マチルダが待っている言葉ではなかった。

「あれはセフィラの兄だぞ。わかっているのか」

 マチルダはフォレストを睨んだ。

「わかっているから言ってるんだわ!」

 そう、わかっている。彼女も一度は偏見を抱いて離れたのだ。だからこそ、そんなことを言うフォレストが許せなかった。今のフォレストは少し前のマチルダだ。セフィラに対する先入観で凝り固まり、愛する者にさえ理解を示せない、心の狭かった彼女自身なのだ。

 だがマチルダはそこから目覚めた。心を開き、ようやく陽の当たる世界へ一歩踏み出したのだ。その気持ちを、父であるフォレストと分かち合いたいのだった。

「せっかく生まれ変わったのだ。ファウストのことなどキッパリ忘れて、新しい人生を歩むほうが賢明だ」

 なおもフォレストは説得するが、マチルダは耳を貸さなかった。

「無理よ。きっと彼以上に愛せる人を見つけられない」

「それは今だから思うことだ。時が経てば気持ちは薄くなる。あれ以上の男は必ず現れる。おまえはまだ若いんだし」

「そうね、お父さんの言うことは正しいかも知れない。でも正しいことだけが幸せなのかしら。自分の気持ちに嘘をついたこと、一生後悔しないかしら」

「マチルダ」

 マチルダはフォレストの目を、まっすぐに見つめた。その表情は凛として美しい。

「お父さん、私は死んだのよ? 生きているのは奇跡だわ。もういない者と思って許して欲しいの。悔いのないように生きたい。彼となら、どんな逆境にあっても大丈夫。私は幸せだわ」

 彼女の意志は固く、曲げられそうもない。フォレストは己のほうが間違っていないと思うのに、マチルダの言うことも正しいと思った。そう信じられるくらい、マチルダは輝いているのだ。

 フォレストはがっくりとうなだれ、肩を落とした。マチルダにはその父が、少し小さく見えた。

「おまえの人生だ。好きにしなさい。母さんには私から話すよ」

 マチルダは満面の笑みをたたえ、フォレストを抱きしめた。

「ありがとう、お父さん。大好きよ」


***


 その日は早朝から鬼のように忙しかったが、ファウストの心は晴れて表情には生気が満ちていた。マチルダが戻って来たからだ。

 自然と顔をほころばせるファウストを見たディモンズも、つられて微笑みながら「やれやれ」とため息ついた。

「やっぱり人間には愛と生き甲斐が必要なんだな」

 すると、そばにいたケイト・ゴールデン大尉が何気に答えた。

「少将も探しませんか? 私で良かったらお手伝いしますけど」

「え!?」

「やだ! こっち見ないでください」

「お、すまん」

 ディモンズは一度向けた顔を再び戻したが、そこからどうしたものか分からなかった。ケイトは小柄な女性だ。美人とか可愛いとかいうのではないがチャーミングだ。二十四歳と若くもある。三十四歳になるディモンズがどうするもこうするもないのだが、意味深な台詞に動揺した。

「手伝いと言うとあれか。見合いの相手でも紹介してくれるのか?」

「なんでそうなるんですか?」

「じゃあ……大尉が?」

「はい」

「俺は見ての通り冴えないオッサンだが」

「そんなことありません。とっても素敵です」

「そうかなあ。顔はぞっともしないし、頭もボサボサだ。たまには剃るが無精髭だってある。おまけに十も年上だ」

「私、ワイルドな人が好きなんです。顔も好みだし、十の違いくらい気にしません」

 ディモンズはまっすぐに遠方を見据えたまま赤面した。そのとなりでケイトも頬を紅潮させ、うつむいた。


***


 七月十日。セフィラ戦・第二幕が上がった。第三部隊は帰還していた空軍隊を伴って、第二部隊の待つスカルベニーへと発つ。

 今回、第三部隊はユーリ・イースト少将、空軍隊はディモンズ・バーン少将が引率する。いよいよ本腰でGP制圧に向かうのだ。

「今度は少将と一緒なんですね。嬉しい」

 とケイトは言った。ディモンズは照れくさそうに頭をかいた。

「遊園地じゃないのが残念だが」

「恋人同士で戦場に向かうっていうのもロマンチックですよ」

「ケイト……」

 ディモンズは優しく彼女の肩を抱き寄せると、口づけした。


 翌々日、連隊はスカルベニーへと無事到着し、第二部隊と合流した。ユーリはタイラーと近況の報告をし合う。同じようにディモンズもメイレンと報告を交わした。

「グラウコスでの戦闘結果は伺っておりましたが——」

 メイレンは、死んだ人間が生き返ったという話を聞いて顔面を蒼白させ、動揺をあらわにした。

 ディモンズは苦笑した。

「今では生き返ったという事実より、死んでいたというのが信じられないくらいだ。基地の連中は意外と冷静に受け止めている。おまえも冷静に対処しろ」

「そう言われても」というのがメイレンの正直な気持ちだったが、彼はゆっくりと敬礼した。


 その晩、兵士らは充分な休息をとった。翌日から再会する戦闘に備えるためだ。食事もいつもより豪華である。その豪華な食事を囲んで、注目を集めた一組の男女がいた。ディモンズとケイトである。

「少将、はい、あーん」

「あーん」

 それを見て、タイラーとメイレンは顎を外しかけた。

「なんだあれ」

「俺が聞きたい」

 すると、横に並んで座っていたユーリが発言した。ユーリは四十五歳の妻帯者で白金の髪を七三に分けている。制服にも身のこなしにも乱れがなく、中身も外見もエリート意識一色な男だ。だが嫌みではない。喋り方が落ち着いていて、後輩の面倒見もいい。

「あの二人は電撃的に恋に落ちたのだよ」

 なんでもないことのように淡々と言う。そんなユーリらしい説明を聞いたタイラーは、片手で顔半分を覆いつつもディモンズとケイトを凝視した。見ている者のほうが恥ずかしくなるくらい仲が良い。溜め息と歯ぎしりが入り交じるような光景だ。

「世の中、何がどうなるか分からないですね」

「まったくな」

「かーっ! 羨ましい! 俺も彼女欲しい!」

 タイラーが叫ぶと、またユーリが答えた。

「メイレンに紹介してもらったらどうだ?」

「え!?」

 メイレンとタイラーは同時に声を上げた。その後あわてたのは、むろんメイレンである。

「な、なんで自分が?」

「ルーシーはまだフリーだろ?」

「いっ、ダ、ダメです! あれはダメです!」

 断固拒否するメイレンに、タイラーは眉を吊り上げて迫った。

「なんだよ! 誰だよ、それ」

 メイレンは言うものかとばかり、口を真一文字に結んだ。仕方ないので、タイラーはユーリに向いた。

「少将、教えてください」

「メイレンの姉だ。知らないのか? 管制塔員だ」

 タイラーは急に脱力した。

「あ、姉? え、何、おまえのキョウダイ、お姉さんなのか」

「……ああ」

 嫌そうに返答するメイレンとは対照的に、ユーリはにやにやしながら言った。

「ルーシー・サーヴァル・メイレンといえば、管制塔員の間じゃマドンナ的存在だ。知らなかったなんて不幸だな」

 それを聞いたタイラーは目を丸めた。

「マ、マドンナ!? 美人なんですか?」

「エキゾチックな感じの美女だ。そういうの好きだろ」

「大好きです!」

「やめろよ。人の姉貴つかまえて、そんな話」

「ダメだね。黙ってた罰として、帰還したら紹介しろ」

「いやだ」

「どうして」

「万が一うまくいったりして、おまえが義理の兄貴になったりしたら最悪だから」

 タイラーは顔を引きつらせながら笑った。

「……かわいくない弟だな」


 こうして、兵士らの夜は更けていったのだった。



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